第41話 旅は道連れ世は情け


 エルネスタを仲間に加え、1日が経過した。

 なんだかんだ一緒にいてわかったのは、エルネスタが女だということ。ただ本人の意思が不明瞭なせいで俺としても扱いに困る。

 しかも事あるごとに変身魔法シェイプシフトで遊ぶせいで目立って仕方ない。人目を避けたがるルナとは正反対だ。


「ドコ行ッテルンウチラ」


 俺の頭頂部に乗ったインコが喋る。


「帝都だろ」

「一本道チャウヤロ」


 エルネスタはインコに変身中。どうもムカつく。

 インコが一番言葉を喋りやすいと言ってたが、そんなに喋りたいなら普通に人の姿で歩けよ。


 ここは原生林の残る密林地帯。何十メートルもの木々が乱立し、下には苔や倒木ばかり。見ているだけで息苦しい。

 自然の香りや腐臭を茂みと一緒にかき分け、人の手が入った道に出た。


 周辺一帯は元は獣人の住みかだった場所で、帝国の領土となってからは商人や冒険者の交通で少し荒れているらしい。


 ガタガタの細道でも密林よりはありがたい。

 日の光が入りやすくなったところで、ルナは王国側から貰った地図を広げる。


「もうそろそろかなぁ」

「ルート教エテーヤ」

「ミアドートから帝都に向かうルートはざっくり言うと、現在地から兎人族ラビットマンの里とガズウェルを通って、ソディアナからルピオン海を渡る。それで到着」

「シタラ転移者、会エルンカァ」

「転移者候補にね。あとそうだ、なんか他の捜索対象も帝都に近づいてるんだよね」


 地図上の6つの赤い点が捜索対象を表し、かつ追跡している。俺たちには元捜索対象のエルネスタが同行しているため、赤い点から現在地が把握できる。


 帝都周辺に赤い点が3つも集合している。その内の1つは俺たちの担当だ。


「マジだ……そういやシャイオンも仲間を帝都に向かわせたって言ってたな。早く行かねーと先越されるぞ」

「もう越されてるかもねー」

「こえーなオイ……つっても帝都だぜ、そうそう簡単には見つけらんねーだろ。もしかしたら3チームん中で俺たちが一番順調かも」

「3チームじゃなくて4チーム。いや、3チームと1人か」


 この任務は当初、王国の特級冒険者3人を軸としていた。途中から帝国の特級も任務に加わるとは聞いていたが、そうなるとこの手柄取りレースも熾烈を極める。俺としては内輪揉めは反対なので、パパっと終わらせたい。


