第26話 出合え出合え、ノーガード!


 夕立はもはや大気を埋め尽くす豪雨となり、ホワイトアウトのような状態になっている。


 真っ白な雨のカーテンが開かれた。パカッと割れた、奇妙にも雨の降らない空間。そこに女性のシルエットが浮かんできた。

 選手入場。こちらに手を振っている。


「はーい、おひさ~」


 ユーヴァン。やはり生きていた。

 この時点で何をしてくるかわからない。攻めるか、壊すか、消えるか。奴との戦いはいつも以上に意識をすり減らすことになるだろう。


 俺とルナのヒーローサイドに対するは、ユーヴァン単騎のヒールサイド。

 俺たちはブギーを隠しつつ、ユーヴァンを生け捕りにすれば勝利。ユーヴァンは手段を問わずブギーを捕まえれば勝利。そういう戦いだ。


 ユーヴァンが工房に近づいてくる。


「さっすがルナ、できる子ね。ブギーの気配がしない。透明化に隠蔽……消音魔法も?」


 彼女の言う通り、ブギーには最大限の隠す手段を施してある。俺やルナでさえ認識できないレベルで隠れている。


「アイツ、けっこう消耗してる。完全魔法は使えない」


 ルナが小声で俺に言う。すると、ユーヴァンは頬を押さえて悲しそうな顔をした。


「感動の再会なのに、ルナったら冷たいんだから」

「……うざ」

「ふふ、そういうとこも可愛い。やっぱり性格はエマに似たのね。ためらいなく戦える」


 ユーヴァンが例の魔法剣を抜き、


「配役を入れ替え3回戦。まずは挨拶からいきましょう」


 そして消えた。


 どこへ現れる?前回のセオリーでいけば、背後に現れる。それも強者の背後、つまりルナの背後に。

 しかしそんなワンパターン、あのユーヴァンに限ってあり得ない。直感に近い推理が言うに、現れる場所は俺の正面だ。当然、俺には反応できない場所。


 ガンッ!── 火花が散る。

 俺の正面。ユーヴァンの魔法剣と俺の剣がかち合っていた。

 ユーヴァンは眉間にシワを寄せ、ルナがノールックで抜いた剣を屈んで避け、俺たちと距離を置く。


「妙なつるぎとは思ってたけど、そういうことね。眼球よりも剣のほうが反応が速い……自動で防御する魔法武具、かしら」


 おいおい、ユーヴァンは一発で見抜きやがったぞ。今も俺の表情を見て当否を確認している。


 恐ろしいことに、彼女の読みは正解だ。

 ブギーがこの剣を作り終えたとき、心配しつつも口うるさく言っていた。「この剣はヒコイチさんを絶対に守ってくれる。でも全方向の攻撃に対応しちゃうから、そこは注意!腕が千切れないようにね!」と。

 俺は「おぅふ」という変な相槌を打ち、それぐらいの能力はないとな、と納得した。

 ユーヴァンに対抗するための一つ目の魔法だ。その事実を知ったユーヴァンは、より不敵な笑みとなっていた。


「操り人形は糸を手に入れた。さっきよりは動けそう」


 ユーヴァンが消え、俺の剣が背後に動いた。

 再びかち合い、その隙にルナが剣を突き出す。


 今度はユーヴァンが俺の左側に現れ、「これはどう?」と魔法剣に火をともす。

 過剰なほどに燃え上がった魔法剣が振るわれ、炎の激流が俺たちに襲いかかる。だが俺とルナは落ち着いていた。

 俺が剣を水平に振ると、炎が刃に吸い込まれる。これが二つ目の魔法。


「魔力吸収か……」


 ユーヴァンは不満そうに正解を口にした。


「ブラストォッ!!」


 ルナの杖から爆風が放たれる。爆炎をまとった衝撃波はユーヴァンを呑み込んだ。

 ユーヴァンが工房の外まで吹っ飛んでいくのを見て、俺は驚きを隠せなかった。


「マジか……!当たったぞ!」

「ホントだ。何でだろ……」

「偶然かよ」


 ルナも狙ったわけではないらしい。とはいえ、これは成果だ。攻略の糸口が少しずつ見えてきた。

 

