植うる剣:ボーグとブギー
第22話 兄弟喧嘩は良きに計らえ
「で、どうだったの」
農業地域の空き地にて、ハリエットが俺の隣に立った。
日が回り、今は朝方。昨日のルナとの話し合いは失敗し、俺は別の作業に力を貸していた。
「めっちゃ追い出された」
「どうしてよ」
「言い方が悪かったんだろーよ」
昨日はいろいろとありすぎた。その理由や関係をルナに聞こうとしたら、気だるそうに部屋を追い出された。
「だからルナは夕食に来なかったのね……」
「俺のせい~?」
「あなたと外の連中のせい」
ハリエットに言い切られ、俺は「あー」と声を漏らした。
昨日、神殿の外で看板を掲げ、がなりたてていた人の群れ。あれはおそらくルナに対する抗議活動。どうせ呪いの件にあーだこーだ文句つけに来たのだろう。
「あれってデモだよな」
「十中八九ね」
ハリエットの声のトーンも落ちる。
身内に炎上している人間がいる、それも正当な理由によって。こういうのはかなり気まずい。そのせいで俺はルナへの声のかけ方を迷い、結果的に失敗した。
次にルナと顔を合わせる時のことを考え、頭を悩ませる。そんな中、ハリエットが見つめてくるので、俺は「え、何?」と恐る恐る眉をひそめる。
「あなた、知りたそうな顔してるわりに、私に聞いたりしないのね。今どき本にも載ってるわよ?」
「ルナのことが?」
「ええ」
そういえばそうだった。歴史の教科書にも掲載されるような事件をルナはしでかしている。
手を伸ばせば事件の詳細など容易に知れる。しかしそこは仲間や礼儀として、妙な使命感があった。
「ま、そこは本人から聞きたいしな」
「……意外とロマンチストね」
しんみりな話は終わり。今日の本題は別にある。それは昨日の一件を補うための3人の共同作業だ。
ブギーが俺の名前を呼びながら駆け寄ってくる。
「準備オッケーだよ!じゃ、お願い!」
笑顔が眩しいね。可愛いやつだ。
奥の空き地には二畳くらいの紙が置いてあり、紙には魔法陣が描かれていた。紙から離れた場所には四隅となるように金属棒が刺さっている。
空き地とはいえ見渡せる平坦な土地で、これからやることにはピッタリだ。
「よっしゃ任せとけ!」
俺は腕をまくり、魔法陣に触れた。
魔法が使えない俺でも、
「
魔法を唱えると、魔法陣が光を放った。
今日の本題は『工房の移動』。魔法で結界を破り、中の鍛治工房を丸ごと持ってくる。無理やりではあるが、仕方のないことだ。
ハリエットが言うに「工房に入るための森林が消えている、との報告が調査隊から上がってきた」らしい。つまりユーヴァンによって例の植物ごと森林一帯が消失し、工房へ入る唯一の手段が無くなったのだ。
工房を転移させることはブギーの望み。道具や場所がなければ武器は作れない。
目をつむっても明るい発光とともに、地面が揺れる。光が収まると、俺は工房の中にいることに気がついた。外の景色は農業地域から変わっていない。成功したということだ。
基礎はもちろん、周辺の設備や散乱した武具、ブッ壊れた屋根まで昨日のままだ。
「やったー!やったやったやったー!!」
ブギーは跳ねて喜んでいる。そして着地に失敗して足をくじいた。
「いたっ」
俺は思わず「可愛いかよ!」と叫んだ。男だとかは関係ない。
ブギーを休ませ、俺とハリエットで昨日の後片付けを始めた。破壊された建物は置いといて、まずは散乱した武器の回収だ。
「ヒコイチさーん!それ気をつけて!」
遠くからブギーに言われ、俺は抱えていた大剣に目をやる。すると大剣が急激に重くなり、そのまま押し潰された。
「またかよクソォ!」
赤色の槍を運ぶと、空に飛んでいく。
「助けてくれぇ!」
「あ!ちょっと待って!」
「今度は何だ!?」
またビックリドッキリ魔法武具かと身構え、俺は止まった。
近づいてきたブギーは剣をまじまじと観察したのち、元の朗らかな表情に戻る。
「うーん、違ったみたい」
「何か探してんのか?」
「うん、今日中に王都に運ぶ魔法剣があるんだけどね、これはその試作品なの」
「へー……って、今日中?時間とかいいのか?てかそもそも、お前まだ追われる立場だろ」
「そこは安心して!王宮から直接お迎えが来るらしいから!」
それだけであの
「ヒコイチさんの武器はまた明日ね!設計図はもう頭の中にあるから!」
「お待ちしておりやす」
「うん!」
そう言うとブギーはハリエットのもとに向かった。
