第51話 さらば竜面族!もう二度と来ねーよ!


 意気消沈のエルネスタを肩に抱え、回復のために防護結界のさらに内側に行く。


 防護結界内には領主の邸宅や庭がある。里とはまるで雰囲気が違い、見た目からしてブルジョワを感じる。集まっている避難民も半分ほどが小綺麗な服と顔で、土や疲労にまみれているのは一般居住区の人だろう。


「第二居住区の住民、および観光客で負傷している人はこちらへー」


 案内が聞こえる。

 観光客枠で回復してもらえるかな。


 だったら、ここからが本題だ。回復までの時間でエルネスタの正体を聞き出す。


 まず、何の考えもなしに捕縛して尋問するのは今の関係においては避けたい事だ。今後も現在地が把握できる特典は欲しいし、戦力としてもエルは有用。

 負かしたままで秘密を吐かせるというのは、普通に考えれば屈辱的。何かこう、彼女の中で「仕方ない」となるような言い訳が欲しい。納得できる敗北にしておく必要がある。


「エル、言っとくが俺はな」


 それは唯一にして最大の俺の秘密。エルネスタの言い訳になる上、信頼しているという印象を与えられるものだ。隠し味に多少の嘘はあるがね。

 こればかりは俺にも不利益があるが、しゃーなしの犠牲としておこう。実際、エルネスタを信頼しての事だ。もし彼女が他人に密告しようものなら、その時はその時。口封じなり誤魔化しなり、対応はいくらでもある。


