帝国篇
第31話 俺もある種のデペイズマン?
皆、
「うぎゃあああああああああああああ!!!」
俺は子供のころマフィアになりたかった。その後は役者になって……あんまり良い成果は出なかったけど。会社員よりかは立派な夢だったよな。
ちなみに今の夢は後ろにいるバケモノから逃げおおせることだ。
頭部が2つあるワニのようなモンスター。それも前後に1つずつだ。どこから排泄してんだろ。
器用に四つ足を連動させ、狭いトンネルの中で俺を追いかける。大きな体躯のせいで窮屈そうだが、鱗を壁に擦ってでも勢いを落とそうとしない。
光という名の出口が見えた。この調子なら俺の方が先に出られる。よし、落盤させよう。
「いくぞ相棒!」
背負った剣を鞘から抜き、魔力を込める。手に金属の重みがのしかかる。
これはクソエルフとの戦いで活躍した一級品の魔法武具。この武器は魔力を物理的な衝撃波に変換し、ある程度の収束と形状指定を経て放出できる。
要は『飛ぶ斬撃』ということだ。
体を回転させ、天井に向かって剣を振るう。
紫色の魔力が炸裂し、砂埃の奥でトンネルが崩壊を始めた。
「どうだ見たか!」
そのままトンネルを駆け抜け、後方でワニ野郎が黙ったのを見届けた。瓦礫に潰されたか。
トンネルを抜けた先は断崖絶壁で、とっさにブレーキをかける。
「危ねっ」
崖の下は深緑の樹海。落ちたら終わりだな。
そんな軽いスリルも束の間、崩れたトンネルが内側から破裂した。
「なっ……!!」
ワニ野郎、再登場。俺に食らいかかってきた。
ただあと一歩足りなかったようで、温かい吐息が俺を押した。ギリセーフか。いや、俺が体をのけ反らせたせいでアウトだ。
バランスを崩し、重力に襟元を引っ張られた。
崖の下まで一直線。残された「あ」という断末魔。
その2秒後、俺は青空に登る。
羽毛と上昇、2つのふわりとした感覚を味わう。
「おっしゃあ!ナーイス!」
俺が称えたのは、定員一人程度の大きめの
落下中の俺を救出してくれたのだ。さすがは変身魔法の使い手。選択肢が死ぬほどあっても瞬時の判断が上手い。
このまま2人で倒すとするか。
「この距離を保てよ。あとは魔力でいたぶるだけだ」
雲一つ無い空を旋回し、俺と鷲はワニ野郎を真下に見据える。
ワニ野郎のつぶらな瞳が見えた時、急に視界がぐらついた。
「え、お、ちょっ……!!」
鷲が姿勢を保てなくなり、暴れるように急降下する。もしやスピード重視で人を乗せるのは苦手なのか。
「うおおおおおおおおお!?」
俺は大自然へと投げ出された。
真下のワニ野郎がこちらを見ている。こうなったらやるしかない。剣を構えて睨み合う。
魔力放出で真っ二つにしてやる。そう思って力を込めた瞬間、ワニ野郎から伸びた舌が俺の腹に巻き付き、一気に巻き取られる。
「嘘ぉぉぉぉぉおん!?」
この異常な速さ、巻き尺みたいだ。重力加速が乗り、空中だから止まることもない。
だが負けたわけではない。カードはある。
予想通り、剣を
またもやナイスだ。狼は崖からはみ出したところで鷲に姿を変えて飛び立つ。
すかさず俺は剣を握って魔力を注ぐ。距離が近いのを気にする暇はない。今度は直撃の魔力放出だ。
「さすがに倒れろよ!」
魔力の斬撃は直下へ轟く。空気を歪ませるほどのエネルギーがワニ野郎の頭部を切り裂き、弾かれた衝撃が爆発のように拡散する。
少し派手にやりすぎたけど、依頼達成。
砂埃の中で鱗の上に着地した。直後に砂埃が風によって払われ、空から鷲が舞い降りる。
鷲から人間へと戻ったそいつは気怠げな三白眼を大きく開く。青紫の髪がアシンメトリーになびき、取っ掛かりのない雰囲気を助長させる。
