第33話 はいさい、ゆきんちゅ


 帝国は様々な土地を植民地化しているため、あらゆる種族が入り乱れている。そこが人間の国である王国と最も異なる部分だろう。

 雪人族ミアドはその点、帝国や外部との関係は薄い。寒すぎるせいか、資源が少ないせいか、確かに植民地というには寂しい場所だ。


「ガッハッハ!いやー!ミャーピカに貰い手ができるとはな!」


 豪胆さあふれるヒゲ面を笑顔で満たし、村長は俺の肩を叩いた。

 獣皮のテントの中。隣には不良少女ことミャーピカがポツンと座っていて、俺は謎の歓迎を受けていた。


「最近は来客が盛んで面倒続きだったが、こんな吉報もあると嬉しいものよ!ミャーピカは我が娘ながらに不器用でな、10歳にもなって男の影すら見えんもんで」

「どぅえ!?10歳!?」


 反射的にミャーピカに目をやる。


「んだよ」

「あっ……いや~……」


 現行犯逮捕かと取り乱したが、少し考えればその必要はない。

 この世界は1日の長さが地球よりあるから、10歳でも地球換算にしたら15か16。にしても若い気はするな……このぐらいの文明レベルだと結婚適齢期か?


「それで、あのー……結婚する理由が見えてこないんですけど……」


 愛想笑いで聞いてみる。この問題の発端。


「男児が精霊を討つことは婚姻を結ぶことと同義だ。つまりお前さんはプロポーズをして、ミャーピカを嫁に迎え入れたということよ!」

「まだ仕事途中でそんな時間は……」

明後日あさってには婚礼の儀!そう気張らずに構えておればよい!」


 村長の大きな手に押され、俺とミャーピカはテントの外へ出た。村人の視線に晒され、乗り気じゃない足取りで俺たちは歩く。


 俺が精霊を倒し、それを幾人かの雪人族ミアドに目撃されてしまった。そのせいで話は爆速だ。凝り固まった風習にかつぎ上げられ、俺とミャーピカの意思は介入できない。

 「そういやミャーピカは何であの場に?」と言うと、ミャーピカは口を尖らせた。


「女が精霊を殺しゃあ問答無用で一人立ち。晴れて自由の身ってわけよ」

「それであの木の棒か……」

「その機会も誰かさんがブッ壊しちまったけどなァ!精霊は半年に一回見れるかどうかのレアもんだぞ!」


 ミャーピカが鋭い目つきを近づけてきた。胸ぐらを掴まれなかったのが意外なほどの怒り具合だ。


「それは悪かったって」

「あんな死骸じゃ誤魔化しも効かねぇしよぉー!」

「それも悪かった」

「殺すぞ!!」

「すぐ殺そうとする……」

 

 しかし困った。あの精霊ワームを木の棒で倒そうとしていた心意気は買うが、無謀という他ないだろう。

 何故しきたりに従うのかと尋ねれば、ミャーピカのプライドが夜逃げという手段を許さないらしい。彼女は正式に村を出たいのだ。

 

 俺たちはミャーピカの住居テントに入り、凍らせた魚をブロック状に切った謎の食べ物をむさぼる。味がしない。氷に近いが、溶けるほどに生臭さが強くなる。

 明後日には結婚式か。そんなに滞在する余裕はないんだけどなあ。かといって村から退散するにも罪悪感と責任感が邪魔をする。


「2人ともお困りのようだね!」


 そんな時、ルナが颯爽さっそうと戸口をめくった。


「ルナ先生!」

「クソチビ!」


 俺とミャーピカは手を止め、希望の表情を見せる。


「悪口聞こえた気がするけど、それはいいとして!2人に素晴らしいお話を持ってきたよ!」


 ルナはどうやら俺たちが村長と会っているときの暇を使って色々やってくれていたようで、歓迎品らしき荷物を抱えている。


「さっき村人に聞き込みしてたんだけど、なんとなんと!北にある勇者の遺跡に精霊の巣があるんだって!これは耳寄り情報じゃない!?」


 ルナからは自信をひしひしと感じる。

 いや胡散臭いぞ。そんなわけないだろ。ミャーピカもこれにはつっかかる。


「んな話聞いたことねぇぞ。誰が言ってた?」

「なんかちっちゃい人」

「はぁ~?ガキ連中かよ……」

「とにかく行ってきなって!これ、地図もらってきたから!」


 ルナは小さな地図を広げ、ある一点に人差し指を乗せる。

 その一点を前にして俺は眉をひそめた。


「ん…………?」


 地図上に描かれている。既視感のあるマークだ。小さな円を囲む3つの扇形おうぎがた。扇というよりはバウムクーヘンか。たったそれだけのシンプルな印だが、そこから漂う非日常感はバイオなハザード……否。


「チッ……しょうがねぇな。精霊探しのついでだ。今度こそは私がブッ殺すんだからな!オメーは手ェ出すなよ!」


 ミャーピカに詰め寄られ、俺はふと口にする。


「…………あぁ、あのさ、やめとかね?」

「はァ!?」

「なんつーか……だってお前、このマークのこと知ってんのか?」


 地図に描かれたこれは、放射能への注意を示すマーク。この世界で2人だけが知っている、アンタッチャブルな領域。


 実情は知らないので強くは言えないが、危険な香りがする。勇者の遺跡とはすなわち大昔の転移者の遺跡。転移者が遺留品か何かの警告をしているのかもしれない。


「あ?そりゃ知らねぇけど」

「だろ?」

「ムカつくなオメー」


 ミャーピカが肩を殴ってくる。


「ルナはなんか知ってるか?」

「これって多分……アスカのシンボルじゃない?」


 ルナは顎に手を当てた。この世界には馴染まない名だ。


「誰だそれ。式波?」

「いや、え、何それ」

「惣流か」

「じゃなくて、六芒勇者のアスカ!」

「あー」


 思い出した。そんな偉人もいたな。

 つまり単なる偶然の一致だ。確かに、現地人に伝わらないマークが地図に描かれているわけないか。


「なーんだ、杞憂だったか」


 それに勇者の遺跡とあれば、俺としては是非行ってみたい。


「それじゃあ改めて!出発だぜマイハニー!」

「調子乗んな殺すぞ!!」


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