第4話 常識って、何?


「ふぅ~」


 木のカップを傾ける。中身は甘いようで渋いような、ほぼ透明の飲み物。


「うん、まずい!」


 のど越しは良いが、いかんせんまずい。

 普通の水が売っていないというのも考えものだな。


 木製のイスがきしむ。円形のカウンターの向こうには強面の店員。良い雰囲気の酒場だ。時間帯によるのか人は少なく、日光とライトのバランスが丁度良い。

 しかし大きな問題がある。それは俺が無一文だということ。小遣いくらい持たせてくれよ。


 もう一度カップを傾けた時、突然、扉がバタンと勢いよく開かれる。


「何やっとんじゃテメーー!!!」


 鬼の形相のルナが姿を見せた。「ぜぇ、はぁ」と息を荒らげ、俺のもとへ走ってくる。

 魔獣に飛ばされたにしては無傷な奴だ。


「うわっ、生きてる!」

「あんなんで死ぬか!てか逃げんな!」

「逃げてねーよ!魔獣がどっか行っただけだ!」

「言い訳無用!」


 周りがザワつき始めたところで、俺はルナに首根っこを掴まれて外に連れ出された。


 再び魔獣の潜む山へ。不本意だが無銭飲食を達成できたのでルナのことは許してやろう。

 なんとも静かな山だ。魔獣と冒険者が闊歩かっぽしているとは思えない。そんな山林の道中、杖の先がこちらを見た。


「今、ヒコイチに魔法をかけました」


 ルナは優雅な口調で微笑んでいる。


「10分間身体能力が爆裂に向上します」

「おお」

「その代わり10分後、体が爆発します」

「バカかお前は!」

「魔獣を倒したら解除したげる!さあ行った!」


 ルナに背中を叩かれ、俺は慌てる。

 能力を見つけるためとはいえ、体内に爆弾を抱えるなんてデスゲームだろ。


「つったってどこに……!」


 魔獣の居場所がわからないと始まらない。

 そんな矢先、遠くから衝撃音が響いてきた。


「この音は……!」

「さっきの冒険者じゃない?はやく行かないと先とられるよ!」


 すぐさま音のした方向へ走り出す。

 魔法のおかげでスピードが上がり、歩幅が何倍にもなっている。加えて、魔法の恩恵は動体視力にも及ぶため障害物も問題無しだ。

 魔獣の形跡だろうか、倒木や足跡が獣道をつくっており、衝撃音も近づいてきた。


「あそこだ!」


 俺は樹木から飛び出る大きな頭部を見つけた。

 あの黒くて異様な生き物はさっき出会った魔獣だ。


「ルナ、なんか武器ねえのか!?」

「素手で十分!」

「わかった!」


 飛び出すと、そこは魔獣と冒険者たちの間。

 俺に視線が集まっている。冒険者たちには申し訳ないが、横取りさせてもらおう。

 ルナは後方で待機していて助けてはくれない。だが恐怖はない。今の力なら戦える気がする。


「あ!でも待って!」


 ルナが叫ぶ。懐中時計をこちらに見せていた。


「あと1秒!」

「へ」


 大爆発。視界が一瞬で白く染まり、音ともとれない爆発が鼓膜を揺らした。爆心地で体が振動する中、俺は茫然と終わりを待つしかなかった。


 まるで痛みを感じない。ここは天国か。

 短いようで長い人生でした。親に感謝。


 しかし、そんな感動のフィナーレとはいかない。


「……あ、あれ?生きてる!」


 黒煙が晴れると、俺は全裸になっていた。

 周囲の焦げた地面は爆発が本物だったと証明している。なのに俺は五体満足、綺麗な肌だ。


 それに魔獣がいない。いや、遠くのほうでバラバラになって朽ちている。


「魔獣は死んでるな……」


 俺は魔法のデメリットで爆発した……のか?

 身体の快調な感覚は消えていない。事態がつかめないまま、ルナに目をやる。


「ルナさーん?どゆこと?」


 ルナは青白い球状の膜に囲まれていた。シールドのたぐいか。1秒で展開できたの凄いな。


「爆発に合わせてもう一回身体強化の魔法をかけたんだよ。死なれちゃ困るからね。体が頑丈になるのもセットなんだよ、その魔法」

「で、服は?」

「服は体には含まれないでしょ(笑)」

「なんだお前」


 つい声のトーンが低くなる。生きているからラッキーだ、という感想だけで全裸は許容できない。


「こいつマジで…………ん?」


 浅い煙の奥に影が見える。かなりの数で、野太い男の声も聞こえる。


「さっきの男はどこだ!」

「横取りしてきたぞ!」

「縛って吊るせ!」


 まずい!冒険者たちだ。俺が魔獣を横取りしたから激怒してる。このまま出くわしたら俺はケバブと同じ運命を辿たどってしまう。


 こうなったら吹っ切れるしかない。ルナを咎めるのは後にして、全裸をかすんだ。


 煙が消えた時、俺は冒険者たちと対面した。


「ぜ、全裸!?お前誰だ!?」

「ここが……人間界か」


 俺は仁王立ちで言う。


「我が名はルシファー」

「堕天使だ!!!」


 冒険者たちがうろたえた。


「ええええ!?今堕天してきたんですか!?」

「今堕天したなら……仕方ないか」

「魔獣はついでだもんな。それに全裸だし」


 ぞろぞろ退散していった。めでたしめでたし。

 だったらいいのだが、俺を睨む奴がもう一人。


「やりきったぞーみたいな顔してるけど、なんか掴めたワケ?能力のこと」


 ルナに冷えた目線で刺され、俺は身を震わせた。


「え?あ、いや~……うーん……少し?」


 俺はまだ転移者としての力の証明ができていない。つまりルナからはミスキャストと思われている。あの目線は絶対にそうだ。


「今度こそ自爆しとく?」

「すぐ殺そうとするじゃん……」

「だってそうでもしないと生きてけないよ?」

「死ぬけど?」

「そうじゃなくってさ」


 杖をトントンとゆすり、ルナはため息混じりに教鞭を振るう。


「この世界じゃ能無しは殺されても文句言えないのよ。生きたきゃ自分の価値を示すべし」

「でも、ルナが一生養ってくれるんじゃ?」

「んなわけないでしょ」

「責任感ある?」

「ないよ」

「ないかぁ」


 俺は肩を落とした。今の俺が勝訴するのは難しそうだ。


「じゃあね。あとガンバ」


 そう言ってルナは背中を向けた。


「おい、どこ行くんだよ!」

「もっかい転移魔法陣を作るの」

「俺は!?」

「さあね。死んでくれたら嬉しいかも」

「はぁ!?ちょっと待っ……!」


 伸ばした手は空を切り、ルナは「フライ」だなんだと唱えて彼方へ消えた。


 この世界じゃ俺は単なる不良品だった。だから勝手に召喚されて、勝手に見放された。

 とんだ喜劇だ。俺の願いはたった一つなのに。


「せめて……服をください……」


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