第34話 勇者の遺産


 俺とミャーピカの2人は北の岩山に向かった。


 トナカイ的な動物にソリを引かせ、村から海岸沿いへ。白い空を背景に、標高1000mはある岩山が遠くから迎えてくれた。

 岩山は背ビレのように切り立っており、所々で雪に覆われていない岩肌が見える。


 裾野すそのにつくと、その高さに背筋が震えた。

 登る必要はないらしく、岩山の反対側に回る。氷河を横目にオフロードを進み、防寒着を肌に寄せる。


「なんであのチビは来ねぇんだよ」


 ミャーピカが俺の顔を見て文句を垂れた。


「ルナはお仕事に熱心だからな。それにアイツ、一応魔法使いだぜ。雪人族ミアドの魔法嫌いもあるだろうからって、一人で人探ししてるよ」

「魔法嫌いって……別に私は嫌いでもねぇぜ。村の奴らは毒扱いしてるけどな」

「そりゃお前が反抗期だからか?」

「ちげーよバカ」


 部族の固定概念に従わないってどんなクレイジーだよ。俺の読んだガイドブックが間違ってたのか?


 俺たちは遺跡に近づく。灰色の岩壁に彫られたギリシアの神殿のような入口。見上げていると今にも岩山ごと倒れてきそうだ。


 今回の目標は精霊という名のワームの討伐。それもミャーピカが討ったという体裁が必要なため、俺は迂闊うかつに手を出せない。しかしミャーピカが一人で勝てるとは思えず、ルナのいない今、俺がサポート兼ボディーガードというわけだ。

 そしてその目標のかたわらで、俺は別の目的を胸の内に秘めていた。 


「勇者の遺跡……もしかしたら……」


 帰る方法が転がっているかもしれない。絶好の機会だ。盗掘されていないことを祈ろう。

 

 巨大な入口をくぐり、ミャーピカに続いて遺跡に入る。


「おお……広いな」


 外とは違い、静かで涼しい。岩山を掘り抜いて作られたため無機質でゴテゴテした印象が先行するが、高い天井や柱、中心の大広間から枝分かれする部屋を見るに、相当の技術力と計画性を感じる。

 崩落寸前の部屋には棚が並び、剣や槍、弓矢の類いが乱雑に放置され、腐り果てていた。


「精霊の巣って……なんもねぇじゃんかよ」


 ミャーピカは早くも悪態をついている。


雪人族ミアドにとっちゃ眉唾物だろーがな。ルナは多分多分言っといて結構…………お」


 周囲を見回していると、裸で放置された剣が目に入った。白銀に輝く大振りの一刀で、意味ありげな装飾が施されている。


「なんかスゲーのあるぞ。もらってくか」

「はやくよこせ」

「瞬発力あるなぁ」


 白銀の剣のを掴んでみるも、剣先が何かにつっかかっているのか微動だにしない。


「ちょっとミャーピカも引っ張ってくれ」

「おう」


 2人の力で抜く方向を変えていると、雑ではあるが剣が抜ける。それは『ガコッ』という奇妙な音を伴い、目の前の壁を縦に二分した。

 壁が扉として開いていく。その奥にいたのは……


「あ…………」


 チワワだった。101匹どころではない、うじゃうじゃと床を埋め尽くすチワワの群れ。

 荒い吐息が連なり、黒真珠の瞳がこちらを見ていた。一気に圧迫感が襲ってきて、背筋が凍る。

 直後、老齢の女性の声がどこからか響く。


『ようこそ、ネペライ神兵廠しんぺいしょうへ。ここは六芒勇者アスカの統括により数多の武具、そして破壊兵器を』


 ゆっくり剣を戻して扉を閉じた。


 精霊の巣は実在した。それも想像以上の規模で。

 俺とミャーピカは目を合わせて息を呑む。手が出せないという共通認識はあるようで助かった。


「い、一匹だけおびき出すとかさ……ねぇの?」


 ミャーピカが小声になった。


「ねーよ……」

「オメー魔法使えんだろ……!」

「それ剣のやつ。俺魔法の才能ないから……!」

「才能あれ!」

「ねーわ!何だよ才能あれって!」

「ハァ……犬なら踏み潰せんのに」

「言い方やべぇな、やめとけよ」


 あの数を相手に立ち回るには状況が悪い。一旦あの大群は置いておこう。巣があるなら一匹で散歩してるチワワくらいいるかもしれん。


 俺たちは遺跡を漁る。いくつもの部屋を回り、その度に「何もねぇな」とボヤいた。結局この遺跡は武器庫か何かであり、帰還の手がかりは無さそうだ。


「こりゃルナ待ちだな……」

「あんなチビ助に頼って情けねぇなテメーは。デキてんのか?」

「妙な事言うなよ。それと、チビチビ言ってるけど、雪人族ミアド基準はやめとけ、ドワーフに殺されるぞ」

「しゃーねーだろ。雪人族ミアドしか知らねぇんだから」


 しまった、論破された。もっと異文化理解を深めろとも言えない。ミャーピカはそういうやつだった。


「その通りだ!世の中には井戸の底から這い上がれない蛙もいる。貴様が教えるべきは蛇の居場所ではなく這い上がり方だろう、ヒコイチ!」


 演説家じみた威勢が俺を呼んだ。届け出無しの挨拶に俺とミャーピカは素早く顔を上げる。その男は天井近く、はりの部分に座っていた。


 俺たちを追ってきたのか、先にこの遺跡を探索していたのか。そんなことはどうでもいい。最悪だ。その一言に尽きる。俺は内心でちゃんと驚き、ちゃんと嫌になった。


「うーわ……マジかよ……」

「知ってるヤツか?」

「ああ、あいつは特級冒険者の……」


 その男は持っていた本を閉じ、


「それはそうと!しき転移者を生かしておけん!!」


 溌剌はつらつとした声を降らせて飛び降りた。

 転移者という言葉に怯んだ俺は急いで抜剣する。しかし実際に初擊を受けたのはミャーピカだった。


 着地で地面がゆがむ。その男はミャーピカを組み伏せ、大きな剣を片手で突きつけていた。

 金色の髪と青いマントが重力で落ち着き、端正な顔が笑う。この薄紫色の目を知っている。


 彼は王国に3人だけいる特級冒険者の一人。

 依頼達成数世界一のパーティー『テンプレ騎士団』のリーダーであり、国随一の公爵家の長男。


「ハーハッハァッ!!貴様で2人目!やはり最強はこの俺、シャイオン・スミッソンだ!!!」


 そして自称最強の問題児。別名『大災害』。


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