「結局ウチラ、次ニ兎人族ラビットマンノ里ニ着ケバエエンカ」

「そ」

「モー着イトルケド」

「え」


 ピタリと足が止まる。確かにさっきから歩きやすい。俺たちは開拓と整備が完了した土地にいる。


 エルネスタは「シェイプシフト」と詠唱し、人の姿に戻ってから着地した。


「ここらへん全部、兎人族ラビットマンの足跡。どう見ても道に沿ってるし、スタンピングもしとる。匂いもする……けど」


 エルネスタは屈み、地に刻まれた足跡をなぞった。


「住んでた形跡がない」


 あるのは深い足跡と土が禿げた痕跡。まるで建造物ごと消えたかのような、すっからかんの謎の更地だ。

 里が丸々消えたとはにわかには信じがたい。もはや陰謀論の域だ。


「怖いこと言うなよ。ここはなんか別の場所だろ」

「そやったらええなぁ」


 全員で辺りをざっと確認したのち、先頭のルナが振り返った。


「とりあえずここはエルを信用する。危険があるかもだから下手に進路通りに行くのはやめて、少し別ルートに入るよ。そこで進路を調整しよう」

「別ルートって?」


 俺がふと疑問符を上げると、ルナは面倒そうな愛想笑いで地図上に指を置く。


「いやー、アタシだって嫌だけどね?苦肉の策だよ?ちょっと東のほうのさ、竜面族ビナーマの里に行こっかなって」


 行き先変更。次なる目的地は竜面族ビナーマの里だ。


 竜面族ビナーマは本の端っこで見たことがある。

 彼らは鳥人族バードマンの近縁種だ。背丈は人間とほぼ同じで、翼が退化した代わりに四つ指の手があり、足と同様に大きな爪がある。

 ハーピィよりかはグリフォンに似ていて、背中側に翼と思わしき羽根のマントがあるのも特徴だ。

 兎の近くにそんな猛禽類もうきんるい寄りの鳥が住んでるのは、いかがなものかと思うが。


 まあ、別に兎でも鳥でもなんでもいい。獣人は特級冒険者チームにいた猫のやつ以外この目で見たことがないから、この際ゴリラでもスカンクでも、人間じゃなければ会ってみたい。


 川を徒歩で行く。水深は太ももの半分ほど。

 下っているので足取りは軽めだが、たまに流されそうになる。


「なぁ~、魔法で船とか作れへんの?ここ歩くのツラいわ」


 さっきからエルネスタが移動ばかりなのを嘆いている。反応するのはルナの役だから俺は見守ろう。


「すぐ着くからいらないよそんなの。それに防水魔法かけてあげたでしょ」

「なんかオカンみたいやな」

「あんたはガキね」


 女子トークってやつだな。仲が良さそうだ。

 そんなことより、視界の下半分に異変が起こっていた。


「あれ、水の色が……」


 空の反射じゃない。透明な川が別の透明な川と合流した地点で、絵の具を垂らしたように淡い青色へと変化している。クッキリとした奇妙な光景だ。


「ホンマや、境目になっとる」

「不思議なもんだな」


 川の水をすくってみても青色は保たれている。テレビがあれば珍百景として紹介されそうだ。

 ルナは合流前の2つの川の水を舐めていた。


「こっちの川は酸性だね。多分あの火山から流れてて、そっちの川と合流すると色が変わる」

「何でなん?」

「さあ?中性になって何か出てくるんじゃない?」


 酸性やら中性やら、久々に聞いたな。そういうとこは現実的というか、当然か。


「ふーん……意外にちゃんとしてんだな、この世界って」


 口からこぼれた言葉だった。

 ルナの唖然とした表情がこちらに向いていて、俺は「あっ」と自らのミスに気づいた。


 エルネスタは俺が転移者なのを知らない。これまでのやり取りでそこそこヒントを漏らしてたため、これ以上のボロは抑えておきたい。


「いや!世界には知らない事がいっぱいだなーって!アハハ!」


 全力で誤魔化す。これに限る。 

 一方のエルネスタは何ともない様子だった。


「いやわかっとるけど」

「え、そう?そうだよなー!」

「うん。急にどした……あ!!」

「うぇっ!?何!?」


 突如としてエルネスタが声を上げ、俺は水をはね上げた。

 どうやら視線の先は俺の後方。ルナがフード付きの外套で顔を隠したということは、人がいるようだ。


 川を下ってきた。歌を口ずさみ、丸太のイカダの上に乗った鳥人間が。


「シャウッ、シャシャッ、シャー……フンッフフフンフンフン、オーフンフッ」


 全身にフサフサと羽根があり、胸から上は白く、あとは全体的に黒っぽい。そして何より、頭部全体を覆う被り物。鐘のような形で、目の穴や牙の造形がホラーだ。

 その鳥人間は俺たちの前を通過する。


「はいよろしく、ベジタリアンでーす」


 何かの幼虫を被り物の下でむさぼながら、平然とそんな事を口走った。

 さらには俺のほうを見て、手に乗せた問いを出す。


「一夫多妻制の方?」

「違います」

「何っ」


 そのまま流れていく鳥人間。

 敵とも味方ともとれず、沈黙が独走していた。


「…………いや誰!!?」


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