 俺たちも外へ飛び出し、雨を浴びる。

 そこは雑草ばかりが生えた平地。夕立がわずかに弱まり、視界は十分。傷一つ無いクソエルフがよく見える。


 ぬうっと立ち上がったユーヴァンは、魔法だろうか、体に付いた泥を飛ばす。


「……まだまだ序幕。こうご期待を」


 バチンと指を鳴らした。

 まだ何も起きていないが、ルナは容赦なく攻撃に向かった。ワンテンポ遅れ俺も後に続き、ユーヴァンの魔法が炸裂する前に仕留めにかかる。


「サンダーボルト!」


 ルナは落雷を落としてから、剣を振り下ろした。

 「情緒がないわね」とだけ言って、ユーヴァンは落雷をものともせず、更に剣擊を受けた。

 ユーヴァンの肉体から金属のような音が響き、ルナは怪訝な顔をする。


「硬っ……!」


 剣が通っていない。カッチカチのエルフ野郎だ。

 もう時間か。ユーヴァンの魔法が炸裂する。


「ルナ!!」


 俺は声を上げた。ルナの頭上から魔獣が迫っている。フクロウに似ていて、遠近法を疑うほどに巨大だ。

 翼を広げ、黒い体毛をなびかせている。眼が純白で、背筋が凍る。


「大魔獣『どり』。彼女、光るの」


 ユーヴァンはそう言いながら、ルナにミドルキックを繰り出した。ルナはそれを杖で防ぎ、ユーヴァンのもう一方の足を払う。

 このままける、と思ったその時、払われたほうの片足でルナの顎に蹴りを食らわせ、ユーヴァン自身はバク転で立った。


 一撃食らったルナが揺れる中、俺が斬りかかる。

 下から斬り、手首を返して横に斬る。ユーヴァンは反撃が無意味だと理解しているようで、避けてみせてから消える。


 奴の瞬間移動魔法テレポーテーションは心臓に悪い。移動先がわからないから毎回ビビる。

 今回は比較的わかりやすい。魔獣の頭の上だ。


「さあ、スポットライトよ」


 宣言通り、魔獣が一気に光を放った。

 羽根の一枚一枚が発光し、あまりの白さに目を開けられない。


「くっ……!」


 ユーヴァンの判断力や洞察力には恐怖しかない。俺の剣の特性を理解するやいなや、白兵戦や魔力放出系の魔法を行わなくなった。

 その戦法の多様性もだ。次の攻撃は何だと俺は怯え、後退してしまう。


 一歩、二歩。三歩目で剣が反応した。

 俺も眼を動かし、攻撃してきた物体を視認する。

 黒い羽根だ。あの魔獣が羽根を弾丸のように飛ばしている。


「マジか……!」


 剣が何度も防御する。羽根の雨が止まらない。

 腕を引き連れ、高速の乱舞で羽根を防御している。それはいいのだが、あまりの速さに腕が痛んできた。

 やがては俺の体がバランスを崩し、転がる。その間にも防御は継続し、体勢を立て直した後も、俺は逃げながら腕を振った。

 このまま防御を続けたら本当に腕が千切れ飛ぶぞ。そう思ったとき、光が止んだ。


 薄目をゆっくり開けると、上空から落下してくる魔獣が見えた。胴体に巨大な氷柱が刺さっている。討伐されたのだろう。その付近の空中にはルナがいた。


「ルナ!」

余所見よそみしちゃダメ」


 俺の目の前にはユーヴァンがいた。喜ぶ間は無い。

 魔法剣の一擊が俺に向けられたが、当然、俺は剣で防ぐ。直後、ユーヴァンが片足を上げ、魔法剣の刃を蹴り押した。

 抗えぬ威力だ。俺は吹っ飛ばされ、工房の外壁に衝突する。


「がはっ……!!」


 壁にめり込み、激痛が走ろうとする寸前、ユーヴァンが追加の剣擊を放ってきた。

 防いでも、純粋な重さで押し切られる。遂には壁を破壊して、俺は工房内に転がった。


「ぐぁっ……!」


 痛みと混乱で力が抜ける。ひたいから出血し、立とうにも細かい瓦礫がチクチクする。剣を手放さないことに集中せねば。

 

