第36話 メテオライト・ブリリアンス!
帝国に入って数時間。馬車の荷台で、俺は帝国に関する文書を読み漁る。
「『先代皇帝の愛した噴水庭園』、『勇者の子孫と行く!新世界戦博物館』、『古代の香り、フォルム・ラピヌム』。ふーん……」
「それ観光ガイドじゃない?」
文書越しに座っているルナが見える。
「ダメすか」
「いやダメというか、もっと良いやつあるでしょ。別に帝国のこと理解してるんならいいけど……」
「『勇者ハヤトの子孫が案内する、ロムロド・ムルガ封魔神殿』……これ行ってみたいな。景色すごいぞ」
「仕事終わったら行こっか」
そう、今は仕事中。転移者捜索の道中なわけだが、この文書の中で使われるフレーズが気になる。
「なんかちょくちょく出てくるな、『勇者の子孫』ってやつ」
いろんな場面で聞いてきたし、実際会ったこともある。しかし歴史が長すぎるな。家系図とか残ってるのだろうか。
この世界で勇者と言うと特定の6人のことを指す。
約2000年前に活躍した6人の転移者、通称『
「そりゃ英雄の血筋だもん、生まれついての有名人だよ」
「2000年前の人間の家系がよく残ってるよな」
「強いからねー」
「子孫全員が?」
「ううん、『勇者の子孫』は本家だけ。その本家になるにも儀式がいるらしいけど」
強い者が優遇されるのはこの世界の常識。そしてこの世界の事はルナが大体説明してくれる。
「本家にさえなっちゃえば神様の恩恵を受け放題。生まれてくる子供は魔法が使えるし運も良い。でも一番ヤバいのは『ギフト』だよ」
「何だそれ」
「ギフトってのは神様からの贈り物。魔力を介さない魔法的能力のこと。勇者の子孫のうち選ばれた1人だけ、つまり世界で6人だけが持つトンデモパワー。そのギフトこそが神様が認めた証なの」
ルナの話に熱が入ってきた。しかしピンとこない。
「例えば、ユーヴァンのアレもギフトだね」
「アレ?」
「ほらあの、雨降らすやつ」
俺はハッとした。ユーヴァンが現れたときにはいつも雨が降っていた。つまりユーヴァンはエルフの血が混じった勇者の子孫。
「マジか!ただの雨女かと思ってたわ」
「あれでも奈落のエルフだから」
「雨かぁ……確かに、実際ヤバかったもんな」
「うん。水量は無限だし、天候操作は本来禁術、しかもアイツには
ルナと俺は「クソエルフだ」と声を揃えた。
「名が知れてる分、ギフト持ちには注意しなきゃな」
「うん。シャイオンにハイネ、競合相手で言えばノストスも」
彼らは見える強敵。対策を打つのは気苦労なため、戦闘にならないことが一番だ。不安要素は話が通じるかどうかだな……。
「奴らは勇者の子孫で、世界を壊せる超人」
そんなルナとのやり取りを俺は思い出した。
話を戻して、遺跡での戦いに。
今、俺とミャーピカの視線の先にはシャイオンが立っている。疲れた様子すらなく、砂ぼこりを払っている。
「ム、俺のエクスカリバーが……」
シャイオンは周囲をキョロキョロしたのち、ミャーピカが彼の剣を持っていることに気づいた。
「なるほど、抜け目のない奴め。魔法を好まぬ種族が我が剣を持つとは、なかなかの皮肉と受け取った」
「これ皮肉か?」
「しかしこのシャイオン!素手での戦闘、望むところォッ!!かかってこ……」
シャイオンの目が何かを捉え、笑みが浮かぶ。
「こんなところに剣が……いいぞ、気に入った!」
「あっ!」
俺とミャーピカは同時に口を開けた。シャイオンが抜こうとしている白銀の剣、さっき俺たちが抜いて痛い目に合いかけた罠だ。
シャイオンの手が上方向に力を入れていたので、俺とミャーピカはそそくさと近寄り、下方向に剣を押し込む。
「ん、何だ」
「それはやめてくれ」
「何を言うか。貴様の物ではなかろう」
シャイオンと俺たち2人の腕力が拮抗し、剣を抜くか抜かせないかで揉み合いになる。
「2人して何だ貴様ら!俺の剣だぞ!」
「マジでダメなんだって!!チワワがいっぱいだから!!」
「意味がわからん!手を離せ!」
「チワワが!チワワがーーっ!!!
