第35話 最強の男


 シャイオンは王国一の冒険心と将来性をあわせ持った、特級の名にふさわしい問題児だ。


「誰だか知らんが貴様には魔法の才がある!言い逃れはできんぞ!」

「んだよテメー!離しやがれドブカスが!!」

「フン!魔法が使えんだろう!ここでしまいだ!」


 シャイオンはミャーピカにご執心のようで、俺は剣を納め、急いで引き剥がしにかかる。


「ちょっと待てシャイオン!ミャーピカは普通の雪人族ミアドだ!」

「何……!?確かに肌が純白だな……」


 シャイオンはミャーピカの頬を指でなぞる。


「うわっ、テメー!触んな変態!」


 ミャーピカが暴れる中、シャイオンはなぞった指の腹を見る。


「偽装でもない……なるほど、魔法嫌いの雪人族ミアドか。どうやらヒコイチ、貴様の言う通りのようだ。非礼を詫びよう」


 シャイオンは剣を引っ込め、ミャーピカの手を取って立ち上がらせた。

 話が早く、ミャーピカが無傷だったから良いものの、シャイオンの横暴っぷりには呆れるほかない。


「で、お前なんでここにいんだよ。担当の場所ちげーだろ」

「俺も一人の人間、時には迷うこともあろう」

「一生迷っとけ」

「言い換えるならそう……!」


 シャイオンはニカッと口角を上げる。


「『横取り』しにきたのだ!!ハーハッハァッ!!」


 何を堂々と言うのかと思えばこれだ。精霊の横取りと勘違いしたミャーピカを抑えつつ、俺は平静さを崩さぬよう努める。シャイオンのペースに負けたら終わりだ。


「俺らの捜索対象をとって何になん ──

「しかしフォルトゥナの姿が見えんな。仲間割れか?相談なら俺にしておけ」

「…………ちげーよ。てかお前こそ仲間はどこだよ。2人いただろ変なヤツが」

「フン、俺の仲間に変な奴など一人もおらん」

「じゃああのゴリラとメスガキは何だよ?」

「2人は帝都に向かわせた」


 それでいいのかコイツは。『人を見る目』には定評のある男だが、人柄にはクセがある。

 それに帝都と言えば、そろそろ帝国の特級冒険者が帰る頃だろうに、そっちのほうは大丈夫なのだろうか。


「ヒコイチ、受け取れ!」


 シャイオンが俺に本を投げ渡した。薄汚れており、サイズからして手帳のよう。


「何だこれ?」

「勇者の手記のようだが、どうやら俺に考古学的関心は無かったようだ」


 なんと、お目当ての物がこんな形で手に入るとは。ありがたくいただこう。

 礼を言っとこうと思った時、シャイオンは背中を向けて去ろうとしていた。俺は「どこ行くんだ」と彼を止める。


「決まっているだろう、貴様の相棒のところだ」

「……ルナの?」

「我ら騎士団は既に一人目の捜索を済ませている。いで、他の捜索対象も総取りする予定だ」

「特級全員に喧嘩売んのかよ」

「これも名誉のため。貴様らの妨げになることは百も承知。だがしかし!最強たるこの俺は常に最大であらねばならん!」

「最悪だよお前は」

「ということでさらばだ、ヒコイチと白雪姫よ。グッドラック!」


 背中が遠ざかる。このまま野放しにすればシャイオンはきっとルナの邪魔をする。彼の性格的に本気で殺しにかかる可能性は低そうだが、近づけたくはない男だ。


 そうなると、合図を出すのは俺の役目か。


 紫電一閃、直線状の魔力がシャイオンの背後から迫る。シャイオンは体を傾けただけで難なく避け、不意打ちの実行犯である俺を睨んだ。


「ほう……」

「外は寒いぜ。ウォーミングアップしていけよ」


 俺は剣を構え、彼の視線に答える。ルナのもとへは行かせない。


「あっ!まさかテメー、あのアホをオトリにして精霊を誘うつもりか!良い作戦だな!」


 ミャーピカが見当外れなことで騒ぎ出す。


「えっ、あー、そうそう」

「だったら私も加勢すんぜ!」

「相手はプロだ。前に出すぎるなよ」

 