ブギーは意外と度胸のある子だ。ユーヴァンのせいで昨日、俺とハリエットは眠れなかった。今だって怖い。ブギーもほとんど気絶していたとはいえ、多少のダメージはあると思ったが。
「あんなに成長しちゃって……」
俺は泣いた。意味もなく泣いた。
親になった気分だ。ボーグが目覚めない今、ブギーを守るのは俺だと本能が告げている。
工房の中も整頓し終えた頃、外が騒々しくなる。
「なんだ?」
入口のほうに目をやると、騎兵たちと3台の馬車が通り、止まる様子が見えた。
ブギーは「兄貴かなー?」と期待しているが、ボーグがあんな大々的に来るわけがない。
馬車の横についた金色の紋章。その答えはハリエットが知っている。
「あれは王宮の馬車よ。迎えが来たみたいね」
ナイスタイミングなご到着だ。それはそうと、王宮からのお迎えって誰が来るんだ?貴族とか騎士団とか、そのあたりだろうか。
音が静まり、入口からヒョコっと一人の男が顔を出す。
「チャオ」
金ピカ鎧に紫長髪の男が。
「ホントに誰!?」
突然のナルシスト感あふれる不審者に俺は身を引いた。しかしわずかに既視感がある。
「いや待てよ、あんた確か……!」
「チャオ」
「デビルスライサー・ミチオ!!」
ミチオは謁見に赴いた際、宮殿から吹っ飛んできた王族の男だ。初めて正面から顔を見た。
そんな衝撃の直後、俺に何者かの影がかかる。天井に空いた穴から、誰かがこちらを見下ろしていた。
「派手にやってくれたな~、ヒコイチ」
あの男はまさか、と思った瞬間、そいつはフラッと飛び降りて着地した。
「けっけっけっ!オメーあのユーヴァンと出くわしたんだってな、やんじゃねぇか」
国王リンドウ、ご本人だ。
殴られた記憶がフラッシュバックし、俺は愕然として尻もちをつく。ハリエットも「陛下!」とひざまずいた。
「そうビビるこたぁねぇだろ。用があんのはそこの職人野郎だ」
リンドウがブギーを一瞥し、俺は全てを察する。
「あ~……お迎えってそういう……」
「王都に戻るついでだ」
国王の後ろには2人の王族、ミチオとフウカがいる。名前はおかしいが実力は本物だ。この人たちならユーヴァンとも渡り合えるだろう。
「おら、さっさと行くぞ」
リンドウたちは馬車に戻った。
ブギーも本物らしき魔法武具の剣を抱え、馬車に乗り込む。馬車の中にいても、ブギーはキョロキョロと周りに視線を振っていた。
馬車集団の先頭にいる騎兵が
そろそろ出発だ。俺とハリエットで見送ろうとしたとき、荒い息づかいが聞こえてくる。
「はぁっ、はぁっ、はぁ……!」
大柄な体格を揺らし、尖ったモヒカンが滑り込む。
「ちょっと待ったぁーっ!」
ボーグがカットインしてきた。肩を上下させているが、見た感じは全快そのもの。
まさかの華麗な登場に一瞬、何が起こったのかわからなかった。さっきまで寝ていた男が現れるとは思わず、俺たちは驚きつつも笑う。
「ボーグおまっ……もう大丈夫なのか!?」
「当たりめーだ!それより弟は……?」
ボーグが首を左右に回していると、後方で馬車の扉が開かれる。
「兄貴!」
ブギーが飛び込んできた。
「おお!ブギー!」
「見送りに来てくれたの!?」
「ん?まあ、それもそうだが……ほらよ」
ボーグが晴れた表情で渡したのは銀色のペンダントだった。逆三角形に二等辺三角形が組み合わさった六芒星の形で、鎧を着た戦士が中心にいる。
かなりくすんだ銀色で、長いこと大事にされてきたのがわかる。ブギーは「ありがとう」と、それを嬉しそうに受け取った。
「ん……?」
一息ついた様子のボーグは、馬車を見て目を丸くする。
「この馬車、王宮のじゃねーか!?直接迎えに!?」
「あはは、ただの偶然だってば」
「いやいや、やっぱりスゲーよお前は」
「でも、この剣だって兄貴がいなきゃ……」
「もっと胸張れ!王宮で献上の式典やるんだってな!頑張ってこいよ!」
ボーグはブギーの背中を叩いた。
「うん……」
どこか浮かない顔を振り切り、ブギーがペンダントを握りしめる。
「あのさ!それでさ、兄貴に頼みたいことがあって」
「おう、何でも言え!」
「式典、一緒に出てくれないかな~……って」
唐突な気恥ずかしさを向けられ、ボーグは戸惑っているようだった。
「え、俺様が?な、何で」
「やっぱりまだ緊張するし……それにほら、兄貴の店って最近リフォームしてるらしいじゃん。王宮の偉い人に言えば、リフォームのお金出してくれるかなって思ってさ。だってだって、あのハイネと戦ったんでしょ!?」
