第5話 正直に生きてみよーよ
昼時の山林に一人。全裸で取り残されてしまった。
この世界、人権意識というか、弱者救済みたいなものが無いんじゃないか。やっぱりルナの言う通り、無価値の人間には冷酷な世界なのかもしれない。
肩に感触を感じた。生暖かく、ずっしりとした大きな手だ。
俺は傷心中につき、ゆっくり振り向く。
「うわっ、なんだこいつ」
背後にいたのはモンスターのような何か。
人間っぽくはあるのだが、全長は5メートル程ある。体がサーフボードのような
「俺を仲間だと勘違いしたのか……?」
裸族なら全員お友達かよ。気味の悪いモンスターだ。背中から食われなかっただけマシか。
「いや……相棒枠かもな……」
使い魔との出会いの可能性もある。こんな巨体サーフボード野郎でも、意外と良いやつかもしれない。
ほら、今も俺の体を持ち上げ、愛おしそうに抱えている。
「ははは、可愛いやつだなぁ」
こんなに軽々と上げられたのは子供の時以来だ。懐かしい感覚がする。特に今の俺にとっては、心に染みるものがある。
穴が近づいてきた。サーフボード野郎の体にぽっかりと空いた、大きな一つの穴。手前すら見えない黒さで、風の通る音がする。こいつの体にはその穴以外、目も耳もない。
「あーっ!助けてー!涼しい!涼しいよー!」
そして食われた。穴の中はリンゴの香りがする。
まだ外の光が見えるからと脱出を試みた時、救世主の声が聞こえた。
「いたぞ!やれ!」
さっきの冒険者たちか。実力は知らないが、数は多いから大丈夫だろう。
どうやらサーフボード野郎と冒険者とで戦闘が行われているようだ。穴の中で何度かバウンドしたのち、俺は吐き出された。
「いでっ」
顔を上げればそこは戦場のド真ん中。肘と尻がヒリヒリ痛む。
サーフボード野郎は獅子奮迅の躍動で、冒険者たちを蹴散らしていた。刃や矢をまるで受け付けず、拳と巨体で暴れていた。
当然、俺も野郎の敵からは漏れないわけで。
「あぅ!強い!!」
豪快なストレートによって俺は地面と平行に飛ばされた。
木の幹に激突して背中が歪む。声が出せずに一心不乱に呼吸をしていると、頭上に気配を感じた。
「ふーん……
忘れるはずのない金髪が揺らめいた。
「げ、ルナ!」
やっと出た声は無意識だった。
俺をさっき見捨てた女、ルナ。1分ぶりの再会だ。どの
興味も関心もなさそうな目でルナは俺を見下ろす。
「別に助けにきたわけじゃないからね」
「ツンデレかお前は」
ルナへの文句は一旦よそにやって、俺はあのサーフボード野郎について質問を投げる。
「あのバケモンは何なんだ」
「
「魔法を憎んでるわけか」
「そ、おまけに魔力を食べるから魔法は効かない。昔の戦争で数は
確実に強いのはわかったが、ルナのほうは意に介していない様子だ。
「じゃあお前が出てきた理由は何だよ。名高い魔法使い様だろ」
「アタシこれでも冒険者だから」
その言葉を置き去りにして、ルナはひとっ飛びで原住種とやらに向かっていった。
「おい!その前に服を!」
俺がとっさにそう訴えると、ルナは「もうやっといた!」とこちらを
戸惑い半分に自分の体を見る。そこには以前と同じルナから貰った衣装一式があった。
なんともファンタジーらしい、センスの溢れた服だ。これで一人暮らしできるぜ!
