雪の旅:ミャーピカ

第32話 新世界ヨーソロ


 波打つような雪原が視界を埋め尽くしている。

 顔を上げれば朝日が目立つ。前方に足跡はない。足首まで沈む脚を上げ、雪の丘の頂上に登る。


「ほら」


 ルナの手を引っ張り、雪から抜く。

 行き先を見ても同じような景色が広がっている。


 帝国だからと相当に発展した大都市を想像していたが、僻地へきちともなるとただの大自然だ。


「キツすぎ……」


 ルナは前傾姿勢になり、変わり映えしない風景を見ていた。

 進み続けて早2日。今にも心が折れそうだ。


「ちきしょー……これもあれも王様のせいだ。ホワンホワンホワンホワン……」

「あ、回想入った」


 回想入ります。


 特級冒険者3人とその仲間が集められた日。

 王宮の焼け跡で国王リンドウは言った。


「見ての通りの有り様だ。テメーらを送迎する余裕はねぇ。だが安心しろ、テメーらの任務はそのままだ」


 国家の一大事だというのにドシンと構え、トップの人間たちを顎で使いながら。

 彼曰く、国内の警備には1級以下の冒険者を当て、特級には根本原因の除去を依頼するという。


 その後の説明は側近のフウカが引き継いだ。


「昨日夜、帝国の強化結界において、完全魔法の残穢ざんえを含む2名の通過が確認されました。これはユーヴァン及び転移者だと思われます。ヒコイチ様からの情報によれば、ユーヴァンは転移者と繋がりがある。そこで帝国内における魔法使用者のうち、魔力量が多い者の現在地を追尾式で地図上にまとめました。あらかじめ無関係だと確認できた者は除いてあります。皆様にはこのの確認、そして危険人物だと判明した場合には排除等の対応をお願い致します」


 そんなこんなで、一旦は『3つある特級冒険者チームが各2人ずつ担当する』という形式になった。

 もちろん都市部にいて見つけやすそうな対象もいたが、厳正な抽選の結果、俺たちはこんな秘境スポットに来ている。


 帝国は王国との喧嘩をやめた分、その他の国への侵略行為が激しい。そのせいもあってか国土面積は世界一で、6人の捜索対象は見事に散っているわけだ。


「動いてるか?そいつ」

「うーん……どうだろ」


 ルナは手に持った大きめの地図を凝視した。


 場所は帝国極北部『ミアドート』。海岸沿いにある寒冷地であり、年中雪に覆われている。

 俺たちが追う捜索対象はそのミアドートにいる。フウカから貰った地図上に赤い点があり、それが捜索対象の現在地を示しているのだ。

 そう、地図上に示されている。いるのだが、これがどうも大雑把だ。


「なんで世界地図なんだよ!」


 俺は頭を抱えた。お膳立てをしてもらった以上、文句は言いづらいが。


「領土がデカいとはいえ世界地図って……いくらなんでも無理があんだろ……」

「アタシたちの現在地もイマイチわかんないし、まずは村までたどり着かないと」


 ルナが地図を仕舞い歩き出したところで俺は彼女の肩を掴む。


「待て!!」

「な、何?」

「チワワがいる……!」


 俺の指差した先にはチワワがいた。小麦色の毛、三角の耳、反った尻尾、そして何よりすぐに見失いそうな小さな体。雪の上に、確実に、チワワがいる!


「チワワだ!」

「だろ!?」

「可愛いー!」


 ルナは猛ダッシュでチワワに駆け寄っていく。


「あ、ちょっ……!」


 俺が言いたいのはそういうことじゃない。何故チワワが極寒の地にいるのかという話だ。

 何か危険が潜んでいるかもしれない。忠告のためにルナを追いかけようとした時、突然


「覚悟ぉーーっ!!!」


 背後で声が鳴り響いた。


「でやーっ!」

「うおおっ!?」


 事前通告があったのでギリギリで避けると、真横で雪が舞い上がる。


「なっ、何だ!?」


 振り下ろされていたのは尖った木製の棒。殺意を感じて身がすくむ。

 きっと今までの敵がブッ飛んだ強者ばっかりだったからこんなに恐怖しているのだろう。今回の場合はどうやらそこそこ一般人のようで、恐怖は一瞬で引っ込んだ。


「そりゃこっちのセリフだぜ……!ここは精霊の土地だ。テメーらみてーな部外者は黙って死んどけ!」


 荒々しい言葉遣いで現れたのは、声と丸っぽい輪郭からして女だ。それ以上に目につくことが多い。

 まず身長が高い。俺と同じぐらいだから180はある。そして顔から伺える肌の色……大福ぐらい白いぞ。


 あの肌の色は雪人族ミアドの特徴だ。ミアドートの民、雪人族ミアドは人間とは異なる種族で、真っ白な肌と瞳を持ち、平均身長は2mを越える。200年前に帝国の管轄下に加わった魔法を嫌う狩猟民族だ。

 魔法を嫌うということは魔法は使えないハズ。つまり俺の敵ではないのだ。


「だからって急に襲うことはねーだろ。挨拶をしろ挨拶を」

「うっせぇ死ね!」


 女の視線がたまに俺から外れる。おそらく見ているのはルナと追いかけっこ中のチワワ。


「なるほど、あの犬っころか」


 俺は振り返って一目散に走り出す。


「先手必勝!」

「あ!待てコノヤロー!」


 案の定、女は追ってくる。それがチワワとの関係あってこそだと願おう。


「それ以上に近づくな!オメーら死ぬぞ!」


 雪人族ミアドの女が叫んだ。想像していたのと違う事態で、俺とルナは同じような顔をしたと思う。

 そしてそんな疑念は消える。なんせ単なる犬っころの正体が怪物だったのだから。


 奇々怪々、チワワが変容していく。泡を吹くような隆起と増幅を瞬時に完了させ、そのサイズはまさに巨木。元の面影は無い。白くうねる、ワーム型のモンスターだ。

 元チワワのワームは体を後方へひねり、追ってきていたルナに向かって裂けた口をぱっくり開く。


 いきなりの展開にしては俺の脳内は冷静だった。

 剣を抜き、両手で握る。ルナなら切り抜けられそうだが、位置や魔法詠唱を考慮すると俺が適任だ。


「しゃがんどけ!!」


 剣先で空中をなぞる。ルナに触れないよう、エイムは横一文字。

 この片刃剣の能力の一つは『魔力放出』。魔力を生み出すことだけは得意な俺にピッタリだ。


 刃と化した高濃度の魔力がルナの頭上を通過し、ワームの頭部を切断してついでに体も切断する。

 散った魔力がわずかな閃光を走らせた。いつ見てもすさまじい速度と威力だ。


 強風が遅れてやってきて雪をはたく。雪人族ミアドの女の分厚いコートのフードが取れ、愕然に包まれた白い顔があらわになった。


「は……マジかよ……!?」


 鮮血とともにワームの巨体が落ちる。すると雪人族ミアドの女も俺の横で膝から崩れ落ちた。


「お、終わった……最悪だ……」


 不良少女が絶望している。ギャップ萌えか?


「責任取れよな……」

「え……?」

「精霊を殺しちまったんだ、用意しとけよ……!」


 雪人族ミアドの女は顔を上げ、


「私と結婚する用意をなァ!!!」


 すごい勢いでガンを飛ばしてきた。


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