「イエーイ、グーやでグー」
彼か彼女か ── エルネスタはピースサインをダブルで揺らした。不健康そうな肌に浮かんだぎこちない笑顔を前に、俺は堂々とピースサインを返す。
「これが俺の実力ってわけよ!」
「剣は貰い物ってゆーてたけどなぁ」
「今は俺のモンだから俺の力だ」
「都合良さそうでウチも嬉しいで」
エルネスタは心もとない声色でニヤニヤした。
俺は剣を鞘に納め、動かなくなったワニ野郎から降りる。
「コイツが山の王か」
「やろうな、珍生物やし」
「やっぱ知ってるか」
「当たり前やろ~。ハーマンは全人類の夢や」
「こんなヤツが?見た目キモいけど」
「大事なんは生態。今殺したほうが子供で、反対側が母親っつーキモカワやねん」
ワニ野郎じゃなくハーマン。言われてみれば頭部の大きさが前後で違うような。母子で一体化してる動物か、わけわからん。どこかのタイミングで分離するのだろうか。
「へー。繋がってるんなら母親も死んでるか」
人の結合双生児は片方が死ぬともう片方もすぐ死ぬらしいしな。今回ハーマンの母親側が静かだったのはラッキーだった。
「…………一応トドメ刺しとき」
こういう時は抜かりないのがエルネスタだ。
「だな」
剣に手をかける。
ハーマンの脳天を突き刺すことに抵抗はない。日々の戦闘で感覚が磨かれたのだろう。だから俺は刃に反射した眼光を見逃さなかった。
「エル!」
「ヒコイチ!」
振り向き様に目が合い、互いに、同時に、俺たちは警笛を鳴らす。
「後ろっ!!」
狭い崖上が影で埋まる。エルネスタの背後には新たなハーマン。群れの仲間か父親か。そして地面の揺れからして俺の背後、母親も起き上がっている。つまり挟み撃ち。
対応が間に合わない。死ぬしかないのか?
その時、不思議なことが起こった。
抵抗不可能の暴風が体を貫くように襲ってきたのだ。
あたり一帯はひび割れ、浮き上がっていく。2体のハーマン、俺とエルネスタも巻き込まれ、すぐに風の渦となって吹き荒れる。
「おわぁっ!!!」
超局所的な竜巻。まさに天災。
何もかもを揉みくちゃにして風速がピークに達すると、気が済んだのか一瞬で消え去った。
解き放たれた中身が
いつの間にか俺とエルネスタはプロテクトの盾に囲まれ、一緒に倒木の上に落ちた。
「二人とも生きてるー?」
上空から聞き慣れた声がする。危機感のない彼女の横顔が俺たちを見ていた。
ルナ。本名が長い女。特級冒険者として帝国に派遣された魔法の天才。
「テメー!死ぬとこだったわ!」
「珍生物飛んでってもうたー」
俺とエルネスタは『ルナの愉快な仲間達』というわけだ。
「
降り立ったルナは嬉しい報告をしてくれた。これで俺たちが足止めされる理由がなくなった。
「そりゃご苦労様。やっと先に進めそうだな」
「んーと……まだ無理そうかなぁ……」
「え?」
「ちょっち問題アリでして……」
ルナは気まずそうな顔をしている。可愛げなイタズラがバレたときのような深刻さの欠片もない顔だ。
「封印がー……失敗してぇ……えへへ」
「は?」
「魔王軍四天王の『ウェニリグス』がぁ……今こっちに向かってきてる……的な?」
「いやでも、封印終わったって……」
「完了とは言ってないじゃん?」
「あー、終わったってそういう……」
「言葉って難しいね!」
「っておバカっ!」
「てへっ!」
緊急事態、VS四天王、開戦します。
「ウチもう帰ってええ?」
ちょっと待て、色々と
話を戻そう。まずは帝国に入ったあたりから。
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