そして帰ろうとした時、ぴたりと足が止まった。釘で打たれたように動かない。
「いや待てよ……帰る場所ってどこだ?俺って今、密入国者みたいなもんだよな……」
この世界じゃ資格も卒業証書も意味がない。俺が一人で生きていこうとしたら、それこそ奴隷並の扱いになるのではないか。
そんな不安が脳裏を駆けめぐった直後、俺の足は戦場へ進んでいた。
見たところ原住種は図体にそぐわぬ俊敏性と柔軟性で、反応も速い。後ろに目があるのかと疑うほどだ。その反面、超常的な力を使うことはない。身一つで暴れるというのなら、俺だって同じだ。
一人の冒険者が脚をケガしている。その場から逃げることができず、助ける者もいない。
原住種がその冒険者を踏み潰そうとした時、まさに俺の出番だった。
「ふんっ!」
俺は原住種の足を受け止めた。その重量は俺の足を地面に少し沈ませたが、俺の体にダメージは無い。
「あっ!ルシファーさん!?」
冒険者はそう呼んだ。
「ルシファーじゃねぇ!」
「え!?」
俺は原住種の足を
原住種の乱打を
「俺は今年で30!普通の地球人だ!この世界の常識も法律も知らねえ!だからな!ルナぐらいの丁度良い奴に養ってもらわねぇと生きてけねーんだよ!」
「えぇ!?何の話ですか!?」
「よく聞いとけ!」
ルナの「あんたいったい何なの」という質問に対する答えがこれだ。俺は何でもない。強いて言うなら、今から俺は勇者だ。
「誰か養ってください!!!」
心の声と決め
しかしシリコンのような原住種の質感が拳から消えない。全身にかかる大きな影。全然効いていない。
「はい、あの……すいません、ちゃんと働きま ──
原住種は俺の腕を掴み、上空にぶん投げた。
「うおあああああああああああ!!!」
抱えた冒険者ごと宙を舞い、視界が回転する。
このまま星になるかと思いきや、手をぐいっと誰かに引っ張られ、一転して下へと向かう。
「
飛行中のルナが俺だけを掴んでいた。
「うぉおい!?」
俺は紙一枚と共に投げられ、原住種へまっしぐら。
なんて奴だ。ついにキッチリ殺しにきたぞ。
「
ルナが杖をかざすと、紙に描かれた魔法陣が輝いた。そこから結晶のような形状の巨大なフィールドが発生し、俺と原住種を呑み込む。
俺が生贄というのはそのままの意味らしい。原住種を倒すために俺を捧げやがった。
「あばばばばばばばばばば」
空中で全身が硬直し、静電気ぐらいの痛みが走る。
フィールドの中で起きている現象はわからないが、原住種にも効果はあるようだ。戦場が静かになっている。
だが突如としてフィールドは壊れることになる。
理由はまあ、ルナの不手際かなんかだろう。俺が寒さを感じ始めた時、フィールドは見事に砕け散った。
「はぁ!?な、なんで!?」
上空ではルナがそんな風に驚いている。
ざまあみろと言いたいところだが、俺は俺で真下に原住種が待っている。
俺は落下する途中で原住種の拳を
「またかよぉぉおーー!!」
再び空へ。俺は投てき武器か?
それに今回は狙いがあっての投げらしく、目が回る先でルナを捉えた。
「ぐえっ」
俺とルナは衝突した。
絡まるようにして墜落していく。
枝葉をくぐり、雑草の上に転がる。土だらけでも痛みが少ないのは幸いだが、それは相手も同じ。
徐々に大きくなっていく地面の揺れを感じ取り、俺はすぐさま立ち上がった。原住種が近づいてきている。
「来てるぞ!走れ!」
「も、もう動けない……さっきので魔力が……」
ルナは息も絶え絶えで、動きに力が入っていない。
俺は「仕方ねぇな」とルナを抱え込み、重くなった足で地面を蹴る。
「どうすりゃ倒せんだ
「物理で押し切るか……膨大な魔力を浴びせるかの二択。でも……どっちも……」
「クソっ、負けイベは勘弁だぞ……!」
鼓動が早まる。原住種を
「見つけたぞ!!」
そこに突然、中年の冒険者が現れ、逃げ道を塞いだ。俺は思わずブレーキをかけ、斜面をやや滑る。
「魔女だ!魔女を渡せ!!」
その冒険者は鬼気迫った表情で矛先を向けてきた。
どこかで聞いた『魔女』という単語。冒険者の意図を察するには俺は無知だった。
「は?何言って……!」
「お前が抱えてるその女だ!そいつを
冒険者は目がキマっている。彼の言う事が正しいのかどうか、俺には判別がつかない。
魔女というのはルナのことで、原住種の生き餌になる。そんな情報を信じれば逃げられるのだろうか。逃げられたとして俺はどうなる?