 ついでにこれで『秘密の交換』にもなる。俺が教えることで、エルネスタも教えやすくなる。


 俺はその後、エルネスタが何者なのかを知った。俺の秘密のインパクトが大きすぎたのか、思っていたよりスラスラと教えてくれた。


「てな感じやなぁ」

「ま、マジかお前……そんなんだったのか」

「相棒ちゃんに言うたらアカンで~」


 とりあえずこれで、エルネスタがちゃんと信頼できる人物になった。嘘をつかれてたら終わりだけど。


「あらま、ひっどいケガね、いったい何があったの?」


 竜面族ビナーマの女性が駆け寄ってきた。白い腕章はおそらく救護係、つまり回復魔法使いの印だろう。


「……コイツにウチの体をめちゃくちゃにされてもーてぇ」


 なんつー言い方しやがる。これは恨まれてるな。

 さっそく回復魔法をかけてもらい、俺たちは万全の状態に戻った。今日だけで一生分のケガをした気分だ。


「とりあえず回復魔法かけたわ。あとは鎮静化魔法でも処方しときましょ、皆でピロートークよ~!」


 なぜか喜ぶ救護係の女性。こいつらの性格にも慣れてきた。

 血走る戦いの後の鎮静化魔法はありがたい。肉体は治っていても精神は治っていない。落ち着ける時間というものが必要……ん、そういえば。


「あ、待ってくれ!エルに精神魔法は効か」

「セデーション」

「落ち着くぅ~……」


 ほんのり涼しく、日差しは程よい。ここまで昼寝に適した日があっただろうか。ないね。


「……最悪の気分になったお返し、せんとなぁ?」


 エルネスタが柔軟体操を始めた。ははーん、さては睡眠の質を上げているな。


「自律神経って拳でも殺せるんかなぁ~?」


 あ、良くないやつかもこれ。あーほら、握り拳が近づいてるもん。痛いやつだよあれ。


「ビタミンB」


 俺と拳の間に割り込んできた鳥の足。俺はハッとして、トーハーの背中を理解した。


「家族には無償の愛を。それが我らの生き方です」


 やはり人が人である以上、がらさがじょうというものは切り離せない。こと家族においては、あの兄妹のように才能の有無など関係無いのだろうな。


「あ……トーハー、また助かったな」

「砂時計」

「えー、眉毛」

「は?」

「お前が言ってきたんだろ」


 マジでこの文化なんなんだ。


「ん、てか家族って?」

「あれ、一夫多妻制の方じゃ?」

「それ好きだねぇ」


 そんなやり取りのかたわらで、エルネスタが一人でどこかへ去っていく。


「……アホらし」


 悪いほうの地雷を踏んだか。まあ、どうでもいいや。エルネスタもつまらない事だとわかっているだろうし、追いかけはしない。


「トーハー、ババンとは会えたのか?」

「勿論。先に観光客を治せと言われたので、領主のニュートラーさんを絞め落としてババンを回復させましたよ」

「あぁ、そりゃよかった……?」

「それはそうと、これほどのご協力、感謝してもしきれます」

「しきれるのか」

「後々、嫌になるほど謝礼をさせてもらいますのでね、グヘヘ」

「謝礼って……謝罪の間違いだろ。封印ミスったの俺らだぜ?」


 恐ろしいことに、事の始まりは俺たち。

 その恐怖を解消したのはトーハーであった。


「それは早計かと。仮性早計です」

「ツッコまねぇからな俺」

「封印保護にミスがあったとて、封印そのものが根本からくつがる事はありえません。確かにマニュアルを上下巻に分けたのはゴメンネですが、エビツナさんに非はないでしょう。考えりゃわかんだろォ!!?」

「えぇ!?急に何!?」

「四天体は人気者ですから、封印保護の時期を見計らって魔王崇拝者が洞窟に侵入した……そういうあるあるですよ」

「どういう情緒してんだ」


 ともかく罪が晴れて良かった。これで後腐れなく進める。

 今回は完全な巻き込まれだったのだ。ルナが責任感か何かで首を突っ込み、流れでバケモノ共と戦った。


「はァー…………マジで疲れた……」


 重荷が一気に消えて、怒涛の疲れだけが残った。空を仰ぐと、自然と力が抜ける。

 誰が封印を解いたのか。そういう推理パートに入らぬよう、真っ直ぐ旅路を見据えなければ。


 一泊したのち、俺たちは次の目的地への経路、3日分の生活品をタダで手にした。

 さらに、ウェニリグスの封印を遂げたことで英雄扱いとなった俺たちは里の南側にある大通りのゲートにて、大量の見送りに囲まれていた。


 ルナが顔を隠しているので俺は矢面に立たされ、トーハーたちから餞別せんべつを受け取る。


「謝礼のオマケです。この里一の職人の作品ですよ」


 ドラゴンの絵が描かれたポーチをもらった。日本の小学生が使う、趣のあるアレに似た物だ。


「あ、ありがとう……」


 俺の偏見でいらないとは言えん。

 次にババンが古びた袋の中身を色々と見せてくる。


「これ、僕の乳歯です」

「それはいらない。てかお前歯ねぇだろ」

「じゃあ肩たたきソード

「それは何?」

「最後にこれ、ウェニリグスのミニぬいぐるみ」

「いら……いる!!!」


 デフォルメという商法を知らない文明が作り出した魔王軍四天王のぬいぐるみ。不気味な見てくれだが、味があって良い。


「一番いらないんだけど……」

「え、そう?」


 ルナは嫌そうだが、俺としてはアリだ。


「ヒコイチはお土産にえとるんや。戦いの傷を戦った相手で癒す……罪な男やでぇ」


 ぬいぐるみは不思議とドラゴンのポーチにピッタリ入った。嬉しいねぇ。


「じゃあそろそろ、行こっか」


 竜面族ビナーマの里にサヨナラバイバイ。

 人々の声を全身に浴び、悪くない心持ちで歩みを再開する。


 その時、俺は人混みの中に『あの男』を見た。


 茶色の肌と刈り上げられた短髪。虚ろな瞳に厚い唇。鎧の重厚感や体格からしてタダ者ではない。

 異世界で出会った人間はまだ多いとは言えない。だから忘れることはないだろう。


 何でここにいる。何をしにきたんだ。ぼんやりとした危機感がある。それらを上書きするのは、どこまでも付きまとう既視感。


「誰だっけ…………」


 何故だか、具体的な情報が一切思い出せない。

 恐ろしいという印象だけが頭を巡って、体がゆっくり強張る。


 その男はいつしか消えていた。


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