第37話 Help!


 『特級』とはすなわち『規格外』を意味し、推し量ることのできない戦闘能力を持つ個人のことである。言い換えるならば、国家権力ですら制御できない人間の内、たまたま権力に従うことを良しとした民のこと。

 現役の特級冒険者は4人。当然、特級レベルの人間は他にもいるが、ほとんどは無法者だ。つまり現役の4人は奇跡とも言える環境の賜物たまもの。自らを律することができる善良な冒険者。


「……そうでもねぇな」


 今起こっている光景を見ると、善良とは言えない。


 空が燃えているようだ。薄曇りを抜けてきた隕石群が雪原に降り注ぎ、その隙間を魔法使いが飛び回る。驚くべきは隕石の落下地点を的確に指定しながら近接戦を仕掛けているシャイオンと、隕石とシャイオンの魔法無力化魔法ニュートラライズを避けながら魔法を放つルナだ。

 どちらも一撃で終わるような危険を持っているというのに、常に最大限の攻防を繰り広げている。


「こんなとこいて大丈夫かよ」


 ミャーピカはあの大魔導バトルを見てビビっている。まだまだ子供だな。


「ルナを信じぼっ」


 隕石落下で跳ね返った雪が顔面に当たった。


「シャイオンは信じるな。離れるぞ!」


 こんな戦場にいられるか。俺たちは逃げさせてもらうぜ!

 というかそもそも精霊ワーム討伐が目標だ。さっきの氷やら隕石やらでかなりの数が倒されたが、まだ生き残りがいるはず。


 俺とミャーピカは迂回して戦場を離れる。

 その間にも戦闘は激化。ルナが操る氷壁や氷柱が隕石をガードし、そこら中を電撃が行き交っている。もはや無尽蔵の天変地異。


「うぉー!やべー!!」


 地面の揺れに邪魔されながら、豪雨の下で雨宿りするように逃げる。風で運ばれた雪煙が背中にぶつかり、凄まじい騒音が鼓膜を叩く。


「はぁ……はぁ……」


 俺のスタミナが切れかけたところで一旦休む。

 こんなに離れてもまだ騒々しい。対岸の火事にしては大きすぎる、火の粉が心配になる大決戦だ。


「やっぱすげぇんだな、魔法って」


 ミャーピカは振り向き様に微笑んだ。希望でもあるのか、俺には眩しい感覚だ。


「……あんな奴らに憧れてちゃ、人生やってらんねぇぞ」

「わかんねーだろ。私だって天才かもだぜ?」

「あぁ、そういや10歳だったなお前……」


 それに、シャイオンに才能アリと認められた器だ。将来性バツグンなのは間違いない。


 軽い一息を吐き、膝を押す。風が強くなってきた。まだまだ岩山が見える距離だ。もっと離れよう。


「チビ助のやつ、まだ生きてっかな」

「うちのルナさんをなめんなよ?あれでも特級だぜ」

「あいつがぁ!?けど特級って全員頭おかしいんだろ?チビ助は普通っぽいぜ?」

「全員って…………」


 うーん、言葉に詰まった。全員かもしれん。


「まあともかく、このへんなら安全そうだ」

「誤魔化すなよ」

「安全そうだ」

「うい」


 戦闘の影響が見えなくなった。景色は変わらず、上下ともに真っ白で、少しの樹木と起伏があるだけ。


「よし!あとは精霊をブッ殺しゃあ終わりだな。コイツでワンパンだぜ!」


 ミャーピカは木の棒で素振りをした。今すぐ駆け出しそうな雰囲気だが、あまりに心もとない見てくれに俺は「だと思ったわ……」と天を仰ぐ。


「あ?文句あんのかよ」

「ちょっとそれ貸してみろ」

「え、変態……?」

「はやく貸せ」


 俺は木の棒を手に取り、じりじりと魔力を注ぐ。すると木の表面に短い魔法回路が浮かんで光った。それ以上は何も起こらず、ただの1m程の木の棒だ。


「何も出ないってことは……多分、かかってるのは硬質化魔法だけだな」

「何言ってんだ?」

「これ魔法武具だぜ。ただの棒じゃない」


 ミャーピカに棒を返す。


「これだけじゃ力不足だ。武器は他にもあったほうがいい」


 使い方が相当に良ければ木の棒での勝利もあるだろう。雪人族ミアドは狩猟と採集の民。体力と体格は十分だ。ただもっと確実にいきたい。

 俺の剣マモルを貸すにも魔力消費が不安だ。木の棒の製作者に会うとか、偶然ミャーピカが覚醒するとかしないと。


「その辺にしておけ」


 第三者の野太い声が耳に入った。この殺風景の中で察知できなかった白い肌はさすがの雪人族ミアドか。

 ミャーピカの父親こと村長が側まで来ていた。2人の村人をたずさえている。濃い髭と2m超の大柄は圧巻で、ミャーピカの目つきも変わった。


「空の怒りを案じて来てみれば……夫婦2人で世迷よまい言か。女が精霊を討ち取るというのは、刃の上を歩くようなもの」


 村長は初対面のときとは真逆の印象で、頑固どころではない、冷徹な表情をしていた。

 愛娘ミャーピカが心配で、という風にも見えない。人が変わったようだ。状況がわからず俺が「村長さん?」と尋ねようとすると、先にミャーピカが村長に反抗する。


「うっせぇクソが!私はやりたいようにやる!」

「義務を果たしてから言え」

「精霊はもう見つけた!今度こそ出ていってやる!勝つ方法なんざいくらでもあんだよ!」

「母親の死に様も忘れたか!!」


 村長が食い気味に怒鳴った瞬間、ミャーピカは糸が切れたような動き出しで木の棒を振りかざす。

 しかし木の棒は村長の顔の横で掴まれ、いとも容易く制圧された。


「こんなもので何ができる……!」


 村長はシワを深くして木の棒を強く握った。


「手袋一つ作れん生娘が!!」


 拳が弧を描く。厚くザラ付いた拳。

 親が娘を殴るのかよ。そう思ってしまった時、俺の体は自動的にミャーピカをかばっていた。これぞ人力自動防御ってね。


「ブヘァッ!」


 頭だけ真横にズレた感覚がして、後からついてきた体が雪に突っ込んだ。

 頬が熱い。脳が揺れている。クリーンヒットだったのか、ともかく痛いでヤンス。意識のピントが合わなくなってきた。


「……バカな男だ」


 村長の笑い声が聞こえるよ。


「明後日の婚礼の儀を待て。それで2人とも自由の身だ。村を出ていくでも何でもするがいい」


 ミャーピカが駆け寄ってくる。


「おい!しっかりしろ!おい!」


 眠たくなってきちゃった。


「頼むから起きてくれ!嘘だと言ってくれえええええええ!!!」


 あばよ、皆。


 ── 完 ──


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