 どうせ傍観してろと言っても聞かないだろう。ミャーピカは下げ、隠し武器として使う。


「この俺を相手にとは、用意周到だなヒコイチ。貴様の慣れた戦いの運び、ますます騎士団に欲しい!」


 シャイオンが剣を抜いた。言っている内容はわからない。


「ユーヴァンと交えたその拳、俺に見せてみろ!」


 地面を蹴って、ひとっ飛び。まばたき一つで見失いそうな速さだ。

 実のところシャイオンの手の内は1つしか知らない。まさか戦うことになるとは思わなかったから。


 まずは一撃、火花が散る。刃と刃が交差した時、おそらく互いに『ある事』に気づいた。


「魔法武具か……!」


 刃で複雑に浮き上がる魔法回路。なんとなく思っていたが、シャイオンの剣も一級品の魔法武具だ。

 付与された能力は何だ?基礎的な硬質化や軽量化に加え、メインの魔法があるはず。


 続いて繰り出されるシャイオンの連撃を自動的に剣でガードする。この速度と重さ、特級の肩書きは伊達じゃない。


「ハァッ!!」

「くっ!」


 俺の剣はシャイオンの突きをほぼ一点、切先で止めてみせた。意識的にやったのならば神業だが、そうでもないのが残念だ。


 接近戦に見切りをつけたのか、シャイオンは距離を取る。


「なんという敏捷性びんしょうせい……と言いたいところだが、俺ほどになると貴様のトリックも透けて見えるぞ」

「……答えは?」

「自動防御魔法だろう。それに先程の魔力の激流は……うむ、わからん。その粗悪なさやつかはミスリードか?」


 俺の剣は訳アリのため、専用の鞘と柄の布は無い。量産品の鞘と滑り止めテープで代用している。

 その反面、性能は超ハイレベルだ。メインの魔法は『自動防御』、『魔力放出』、『魔力吸収』の3つ。どれも1つだけで名剣扱い、回路への組み込みが困難な魔法だ。


「まあな。接近戦ならもってこいだ……」


 剣に魔力を溜め、


「ぜッ!」


 振るって放つ。さらに一発、二発と重ねる。

 速度、威力ともに凄まじい魔力の斬撃。シャイオンはそれを走り、跳び、滑り、軽々と避ける。

 三発目がシャイオンの前に来た直後、彼の姿が忽然こつぜんと消える。


「消耗戦だな!ヒコイチ!」


 背後からの声。シャイオンは背後にいる。そして前方からシャイオンの剣が飛んできていた。

 同時攻撃か。俺の剣を惑わそうという魂胆だろうが、全くもって問題無し。自動防御は絶対。その速さは常に腕が千切れるのを心配するレベルだ。


 まず前方の剣を弾き、次に背後の……


「なっ……!」


 視界を占領する岩肌。遺跡の瓦礫か。俺の剣は防御に向かうも、瓦礫に押されて吹っ飛ばされる。

 冷えた床で一回転。入口のほうへ滑り込み、全身で鋭い痛みを感じる。


 シャイオンは自らの剣を拾い上げ、教鞭のように剣先で俺を指した。


「自動防御の弱点などタカが知れている。それは質量だ!まだまだ筋トレが足りないようだな!!」

「どいつもこいつも見破るのがはえーんだよ……」


 玄人からすれば使用者と自動防御の挙動の乖離かいりは明確なのだろう。かつて指摘された『眼より剣のほうが反応が速い』というやつだ。

 さすがは特級冒険者。引き分けもキツそうだ。俺は手札をほとんど出しきったというのに、シャイオンの能力を一つも見ていない。


「フム、まだ欠けないか。複数の高等魔法と耐久性を両立させるとは、いやはや素晴らしいつるぎだ」


 シャイオンは汗一つかいていない。

 俺は手のひらの擦り傷を我慢しながら立ち上がる。


「ありがとよ」

「名は何と言う」


 悠長だな。でも時間が稼げるならいいか。

 ついこの間、俺はこの剣に名前をつけた。


「『マモル』だ」


 その凛々しい名を聞いた時、シャイオンはなぜか眉を傾けていた。


「まも……な、何だと?」

「マモルだよ」

つるぎの名が?」

「おう。ピッタリだろ」

「由来は何だ?」

「いや普通に『守ってくれる』から」

「なる……ほど」


 反応が悪い。急にコミュ障になったのか?


「後で話し合おう!!じっくりとォ!」


 接近を開始したシャイオン。それに対して俺は魔力の斬撃を飛ばす。

 ここまではさっきと同じ。さあ、ここから何があるのかと聞かれれば、実は何もない。


 シャイオンが指鉄砲の形をこちらに向けた。首元のネックレスが光っている。


「ニュートラライズ!!!」


 シャイオンの指先で空気が揺れ、大きなとなって吹き荒れる。ただの風と侮るなかれ。魔法だ。

 ついに魔法を使った!魔法は名前から効果を推測できる。ニュートラライズは中和、中立化……無効化。


 気づいたが最後、斬撃が霧散むさんし、正面突破でシャイオンが顔を出した。剣先が一瞬で膨らむ。


「この程度では追放だな、ヒコイチ」


 額に小さな傷が入ったとき、俺は立ち尽くしていた。動くつもりでいたのにマモルは黙っていた。

 魔力放出は消え、自動防御と魔力吸収は発動しなかった。シャイオンの一つの魔法によって完封されたのだ。


 完全敗北か、と思ったその時


「あだっ」


 シャイオンは側頭部に衝撃を受け、吸い込まれるように真横へブッ飛んだ。

 ものすごい勢いで飛んだぞ。遺跡の奥の柱を破壊した。これが隠し武器のパワーってわけか。


「血ぃ出てるぜ。油断したろ」


 ミャーピカだ。こんなに力自慢だったか。いや、持っている木の棒に魔法回路が浮き上がっている。

 魔法武具のバーゲンセールかと言いたいところだが今はいいや。それよりシャイオンの魔法だ。


「あぁ、いや……剣が反応しなくってよ。魔法回路が詰まってるというか、魔力が乱れた感じだ」

「あちゃ~、ブッ壊れたか」

「でも今は魔力が放てる。多分、ルナが言ってた『魔法を無力化する魔法』だ」


 魔法無力化魔法、それは圧倒的な魔法メタ。シャイオンはその使い手だ。

 それ一辺倒ではないだろうが、確実にコスパは悪い。この世界では魔法を使えるほうが少数派だ。したがって魔法無力化魔法は相手を選ぶ。


「さて……どうしたもんか……」


 その相手に俺は選ばれたわけで、困ったもんだ。魔法の補助がなければ打つ手は少ない。


 もう一つの気がかりは、シャイオンが六芒勇者ろくぼうゆうしゃの子孫であるという事。

 油断ならないのだ。ルナの言っていた『ギフト』とやらが。


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