劣勢、敗北。健闘むなしく、白銀の剣は空中に打ち上げられた。
内部機構が動き出す音がして、壁のフリをしていた扉がスライドする。
「ひぃぃぃーーーーっ!!!」
俺とミャーピカは悲鳴を上げながら尻もちをつき、反対側の壁まで後退した。
二度目の光景だ。内壁と天井が岩肌そのままなのに対し、床一面が小麦色になるほどのチワワの大群。まさに悪魔の軍勢。
「チワワだと……!?」
さすがのシャイオンも一歩下が……らない。むしろ前進していく、
「怯えるな!冒険者たる者、この危険に飛び込むことを生き甲斐としろ!」
それはもうすごい進んでいく。チワワたちは息が荒いままシャイオンを避けて道を作る。
「この異様な空間……隠し部屋……否、上位陣営の専用武器庫と見た。しかし2000年もあればその擬態も失われる。森に隠された一本の木も、他が枯れてしまえば裸同然」
シャイオンはある物体の前で立ち止まった。
部屋の奥にある大きな物体。円柱形の金属を囲む棒状の物体とそれらを支える土台。てっぺんには布がかかっており、オブジェかモニュメント、機械のようにも見える。
「刮目せよ!これが勇者の遺産だ!」
シャイオンが布を取った途端、赤い光が物体の表面で数字を映し始めた。
4:59。変化する数字の意味は明らかで、それ以上に目立つのは物体表面のマークだ。
俺の危機感は間違っていなかった。あのマーク、あのカウントダウン。心臓が爆発しそうだ。
「やばっ……」
叫ぶ暇すらない。俺はミャーピカの腕を掴み、出口へと突っ走る。ひたすらに脚を動かし、どう逃げようか、身を守ろうかと頭を回す。
勇者はとんでもない物を遺しやがった。てか何で作れんだよ。アスカってやつは天才科学者なのか?
小さな円にバウムクーヘン3つのマーク。不発弾や偽物であることを期待したいが、不具合は許されない兵器だ。魔法で保護されている、もしくはアレ自体が魔法である可能性のほうが高い。となると劣化のせいで起爆失敗とはいかない。
「おい!いきなり何だよ!」
ミャーピカが止まろうとする。それだけで俺の体は冷や汗をかき、目まいがしそうになる。
「さっさと逃げんだよ!」
「はァ!?」
「あれはその……爆弾だ!!」
「爆弾って何だよ!」
「この田舎モンが!!」
「あァん!?」
もう一度ミャーピカを引っ張る。
「ここにいたら死ぬぞ!」
「でも精霊が!」
「うるせーーー!!!」
この一秒ですら惜しいというのに、わからんやつだ。いや、わかるのは俺だけなのか。これが現代知識無双ってやつですかい。
「待て貴様ら!剣を返さんか!!」
シャイオンが追ってきた。チワワの大群付きで。
「ギャーーーーーーーー!!!」
俺とミャーピカが叫んで地獄絵図の完成だ。
大群の中にはワームになりかけの
俺とミャーピカは遺跡を一目散に脱出し、ソリの
カウントダウンは5分。爆発範囲が不明だが、5分で行けるとこまで行くしかない。
凍てつくような風を切り、絶叫を置き去りにして雪の上を疾走する。後方では巨大ワームの大群が遺跡の出口を破砕し、濁流のように解き放たれた。
「うおおおおおおおお来た来た来た来た来たーーーっ!!!」
さながら高波から逃げる小舟のよう。
速さは2人分の重さがかかる
地面に潜行し、飛び出してくるワームを右へ左へ、時にはくぐる。常時ギリギリの回避劇。
「一匹ぐれー倒せよテメー!」
ミャーピカが手綱を両手に振り返った。
「こんなっ……グラついてて無茶言うな!」
ソリは低めで簡素な作りのため、しがみつくので精一杯だ。
「ってオイ!前見ろ前!」
俺の心労がかさむ。シャイオンに核爆弾にワーム、今度はどうだ。あるはずの雪原がない!
