第49話 別冊1号:エクストラテレストリアル


 戦闘終了後に現れたトーハーは、細切れになったセシュアの一部にかじりついた。


「セシュア様はああいう方ですから世継ぎもいませんし、周辺の生態系にも影響ありそうですし、私も失業しましたが……竜の肉は食べてみたかったので、セーフでしょう」

 

 限りない野生を感じる。竜面族ビナーマの被り物が竜を模しているから、崇められている竜だと思っていたが、どういう扱いなんだ。


「セーフじゃなくね?」

「それより見てください。どうやら里がエマージェンシーのようです」

「え?どこ?」

「ほら、あの金物屋の前とか」


 トーハーの指が向いた先にはゴミのような人すら見えない。里や建物があるのはわかる。


「遠すぎねーか?」

「視力の良さが出てしまいました、ゴメンネっ」

「さすがは猛禽類もうきんるいだな……」


 タカかフクロウか、鳥人間の力がここで発揮されるとは。


 里の異変に駆けつけるため下山したのち、俺たちは里の惨状を目にした。


「うわぁ……」


 観光客や竜面族ビナーマに飛びかかる小さなモンスターたち。二足歩行の白い恐竜のような、高さが俺の膝あたりまでしかない獣脚類。


 そこら中で肉を食いちぎり、振り回している。

 なんてこったい。大事件だ。


「ト、トーハーさん!生ゴミ!」


 例の突飛な挨拶とともに走ってきた竜面族ビナーマに、トーハーは「靴下」と返した。それでいいのかコイツらは。


「ウェニリグスが生んだ何かこう……子供と言いますか、とにかく大量の小型モンスターのせいでしっちゃかめっちゃかです!」

「それは倒せる相手か?」

「は、はい!簡単にとは言えませんが……それよりも増殖するのが問題でして、発生源が洞窟内にあるようなのですが、いかんせん数が多すぎて入れず……」


 竜の死による生態系変化のせいかと思っていたら、ウェニリグスが復活したせいか。どっちにしろ俺たちのせいじゃねーか!

 てか、ウェニリグスの異名にあったエイリアンってそういう系かよ。血液が酸じゃないことを祈ろう。


「ア、アタシが行ってきます!」


 罪悪感に駆られたのか、ルナが一人で洞窟のほうへ走っていった。


「さあ、はやく避難を。あちらに防護結界を張ってあります。安全なエリアですので」


 俺はトーハーにうながされるも、気は進まない。


「遠慮せずにどうぞ。避難は魔法使いと観光客が優先ですよ」

「優先ってそういう使い方するかぁ!?」

「領主のニュートラーさんが決めたことです。観光客は知りませんが、魔法使い優先は普通でしょう」


 そこはせめて女子供とかだろ。基準がわからんな。

 どうするか。俺だけ避難するわけにもいくまい。


「魔法使いじゃない奴らは、どこで暮らしてる?」


 ここでの最後の仕事だ、やってやろうじゃないか。


「一般居住区でしたらあちらですが……」

「わかった。じゃ!」


 さっさと行こう。ウェニリグスの置き土産をどうにかしないと。


 たまに襲い来る小型モンスターを切り伏せつつ、里を進んでいくと、ほんの少しだけ建築物の質が下がり始めた。


 里の中心部からそう遠くない場所に一般居住区はあった。決して廃れてはおらず、砂利道に平屋や露店が並んでいる。


「誰かー!誰かいるかー!」


 しかし人がいない。あの小型モンスターもいない。


「誰もいねーな……」


 剣を構えて歩いていく。とても静かだ。

 まさか壊滅?……いやいや、そんなバカな。


「あ」


 家屋の隅に隠れている一人の竜面族ビナーマと目があった。被り物をしているから判別はつきづらいが、あの頬の文様は知っている。トーハーの息子だ。


「ババン!」

「しっ!静かに……!」


 剣を納めながら屈み、目線を合わせる。


「奴らは音に敏感です……お静かに……」

「お前なんでここに……?」

「逃げ遅れただけです……」

「でも……」


 トーハーが魔法を使えるのにババンは一般居住区にいる。もしや血縁など関係なしの住み分けのルールがあるのか。それを問おうとしたが、今はいいや。


「とにかく避難だ。行けるか?」

「はいっ」


 ババンの返事が聞こえ、防護結界のほうへ向かおうと立った瞬間、脚がピタリと硬直する。


 俺の前にいたのは、ウェニリグスに似た3メートルくらいの怪物。

 小型のやつが成長したのだ。獣脚類の要素を持ちながら、腕や頭部はウェニリグスに近い。やはり置き土産は幼体だった。


「あ……」


 剣を抜こうとした手がくうを掴む。

 怪物にババンと剣を奪われていた。


 なんて手際の良さと判断力だ。単に俺が戦闘後で油断していたのもあるが、俺がしてほしくない事を見事にやってきた。

 殺されはしなかったな。挑発ととるべきか。

 にしても真っ先にマモルを盗るか?子は親に似る以前に、ウェニリグスから情報をもらっていたんじゃ?