「絶対防御といえど、所詮は受け身……


 ユーヴァンが後ろに立っていた。こいつは既に正攻法を導いている。

 俺の剣は攻撃を防ぐのみで、カウンターはしてくれない。例えばトラックにぶつかられたとして、その重量には勝てない。そこが弱点だ。


「腕を千切るよりは手っ取り早くても、単純で退屈。もっと楽しい魔法にしないと」


 冷たく言ってから、ユーヴァンは目線を前に移す。


「ルナ、そこでストップ」


 子供をしつけるような口調で、足音が止まった。工房の入口にルナがいた。だが動かない。念動力魔法サイコキネシスで浮かされた工房内の魔法武具が俺を狙っているから。


「何故こうもよどむのかしら。隠してるものを見せてくれれば、ごちゃごちゃも消えるのに」


 ユーヴァンはあからさまに声色を曇らせる。

 それに対し、ルナは怒っていた。


「あんたが何も話さないからじゃない」

「正しい世界のためって、言ったけれど」

「またそうやって曖昧な……!」


 ルナが一歩踏み出した。同時に、浮いた魔法武具も俺に近づく。

 浮いた魔法武具の半分以上が鈍器な気がする。確かに、首切りでなく圧死でなら俺は押し切られる。


 ルナは再び踏み出す。あと数歩で俺が圧死するにもかかわらず、どんどんこっちに歩いてくる。

 「相棒を見捨てれば勝てると思ってる?」とユーヴァンが問うと、ルナは怒気を保ったまま答える。


「モチのロン」

「……返り討ちよ」


 ユーヴァンの手の動き一つで魔法武具が速度を上げ、俺を殺そうと迫り来る。

 しかし、俺に触れる直前で魔法武具は停止した。その瞬間、金属表面から魔力がスパークし、小さな爆発を起こす。

 これにはさすがのユーヴァンも動揺していた。


「回路が破綻している……」


 魔法武具改め、壊れかけのガラクタだ。前回と同様にユーヴァンが使うと見越して、事前に魔法回路を混線させておいた。少しでも魔力が流れれば、制御を失うらしい。

 そして漏れ出た魔力を俺の剣で吸収する。ほんのわずかな魔力だが、その発生源はユーヴァンだ。


 トスっ、と鋭利な氷柱つららがユーヴァンの頭部に突き刺さった。


 ユーヴァンが棒のように倒れるのを見届け、ルナのほうに目をやる。


「なーんてね」


 ルナはニヤリと笑った。


「ナイス演技。回復はよ」

「はいはい、ヒーリング」

「くぅ~!これこれ~!」


 俺は軽々と立ち上がり、背筋を伸ばした。


「やっぱり……俺が魔力を吸収してるときだけ、ユーヴァンは新しい魔法を使えない。理屈は知らねーが、再現性アリだな」


 作戦通り、というほどではない。魔法武具の細工と、爆風魔法が当たった原因が絡まったのは偶然だ。だが、その偶然によって蘇生魔法の使用も潰せた。魔法使用量からして複製魔法クローニングではないのは明らかだし、これでユーヴァン本体を倒したわけだ。


