第29話 サマーバッドエンドロール


 ルナは全てを話した。

 事実と感情を包み隠さず吐露してくれた。


 ルナは魔王に呪われた一族の末裔。子が生まれれば親が死ぬ、一人しか生きられない呪いを宿している。

 その呪いを代償として、一族は強力な力を手に入れた。そして解き方もわからないまま、今の代まで来た。

 神殿は呪いの力を封じるために建造され、封印魔法を扱える付き人との同居が基本だ。だが俺の知る通り、この神殿にはルナ一人しかいない。

 その理由は、ルナの負の歴史となった事件に起因する。


 ルナは幼い頃、『クララ』と『エマ』という2人の女性と暮らしていた。心優しいクララと姉御肌のエマに囲まれた生活は何一つ不自由のない、幸福に満ちたものだった。

 たった一つのほころびから瓦解がかいしてしまうほど、出来過ぎたものだった。


 ある真夜中、エマが神殿前で惨殺された。

 ルナは目撃者であったが、犯人の顔を見ることができなかった。エマは目を覚ますことなく、やがて領主は「反対勢力の過激派による襲撃」と結論付けた。

 今ほどではないにせよ、当時にもルナを重要戦力とする国の指針に反対する人間はいた。幼い頃のルナが魔法の勉強を嫌い、格闘術や剣術ばかりに熱中していたこともあり、疑問視はあった。


 しかしエマは一流の魔法使い。過激派の一般人ごときに殺されるハズはない。そう疑問に思ったルナは、自ら捜査を始めた。


 仲の良かった知り合いに聞き込みをしていくうちに、ルナは領主と面会した。

 そこで領主を怪しんだルナは覚えたての自白魔法を使おうとするなどの危険行為に及び、クララに眠らされた。


 ルナが眠る最中、再び神殿に襲撃者が現れたが、強化された結界に成すすべなく去っていったらしい。

 誰も直接は見ていなかったという襲撃の様子にルナは疑問を抱いた。エマを倒せるほどの人間がなぜ強固な結界に立ち向かい、傷一つ付けられなかったのか。

 そして犯人の目的は何なのか?自分は思った以上に自分のことを知らないのではないか?と。


 ルナは周囲の様子から、最初にエマを倒した魔法が爆破魔法だと気づいた。さらに、その特徴的な痕跡をルナは知っていた。

 かつて「弱点だから」と、ルナにだけ教えてくれた。エマの戦法だ。


 クララの力を借り、ルナは1ヶ月かけて高等探知魔法陣を作成。王国北部に潜伏していたエマ本人を見つけた。

 エマとの再会を果たしたルナだったが、疑問は残っていた。


 ルナはエマの口から多くの真実を聞いた。

 殺されたほうのエマは変身魔法による偽者であり、ルナが偽者だと気がつかないほどに本人そっくりの動きや話し方をしていたのだった。

 次に、エマ本人を追いやったのがあの『ユーヴァン』であることと、ユーヴァンが領主と『ルナの呪いの力の奪取』を画策していることを聞いた。

 エマはそれらからルナを守るために神殿を襲ったのだった。


 そこに突如としてクララが現れた。

 クララは自分がエマに変身していたことと、ユーヴァンに脅されていることを告白した。家族を人質にとられ、やむなくエマを演じていたのだ。一度目の襲撃の際にエマとして死んだクララは蘇生され、二度目の襲撃を行った。それはルナにエマ本人を探させるための作戦で、成功した。

 ルナ以外の人間が探しては、疑心暗鬼になっているエマは逃げてしまう。そのことを見越しての作戦だった。


 真相を話したクララに対し、エマは怒ったが、これは使えると協調した。

 打倒ユーヴァンに3人は合意。クララにルナを預け、エマ本人は殺したということにした。


 しかしクララの言ったことには大きながあった。

 それは、クララの正体こそがユーヴァンであったということだ。

 ユーヴァンはクララという女性をでっち上げ、エマやルナと生活していた。そして一年前、ユーヴァンはエマを追い出した。その後、変身魔法と複製魔法を駆使し、クララとエマの二役を一人でこなしていたのだ。