「ガギャ…………クギ……クァッ……!」


 ぶつ切りの鳴き声を出す怪物の口の奥に、明らかに空気が集まっている。


 空気砲できんのかよ!成長期め!

 そうとなれば話は変わるぞ。対策が無い!


「クォアァーーーッ!!」


 圧縮された空気のビームが顔を覗かせた。


 全力でフェイントかまして避けよう。そんな苦し紛れの策に出た矢先、頭上から何かが降ってきた。


 大きな鉤爪が怪物を潰し、空気砲がギリギリで俺の耳をかすっていく。

 別のバケモノに救われたと思ったら、鉤爪の主はさっき死んだ赤い竜、セシュアだった。


「あっ、おったんや」


 いや待て、この話し方、セシュアじゃないぞ。


「エル!お前逃げたんじゃ……」


 竜が「シェイプシフト」と言うと巨大な図体がしぼみ、エルネスタの姿へ戻った。


「ひっどい事言うわぁ。ウチが逃げるのは親に説教される時だけや」

「じゃあなんでここに?」

「そら人助けやろ」

「……お前がぁ?」

「そんなん言うたらヒコイチやって人助けやろ」


 エルネスタは締めつけられて気を失ったババンを抱えた。


「まあ……そうだけど」

「はよこの子運ばな。ウチら回復魔法使えんやろ」

「他の住人は?」

「ウチが大体避難させたわ。この子で最後ちゃう?」


 さらっと言ってきて驚いた。彼女は彼女で頑張っていたらしい。そんなボランティア精神の塊だったなんて、人は簡単には読み解けないな。


 俺たちはババンを防護結界の内側まで送り届け、なんとか回復の手筈を取りつけた。


 防護結界とやらは地上付近に広げられた透明な半球のようなもので、人間と獣人のみを通すものだ。

 領主の邸宅前にある庭に作られており、既に多くの人が避難していた。ここでも回復は魔法使い優先だ。


 俺とエルネスタはそこで止まらず、再び結界の外でそそくさと救助活動を続ける。


「ウチは山の上から騒ぎが見えて、すっ飛んできたんや。ウチがいなくてもバケモンらに勝てたんやろぉ?結果オーライやんか」


 一般居住区に人がほぼいないため、蚊を叩くようにモンスターを駆除し続ける。


「お前一人で避難誘導に怪物退治か……マジで人手回さなかったんだなアイツら」

「それって竜面族ビナーマのこと言うとんの?」

「ああ」

「魔法使い多いんやから、そっちが先やろぉ」

「……やっぱ皆そうなのか?」

「何が?」

「魔法使いとそれ以外の命の優劣だよ」

「そんなもやろ、この世の中。百人の凡人よりも一人の天才をとる。いつまで経っても魔法第一や」


 エルネスタの言うことは正しいのだろう。論理で理解する前に経験から実感できる。


「そういうもんか…………」


 ずっと俺は理解しているつもりだ。ここは俺の理屈が通じる世界じゃない、と。ファンタジー世界なくせに、倫理観がまるっきり違う。


 何度か考えたことはある。詳しい考察はまたいつかする。今はとにかく、自分を壊さないよう優しくいるべきだ。


「……俺はそうならないよう努めたいよ」


 実際、本音はそんなものだ。染まりはしない、啓蒙もしない。それが俺のための最適解。


「ぷっ、なんやそれ」


 エルネスタはなぜか顔をそむけた。


「……けったいなやっちゃなぁ」


 どうやら俺は地雷を踏んだらしい。良い地雷ってやつを。


「よし!良い機会や、ヒコイチにだけ教えたる。他の奴に言ったらアカンでぇ?」


 エルネスタは胸を張り、楽しそうに拳を掲げる。


「ウチの夢は『生き物の命を等しくする』こと。それと、本物の猫を見ることや。ええやろぉ~?」


 彼女もまた、けったいな人間である。

 現代日本で優生思想を推進するに等しい愚行だ。耳を貸す者はいるにはいるが、どこまでいっても少数派。実現は夢のまた夢。


「それで変身オタクなわけね……」

「せめて生き物オタクがええわ」

「そういや、変身魔法シェイプシフトって何にでもなれんのか?」

「ん~?変身魔法シェイプシフトで変身できる生き物は、過去に一度でも触れている生き物やで」


 変身自体は触れてさえいれば可能か。一見緩い条件に思えるが、最大の難関は変身後の肉体の操作だ。

 人間の脳で竜の翼や尻尾を動かすという新感覚にすぐ適応できる者はいない。エルネスタを除いて。


 さて、ここまででが芽生えたのは確かだった。詳細な分析をおこたったのは、ひとえにエルネスタを友人みたく信用していたせいだ。


 この後する質問を、俺は後悔することになる。


「あれ、じゃあお前なんでセシュアに変身できたんだ?」


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