「下ろして」
ルナが消え入りそうな声で言った。
「でもお前……」
「いいから」
何が正解かわからないまま、俺はルナを離す。
しかし未だルナの疲労は明らかで、自分の体を支えるので精一杯に見える。
「全部終わらせる。どうせ倒せんのアタシくらいだし。大丈夫でしょ、多分」
口調だけは楽観的で心配になる。
ルナは陰りを持った目をそらし、さらに杖を水平にかざした。
「それと……さっきはごめん」
魔法が、来る。
「
放たれたのは圧力の風。衝撃波が体を浮かす。
杖の先には中年の冒険者がいて、
え、そっち?と思った瞬間、冒険者がいた場所を巨大な拳がなぞった。
間一髪の空振り。地鳴りの正体が登場し、二対一の戦場が出来上がる。
なんてこった。俺は逃げられない。
原住種がこちらを向いた。ルナが俺の背中を叩く。
「さ、いくよ。最後のチャンス、本気出してね」
原住種戦、最終ラウンド。
「マジぃ……?」
あまりの不利な状況に苦笑いがこぼれた。
バフのかかった一般人とMP切れかけの魔法使い。大勢の冒険者が太刀打ちできなかった怪物に2人で勝てと。なんとも心躍る戦いだな。
どのみちルナには頼らせてもらうんだ。ここで勝てなきゃ俺の勇者物語は終わる。
開幕の攻撃は原住種が伸ばした手だった。
俺が素早く身を引いた一方で、ルナは逆に前進した。そのまま股をくぐったルナは魔法を放つ。
「
杖から生み出された剣が原住種の背に弾かれた。
やはり並の攻撃は通用しない。ルナはどう討伐するつもりなのか。事前の作戦会議はなかったからな。
「うおぉっ!!」
原住種は目前の俺にばかり襲いかかってくる。
右へ左へ。かろうじて攻撃を避け、俺は原住種の側面から脚に蹴りをかます。
なかなか豪快にかましたが、巨大な足首はびくともしない。電柱に当たった感触がする。
「かってぇ……!」
上を向くと、原住種の奥にルナの姿が見える。
「おらぁっ!」
ルナが剣で一撃。さっき射出とか言ってた剣を再利用したのだろう。
刃が折れ、空を舞っている。
「やっぱダメか……でも!」
ルナは折れた刃に杖を向けた。
「
刃が溶け、液体となって降りかかる。白く光るサラサラとした液体だ。
剣や魔法が効かないなら熱ということか。まともな生き物なら大怪我待ったなしだが……。
「危ねっ!」
それは俺も例外ではない。散っていく液体と火花から距離をとる。無数の火花は線香花火のようだ。
「だーもう!コイツなんも効かないんだけど!」
ルナが着地がてらに愚痴を吐いた。それもそのはず。原住種は相も変わらず、俺が必死こいて避けた火花を耐えきっていた。
無敵すぎる。俺とルナは逃走を強いられ、小石を投げるような攻撃を繰り返していた。
「くっ……!」
常にすばしっこく動けば時間は稼げる。俺たち人間が猫や魚を捕まえるのに苦労するのと同じだ。
しかし進展がないのも事実。俺はルナにクレームを飛ばす。
「ルナ!作戦あるんじゃねーのか!」
「無いよ!今は弱点探し中!」
「弱点!?押し切るしかないっつってたろ!」
「さっき言ったのは無難な倒し方!奴らには個体それぞれに違う弱点があるの!コイツだけの弱点を見つけられれば……!」
「はぁ!?そんなん……!」
俺は慣れた動きで跳躍し、原住種の手をかいくぐる。
「どうせここだろ!」
そして原住種の穴に前蹴りを突き刺した。
「あっ!バカ!そこは……!」
「え?」
穴が輝いていた。浅い闇の奥から光が広がり、明確な威力を持って放出される。単純な話だ。魔力を食らうなら、吐き出すこともできる。
純粋なビームだった。全身が覆われるほどの魔力の線。視界が点滅し、冷えるような熱を感じる。
直撃したのか。油断したなぁ。
自分の身を心配できるようになった時、俺はまだ空中にいた。周囲が不明瞭なままどこかにぶつかり、どこかを転がった。耳鳴りが激しい。
「はぁっ……はぁっ……!」
息をしている。頬に触れているのは地面。草や土だ。俺は生きている。身体の不調も感じない。