 ユーヴァンはエマの潜伏地を執拗しつように破壊してから、領主の屋敷にてルナを拘束した。

 ルナは呪いの力の根源を調べられ、その魔力源や刻まれた術式をえぐり出された。


 しかしルナも一枚岩ではない。

 エマ本人に会うまでの緊急時に備え、特級冒険者のコンビを雇っていた。2人ともが特級という、史上まれに見る手練てだれだ。


 特級冒険者によって屋敷から救出されたルナは、雨の中で見たその男の顔を忘れないという。


 ルナを助けた冒険者の名は『ハイネ・ヘキス』。

 俺もよく知る、あの冒険者殺しのハイネである。彼は六芒勇者ろくぼうゆうしゃの子孫として才能を発揮し、かつては冒険者活動をしていた。

 もう1人の特級も俺たちの知る人物だが、あまり出番はない。


 その時のハイネはまだ紳士的で、救出劇まではよかった。

 最悪だったのは、ルナと呪いの根源が引き離されたことだ。


 ルナを失った呪いの力は、形を持って暴走を始めた。

 この暴走というのが大問題で、普段は出てくるはずのない魔法術式が出てきた。それはルナ本人すら知らない、というか誰も知らない魔法。


 強大な魔力を伴った呪いの力は街を破壊し、王都へ進行した。

 呪いの力は高濃度の魔力を振り撒く。そのため、魔法に適正のない人間をことごとく急性中毒におとしいれた。更には例の謎魔法も発動させ、王国の人口の約3分の1を昏睡させるに至った。


 呪いの力を抑えるにはルナの中に封じる必要がある。そこで現れたのがクララだった。

 封印を申し出たクララをハイネは拒否。それと同時に魔獣に襲われた特級コンビは対応に追われ、ルナを盗られてしまった。


 ルナはクララ、すなわちユーヴァンの手に収まった。

 時計塔の上から街の惨状を見つめるユーヴァンに、今度はエマが戦いを挑んだ。潜伏地の破壊からかろうじて生き延びていたエマは、ユーヴァンを時計塔から引きずり下ろした。


 エマの戦法とは自爆魔法と防護魔法を合わせた広範囲攻撃のことだった。エマは封印魔法などに特化しているため、多様な攻撃魔法は扱えない。その弱点を補うために、自身を防護した上で周囲を自爆に巻き込む戦法を使うのだ。

 それは付け焼き刃とはいえ、ユーヴァンには相性の良い戦法だった。


 エマは一騎打ちを仕掛け、ユーヴァンを追い詰めた。

 ユーヴァンが撤退した後、魔力消耗と例の謎魔法が重なり、エマは膝をついた。そこに大量の巻物スクロールを持った領主が姿を見せた。するとルナの意思に呼応したのか、呪いの力が領主を襲い、とたんに領主は大人しくなった。

 そして目的を放棄し、領主は去った。残る問題は呪いの力の対処。


 魔力の塊である呪いの力との攻防は難航した。

 通常の物理攻撃は通用せず、6級以上の冒険者が総動員された。


 戦いは夜までかかった。

 その時は王子だったリンドウの猛攻により、呪いの力は進行を邪魔され、王都の手前で停止。

 どうやら神と魔王というのは、互いに反発しあう性質的なものがあり、それがリンドウと呪いの力の間にあったらしい。

 しかし依然として呪いの力の攻撃は止まず、被害を増やす一方であった。


 やがて戦闘を行える人員全てが昏睡した。

 残るは衰弱したルナと、その近くにいたエマだけ。


 この時のエマに一人で解決できる力は無かった。そこに手を差しのべたのがユーヴァンだった。

 エマはユーヴァンと何かしらの契約を交わし、2人で封印魔法を発動させた。


 そして呪いの力はルナの中に封じられ、この一件は終幕へと向かう。

 ルナが起きたときには目の前に誰もおらず、ただ荒野のような瓦礫の山が広がっていた。


 死者数はルナ曰く「いっぱい」。昏睡した者の大半は目覚めたが、記憶障害などが残った。結果的な被害は王国の半分と言われている。

 原因を話せるのがルナだけということもあり、糾弾きゅうだんされる理由は十分だった。


 その特徴的な昏睡被害は『くらみきの魔女』の所以ゆえんとなり、それまでは単なる有名人だったルナを一気に脅威たらしめた。

 事件後、付き人制度は消え、現在は『暴走程度によって即抹殺』という規則があるのみ。


「って感じでさ~」


 そんな幕引きの言葉で、ルナは再びベンチに寝そべった。話すほどにルナの口調は軽快になっていって、終盤は愚痴のようだった。

 悲しい回想シーンだと思うのだが、彼女がそれでいいのなら、俺が言うことはない。


「ルナって、苗字あんの?」


 ベンチに背を預け、俺はルナに聞いた。


「あるけど、好きじゃないんだよね。アタシしかいないし」

「ふーん。なんての」

「長いよ?」

「どうでもいいわ」

「……フィルマー・モントアルト」

「長っ」

「言ったじゃん」

「それでルナにまとめるって、お前スゲーな」

「そんなもんよ」


 ルナは気の抜けた顔で、上のほうを向いていた。


「アタシも、ヒコイチとおんなじ苗字がいいなぁ」

「はぁ……?」

「ほら、ゴッドキャッチャーってやつ」

「あー……お前にやるよ」


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