 ユーヴァンを見下ろしたとき、俺とルナは同じ目的を抱いた。


「よし、トドメ刺すかぁ!」

「テンション上がってきたぁー!」

「って危な、生け捕りにすんだろ」

「え?そうだっけ?」

「そうだろ。てかなんで脳天に食らわせてんだお前」

「えー、殺したかったから?」

「はぁ?」


 えらく正直だなと、俺は違和感を抱いた。氷柱つららを突き刺したのも、黙らせるには得策だが、死んだら取り返しがつかない。


 ルナがころっと表情を変え、鞘から剣を抜く。


「なーんてねー」


 そして俺に突きつけた。一度も見たことのない、邪悪な笑みを浮かべて。

 この、薄いナイフのような控えめな笑い方。記憶に焼きつかない、不気味な雰囲気。こいつはルナじゃない。


「お前……エルフ野郎……!」


 息が詰まる。また変身の魔法だ。

 まず喉元で静止している剣が魔法剣に変わり、そこから徐々に化けの皮が剥がれる。


「どう?上手だったでしょ?ルナの演技。あなたよりは付き合い長いのよ、私」


 ユーヴァンが姿を現した。

 魔法剣を持っていることからして、こいつが本体で、さっき倒したのは複製クローンか。どこかで入れ替わったな。


「ルナをどこに……!」

「さあ?どこかで複製クローンを皆殺しにしてるわ。でもわからないでしょ?気配を消す魔法は、私にだってある。巻物スクロールだけどね」


 ユーヴァンが魔法剣を引いた。俺を無力だと判断しているのか。これはチャンスだ。

 俺はとっさに剣で斬りかかる。しかしそう簡単にはいかないらしく、突然、巨大な何かに押さえつけられる。


「ぁがっ……!」


 視界が地面に埋まった。想像以上の圧力と重量で、体中が悲鳴を上げている。

 上にあるのは黒くて生暖かい、手のひらだ。


 今朝に直した屋根の建材が降り注ぎ、雨が入ってくる。俺の上には魔獣でもいるのだろう。


「この子は『がり狒狒ひひ』。そのままでいて、あなたは人質として優秀だから」


 ユーヴァンはそう言いながら、俺の頭上に魔法剣の刃を据えた。

 人質とか言っておきながら、殺す気か。押し切る力を持つユーヴァンに対し、俺の剣は頼りにならない。3つ目の魔法も今は無理だ。


堅牢けんろう遠隔えんかく!プロテクトッ!」


 ルナの声が響いた。

 工房に飛び込みがてら、杖を構えるルナがいた。


 あれはルナ本人だ。なぜなら、既にユーヴァンが背後に瞬間移動しているから。

 ユーヴァンの狙いはまさに一瞬だ。詠唱によって生じた、ルナが無防備な一瞬。俺に集中している一瞬。そこを魔法剣で斬り伏せようと!


「待ってたわ、ル ──


 ユーヴァンは右眼から槍に貫かれた。投げ捨てられたように工房の床を滑る。そして動かなくなった。


 処理が追いつかない。次から次へと何なんだ。

 俺を押さえつけていた魔獣が消え、俺は体を起き上がらせる。


「な、誰だ……!?」


 周囲を見渡す。鍛治に使ったハンマーが空中でブンブン揺れていた。手を振っているようだ。


「あぁ、ブギーか」


 透明化魔法で姿は見えないが、ブギーがやったらしい。緊急時とはいえ、すごい根性だ。けっこうグロいことになってるぞ。


 回復魔法をかけてもらった後、ユーヴァンのもとへ行く。ユーヴァンの顔は血溜まりに浸かり、皮膚も白くなっている。


「なあルナ、これ死んでね?」

「うーん、回復魔法をかければなんとか……先に拘束魔法か」


 ルナは生け捕りの難しさに悩んでいる。

 完璧な拘束をした上で、魔法を強制させる。これをユーヴァン相手に成功させる様は、俺には想像できない。魔法に限った問題ではないが、利便性と危険性はセット販売だ。なんて、しのごの考えても、結局はルナ任せ。


 俺は「頑張れよー」とその場を離れ、工房の入口から空を見る。まだ真上は雨だが、近くには夕空が押し寄せている。

 雨音が心地良いと感じるのは久しぶりだ。それに、すきま風だろうか、ヒュー、という音も聞こえる。

 また屋根を修理しなきゃなと、俺は後ろを向いた。そこで、もどかしさが生まれる。音源の位置がおかしい。すきま風が下から聞こえる。

 その出所でどころに気がつき、目が丸くなる。


「ルナ……お前、頬のそれ……口……」

「へ?クチ?何かついてる?」


 ルナは自分の唇を触った。でも、昼に食べた物がついてるとか、そういう話じゃない。


「いや、頬に口が……ついてる」


 俺はそのままの様子を説明した。

 ルナの右頬には血色の良い唇と、その奥の歯や舌がある。新しい口?義口ぎこう?初耳だな。それにしてはルナ本来の口は動いてるし、意味がわからない。


 その時、その口がボソボソと喋る。


真正しんせい…………復活ふっかつ……」


 ユーヴァンの声。しかも熟語2つ。詠唱だ。

 ヤバい。ユーヴァンが詠唱を行うということは、ロクなことではない。俺は直感で理解し、無言でルナの頬を斬ろうとする。

 ユーヴァンの体には左眼が残っている。右眼に魔法陣があるなら、左眼にもあるのが必然。ここで発動を許せば、宮殿での戦いのように、完全魔法が来る。


 食い止めなければ。そろそろしつこいぞ!


 「後ろ!!」とルナが言う。俺の剣が引っ張られ、後ろに迫っていた何かを防御した。

 急な挙動に驚き、俺は振り向く。剣が防御したのは何の特徴も無い、そこらへんの石ころだった。


「ウソだろ……!」


 してやられた。ユーヴァンが念動力魔法サイコキネシスで石ころを投げてきたのだ。俺の剣をそらすために。


 もう無理だ。ユーヴァンの魔法が発動する。

 頬の口が笑った。


「『完全なるアスク……回復魔法レピオス』!」



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