魔女の奇譚:フォルトゥナ

第28話 君とあなたの分水嶺


 眠るのを忘れ、工房の後処理をしていた。瓦礫を片付け、倒壊を防ぐために強化魔法をかける。


 事が落ち着くと、かえりみる機会が訪れる。

 感情が蛇行しているうちに、やがて、帰りたい気持ちがメインになる。それに付随したホームシックや、タバコを吸いたい気分。それらを忘れるために、俺はテキパキと手を動かす。


 ボーグの破片を集めるとき、俺は冷静だった。無心でやらなきゃと、無意識がそうしていたのかもしれない。ブギーのほうはルナが首を繋げたから、防腐安置という形で落ち着いた。死体を故郷に送り届けるのは後になりそうだ。

 俺は再び蘇生魔法に頼ることを提案してみたが、禁術であるため、ルナには「これ以上は諦めろ」と言われた。

 

 奥にあった居住スペースには、契約書や身分証などの書類が多かった。

 そういうのを見ていると、彼らのことを何も知らなかったのだと痛感する。

 まず、ボーグやブギーには苗字がない。2人は出身地域と父母の名前で区分されている。上流階級以外の人間はそういうものらしい。

 そして、2人は山岳地帯に住む少数民族の出身だ。彼らは肺が大きく、ヘモグロビンは少ない。そして血中一酸化窒素が多いという、酸素の薄い場所に適応した身体を持つ。


 それが今さら何だという話だ。

 物事を知っていたとして、利用できなければ意味は無い。話す相手が死んだ今、そんな情報は思い出以下でしかない。


 神殿に帰ったとき、日が昇り始めていた。

 俺とルナは仮眠をとってから、明日の準備を終わらせた。明日は帝国への出立の日。こんなテンションで行けというのも、酷な命令だ。


 日が見上げられるほどになった頃、神殿の外が騒がしくなってきた。

 またデモだろう。律儀な連中だ。

 だが今はタイミングが悪い。俺は神殿の入口に居座るデモ隊に食ってかかった。思った通り、彼らはルナに対する抗議活動をしており、ハイネの一件で再燃したようだった。

 しかしルナは王国の重要戦力。国はルナを保護している。そのため、被害者に対する賠償金の支払いを数年前に王国が終えており、ルナ本人からの謝罪も2度あったという。

 その事実を知った俺は剣を振りかざし、デモ隊を追い払った。ストレス解消も兼ねていたため、気迫は十分だったはずだ。


 それと同時に俺は、あることを思い立った。


「ちゃんと、話し合っとくか……」


 こんなときに、というゴタゴタを無視して、俺は歩き出した。

 

 向かった先は神殿の裏側にある庭園。

 色とりどりの花が咲いているが、名前は知らない。


「……追っ払ったの?」


 ルナはだらしなくベンチに寝そべり、脚を背もたれに乗せていた。髪は無造作に広がり、表情はぼけっとしている。

 パッと見はいつものルナだが、俺は知っている。彼女が精神的に参っていることを。


「ああ。もっと有意義な事しろ、ってな。あいつらヒマそうだったし」


 俺はルナの隣に座った。


「ヒマだよ、家族がいない人は……」


 息を吐くような小声だった。

 こういう話題のときのルナはいつも同じ。落ち込んで落ち込んで、次の日には戻る。俺はそのことで悩んでいた。このまま続けられるのか、と。

 ルナにとっては何も知らない俺の存在がありがたいのだろうが、知識とは不可逆だ。俺は必ず知ることになる。

 だが外部から中途半端に聞いた後、素知らぬ顔でルナと接するのはバツが悪い。だから俺は意を決して踏み込む。


「高名な魔法使い様が……犯罪者2人と知り合いで、王様の恨みを買ってる。そんなことあるか?何なんだよ、『魔王の呪い』ってのは」


 冒険者殺しから俺を救い、国王に釘を刺された謎の力。それこそが俺だけが知らない負の歴史。

 今までさんざん見て見ぬフリをしてきた。しかしこれ以上、先延ばしにすることはできない。

 

 俺とルナが避けてきた暗黙の了解。そこに遂に手が伸ばされ、ルナは辛そうに笑った。


「……全部バレちゃった?」

「バレてねーよ、お前のことはな」


 はぐらかされる前に切り込まなければ。


「ルナ、お前の口から話してくれ」


 それが仲間として、正面から向き合うということ。


「お前には感謝してる。そりゃ俺を召喚したことは恨んでるけどな。ちゃんと、大切に思いたいんだ」

「…………何それ……恥ずっ」


 ルナは声を震わせ、腕で顔を隠した。

 こっちだって恥ずかしい。だが演技の経験があるおかげで羞恥心は消せる。つまり言いたい放題だ。


「ルナ!」


 俺はルナの胸ぐらを掴み、強引に体を起こさせる。腕のとれたルナの顔には、一粒の涙が流れていた。

 彼女のこんな表情を前にすると、鼓動が早まってくる。だからこそ怖いものはない。


「大丈夫だ」


 目を合わせ、一押し。


「俺に任せとけ」


 なんとなく口から出た俺の言葉に、ルナは目を見開いた。

 衝動的な踏み込みだったが、意外と響くもんだ。何があってもルナを信じるという、確固たる決心を持っていた、のかもしれない。


 ルナは目をそらしながら、涙を増やす。再び目を合わせたとき、爆発寸前のような泣き顔をしていた。


「アタシ……」


 ルナは俺の胸に顔を埋める。


「一人じゃ……もう無理……」


 ルナのこもった声は、青々しい空によく響いた。

 彼女の中に蓄積していたマイナスの感情を吐き出したのだろう。俺の胸は涙で濡れ、ルナの顔は赤らんでいた。

 そしてひとしきり泣いた後、全てを話してくれた。


 この世界に来てまだ数日。それでも遠回りをした。犠牲に感化されただけだとしても、俺はその結果を受け入れよう。やっと、異世界と向き合えたのだ。


 帰り道以外にも見るべきものがある。理由は前向きなほうがいいな。綺麗な景色とか、うまい飯とか。それこそ、仲間のことも。


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