「そ、そりゃあそうだけど、別に金が無いってわけじゃねぇし……そもそも、こんな田舎モンは王宮には入れねぇよ」
ボーグの目線は下がり、声は徐々に小さくなる。それでもブギーは諦めずにボーグの腕を引っ張る。
「そう言わずに!もっと皆に兄貴はスゴい人だって紹介したいの!ね、いこ!」
ブギーなりの友愛や気づかいなのだろう。後半の金銭的な話は建前で、ただ2人で王都に行きたいだけのように思えた。
しかしボーグは拒んでいる。王族の乗る馬車を前に、いやいや、いやいや、と押し問答をしている。
「いいって!」
ボーグが強く振り払った。明確に拒絶したのだ。
あの優しいボーグが見せる噛み締めるような表情に、ブギーは腕を引っ込める。
「ご、ごめん……」
「お前の助けがなくても金は足りる。それに、俺が行っても恥かかせるだけだ」
「そ、そんなことは」
「スゴい人って……当てつけか知らねぇが、俺はお前と違って何も無い。飯屋で働いて、たまに賞金首取っ捕まえるだけの人生だ。誰も知らねぇ、何も成し遂げられねぇ」
ボーグは少しだけ笑顔を作る。
「だから……俺がいなくても、お前は立派だ」
一連の発言から読み取れることだが、どうも彼は自分を卑下している。それが天才の隣に立たざるをえない者の防衛本能なのか、優しさ故の弊害なのか。ボーグはよく弟の話をするから、愛があるのは本当なのだろう。
だが、そういう扱い方は当の本人にはウケないようで、ブギーの目尻に涙が浮かんでいた。
「……そんなこと言わないでよ、兄貴はいつだって最強の兄貴だよ!」
泣きじゃくり、袖で涙をぬぐう。
「ごめん、もう行くね……」
ブギーは馬車に戻り、王都へ出発した。
背中に手を伸ばすことなく、ボーグはその場に突っ立っていた。
仲良し兄弟め、とんでもない雰囲気を残してくれたな。繊細な痴話喧嘩の後みたいなシットリ感がある。悪者がいないのが一番面倒な点だ。俺たちは誰を殴ればいいんだ!?
「とりあえずボーグ殴るか……」
俺はボーグに背後から殴りかかる。
「死にさらせバッキャロー!!」
「うおっ!いきなり何だよ!」
「ブギーを傷つけるヤツぁこの俺が許さねぇ!」
ポカスカと友情の殴り合いが続き、ハリエットが「ちょっと!」と止めに入る。
俺とボーグの拳が緩んだとき、俺は馬乗りで殴られかけていた。
「負けてるじゃない……」
ハリエットが頭上で呆れていた。
一旦休憩。ブギーが帰ってくるまでヒマになってしまった。俺のオリジナル最強ソードはいつ完成するのやら。
「はぁ……すまねぇな。気ぃ使わせちまって」
ボーグはへたり込んだ。
別にそんなつもりはなかったが、雰囲気は変わった気がする。ハリエットもそれに乗じたことを言う。
「言い方が悪かっただけよ、誰かさんと同じで」
「え~、そういう問題かぁ?」
俺のほうを見てきたので、同じような調子で返した。
「でもさ、泣いてるときのブギー……可愛かったぜ」
そんな性癖は自覚していないが、思ったのだから仕方ない。それでボーグが怒るのも仕方ない。
「テメェ!うちの弟に手出そうってのか!」
「ちげーよ!気ぃ使ったんだろ!」
再びポコスカ喧嘩が始まった。
助けを求めるものの、ハリエットは「今のはあなたが悪いわ」と傍観していた。薄情だね。
その後、俺たちは工房の屋根や入口周辺の修理を行い、終わったのは昼過ぎだった。
やはりと言うべきか、修理はボーグに任せっきりだった。「なぜ大工技術まで持ち合わせているのか」と尋ねると、ボーグは「この工房の大半は俺様が作った」と言った。マジで?
確かに、武器を置くための棚や箱のサイズがブギー基準だ。デザインと言えるレベルの装飾は無く、言われてみれば手作りっぽい。
俺はまた性懲りもなく、そこら中にある武器をいじってみる。回転する刃、飲み水が出る槍、ベトベトするランス。どれも使い道が絶妙な魔法武具ばかりだったが、その中で1つ、目に止まるものがあった。
「なあ……ブギーってさ、こだわるタイプ?」
俺は背中越しにボーグに聞いた。
「あ?……そりゃ鍛治職人だからな、こだわるだろーよ」
「ふーん。じゃあさ、これ」
振り向き、一本の剣を見せた。ブギーが王都へ持っていった剣の試作品だ。
しかしこの試作品、妙に作り込まれている。金色の
「試作品なのに火吹くんだけど……」
魔力を込めると燃え上がる刃。
暖かな炎に照らされ、ボーグは答える。
「あ~…………それ、本物だな……」
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