その理由は俺を囲っている青白いバリアだ。ルナがやってくれたのだろう。
おかげで奴の弱点がわかった。
やはり穴の中だ。俺が中に入った時と違い、戦闘中の穴は浅い。まるでシャッターを下ろしたかのように深さが変わっていた。リンゴの匂いもしなかった。
弱点で確定、とまでは言えないにしても明らかに怪しい。そもそも穴に近づかれた時だけビームを撃つというのは、穴が弱点であることを教えているようなものでは?他の原住種との戦いで気づける人間はいなかったのか。
「まあいいか……やっと倒せそうだしな……!」
体を起こすとバリア越しに戦場が見える。
「ルナ!弱点がわかっ……」
言葉が止まった。弱点どころではない。
あれは確かに倒れているルナと、彼女へ迫っていく原住種。
「今ので本当に……魔力が……切れた……」
ルナは杖を握る力すら失せたらしく、その場から逃げる素振りがない。バリアを張ったことで魔力を使い果たしたのだ。
「マジかよ……!」
勝機が見えたと思ったらこのピンチだ。
ルナが潰されるまで猶予はない。原住種はこれで終わりだと言わんばかりの威圧感を放ち、足で地面を鳴らしている。
どうする。どうすればいい。
助ける、戦う、見捨てる、逃げる。ダメだ。どれも絶望的すぎる。俺の力じゃ望みは薄い。
何もできない。全滅か奇跡を待つしかない。出来れば奇跡がいい。
あの時のように。劇団時代、演出家の意図に沿えずに悩んでいた俺が母親の死を経験して成り上がった、あの偶然のように。
母親の顔を思い出しながら稽古場の扉を開く。そうすれば俺の演技は研ぎ澄まされる。
同じことだ。ルナの犠牲をもって何かを掴もう。そう思って、バリアに触れた時だった。
突如としてバリアが膨らみ、原住種だけを押し出した。直径は10メートル程に変わり、気づけばルナはバリアの中に入っている。
「あれぇ?」
「んん?」
俺たちは目を見合わせた。
「何これ?」
「ま、魔力が……魔法が強化されてる」
「なんで?」
「あんたの手からなんか流れてる……」
「じゃあ……俺の力?」
「……多分」
「てことはつまり……」
奇跡が起きた。俺たちは一転して意気揚々となり、拳を強く握った。
神から貰った能力。一旦は『魔法を強化する能力』だ。この情報だけで俺は勝ってみせる。
「いける!!!」
目線の先には原住種。逃げる選択肢は消えた。
シリアスとはここでサヨナラだ。
「回想やってる場合じゃねーぞ!!」
「何の話!?」
「ルナ!あと何秒だ!!」
ルナはハッとして懐中時計を確認する。
「は、8秒!!」
「回復いけるか!」
「うん!」
「じゃあ頼んだ!」
余裕ないもんだ。うだうだ考える時間もない。
俺は全力で走り出し、原住種へと一直線に向かう。
「あとは俺に任せとけ!!!」
10分経過で爆発するなら、その魔法を強化してやろう。素の威力であの魔獣をワンパンできる爆発だ。強化なんてしたら想像つかない。
爆発対策はルナ任せ。魔力が切れたと言っていたが、ここは本人を信じる。穴が弱点じゃなかったとしても、爆発で押し切れることを期待しよう。
バリアを抜け、自分の胸に手を当てる。原住種とほぼゼロ距離になった。
その閃光はとても眩しい。俺の運命が決まる、一か八かの大爆発。周辺被害なんて知ったこっちゃない。それ故に本気の、未知数のパワー。
灼熱、強風、轟音。全てが混ざり合い、序盤にしては強すぎる敵を灰に変える。
静まっていく鼓動に対応するように、爆発も息をひそめていく。鼻をかすめる煙の匂い、それと少しのリンゴの匂い。薄れていくリンゴの匂いは原住種の討伐を知らせる。
煙の中、俺は顔だけで振り返り、バリアの中から
ルナは地面に横になったまま杖を持っている。ギリギリ間に合ったって感じの焦りの表情だ。
「あははっ……生きてる?」
途端に晴れやかになったルナにつられ、俺の口も笑いをこぼした。
「ああ」
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