「へっ!?」
真正面から迫ってくる分厚い氷の鉄砲水。出所不明の謎の氷だ。広範囲に拡がり、雪原を覆い尽くしていく。これは前見ても回避不可能だな。
「ぐあっ!」
グルグルと回り、何もかもが俺の視界を行き来する。壊れたソリにワーム、透き通った地面。
氷床に落ちると鉄塊のような重みを味わった。そして勢いそのままに滑り出す。氷床は傾斜となっていて取っ掛かりが無い。
行き先は北極海。このままじゃ極寒の世界にダイブするぞ。
その時、俺の脚をミャーピカが掴んだ。脚がすっぽ抜けそうな衝撃を通過し、俺は宙ぶらりんになる。
顔を上げると目が合った。見たところミャーピカは例の木の棒を氷床に突き刺すことで止まれたらしい。
「チキショー、また魔法かぁ?」
「でもこの魔法は……」
これはシャイオンの魔法じゃない。進行方向や範囲からして、もっと卓越した魔法の使い手。
じわじわと氷が溶けて雪原がシャーベット状になった。見渡す限りそんな様子で、しおれたワームの死体が積もっている。
濡れた体を起き上がらせた時、隣にルナがいた。
「うわっ、チビ助!?」
ミャーピカが相変わらずの名前で呼んだ。
「デカ吉も元気そうでよかった」
「もしかしてさっきの氷、オメーがやったのか!」
「そーそー。敬うなら今がチャンスだよ」
「ひょえ~」
「で、どうすればこんな事態になるのやら。アタシやることある?」
ルナは呆れ顔で俺のほうを見た。話が早くて助かる。ルナもルナで
3つほどある問題の中で、最優先はアレだ。
「まあ一つあるわな。爆弾が ──
爆発音が響いた。俺は心臓に針を刺されたような緊張を感じ、反射的に音の方向に目をやる。
見えたのは色とりどりの絶え間ない閃光……花火だ。それとワームの死骸の山に立つ一人の男。爆弾はなかったという安堵は捨て去られ、遠くの空に花火を背負った男が俺たちを見下ろす。
「ハーハッハァッ!これが最強!これが特級!環境度外視の無双こそが俺の真骨頂ォオーッ!!」
シャイオンめ。派手な登場のわりに嬉しくない。
花火に負けない声量で、さすがのルナも引いていた。
「うわ出た」
「やっぱ変更。アイツよろしく」
ルナにシャイオンを任せよう。麻袋を受け取る。中身がモゾモゾしていて気味が悪い。
「グッドタイミングだ!フォルトゥナ!」
シャイオンの眼中に俺とミャーピカはいない。
「あんたがいるならこの惨状にも納得だわ……」
「この程度、惨状の内にも入らん!今から我らの戦場になるのだからな!」
「マジぃ……?そんなに戦いたいワケ?」
「怯える必要はない!一人での戦いには慣れっこだろう!」
言葉のナイフだよそれは。ルナの眉がピクつき、シャイオンが自信ありげに笑う。
「そこの2人、よく見ておけ!これが我が一族の誇りであり、世界が
シャイオンは人差し指を掲げた。
何をするつもりかと思った直後、答えがありありと遥か彼方に示された。
「マジかよ……!」
目を疑う。詠唱が無いならば、あれがギフトだ。
ルナ曰く『勇者の子孫とは世界を壊せる超人』。その表現は大袈裟ではなかった。
空が斑模様に光り出す。スポットライトのような白く暖かな光。炎熱をまとった姿が視認距離に入ると、その全容が理解できた。
「隕石か!」
隕石の乱れ打ち。それがシャイオンの
シャイオンのせめてもの理性なのか、おそらく今見えている隕石群の個々のサイズは石ころ程度。当たりどころがよければ重傷だ。
「来るか!真価を見せぬ虎の子がッ!!」
シャイオンが遺跡で手に入れた白銀の剣を取った。
「バカにして……!」
ルナはカチンときたようで、雪を踏みしめて歩いていく。
特級冒険者VS特級冒険者が開幕する。下手したら爆弾以上に厄介なことになるかもしれない。
「良い目になったッ!!ならばこそ!死闘の中で沈むべし!!!」
「マジで迷惑だよ!このドラ息子!!!」
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