第42話 ボケボケツッコミ竜面族
一口に獣人と言っても、それは人間から見た区別であって、獣人からすれば迷惑な話だろう。猿と鳥が一緒くたにされるのだ。それでも獣人の名が通っているのは人間が栄華を誇っているからであって、知性の面で獣人はまだ獣ということだ。
ただ今回の場合は……特殊かもしれない。
「こっちこっち。あのー、滝の下にあるからね」
被り物をした鳥人間の乗るイカダ。その後を追って川を下ると、俺たちは崖に差し掛かった。
下は滝壺。その周りで栄える巨大な里を目にした。
「里っつーか……街だろありゃあ」
思わぬ発展具合に心が弾む。密林は切り払われ、ならされた道に詰められた屋台や露店の間を群衆がすり抜けている。都市ほどではないにせよ、この崖上から見渡せる里の広さは尋常ではない。
人種も様々に賑わっている。妙な被り物をしているのが
俺たちは滝に併設された急な階段を下り、『
そうすれば里に到着。滝壺から繋がる川にかけられた橋の前に、2人の
「こっちです、お三方」
さっきの鳥人間こと
「僕は
「ババン2世です」
「トーハー・クタクシャです。先程は失礼しました」
「素股?」
「しました」
「…………ど、どうも」
ルナが代表してぎこちない挨拶をした。
彼女がルート変更を苦肉の策と言っていたのは、もしや
「アカン奴らやでこれ。頭いっとる」
「オイ言うなって……!」
あまりに失礼なエルネスタに苦い視線を飛ばす。
「それでー……アタシたちはガズウェルまでの道のりを聞きたいんですけど、先に何かご用が?」
なぜ案内されたのか、ルナはトーハーに尋ねた。
「勿論。エマ・ラディさんですよね?」
「違いま……えっ?」
「エマ・ラディさん。10年前にも、
トーハーはごくごく普通にルナの全身を見た。
エマ……聞き覚えのある名だ。確か、かつてルナと一緒に暮らしていた女性。
エルネスタが「人違いやろ」と笑い飛ばすと、トーハーは身を引く。
「あっ、違う?すいません、人間の方の区別がまだ下手で」
人種が違うからそれはいいとして、見間違った相手は偶然な気がしない。エマに似ていたのだろうか。
その時、ルナが噛み締めたような表情で口を開く。
「……アタシはエマの仲間で、王国の冒険者フォルトゥナです。ここの四天体のことをエマから任されました」
「フォルトゥナ?……あっ、甲殻類と赤身の?」
「……それはエビツナでは」
「どうぞこちらへ」
トーハーに手招きされ、俺たちは市場のほうへ歩き始めた。今のやり取りは何だ?
ルナに話しかけられる雰囲気じゃないので、俺はエルネスタに顔を近づける。
「なあ、四天体って何?」
「魔王軍四天王の死体のこと」
聞いたところによると、新世界戦の時代、つまり六芒勇者と戦ったのが魔王軍四天王だという。決して腐らず、決して切れない。それはもはや死体ではなく、休眠中の不死身の肉体。
四天体には魔力が集まりやすく、施された封印を日に日にすり減らしていくらしい。そのため封印を定期的に修繕し、四天王の復活を防ぐ。本来は国家事業で、王国と帝国も行っている。にもかかわらず、この里に四天体があるというのは……。
「な、エマって誰や」
「ルナの育ての親」
エマはルナの呪いの力の暴走に備えて配属された封印術師であり、生まれてからの世話も担っていた親代わりの人物。10年前にこの里に来たというと、ルナと出会う前か。
「パラディン」
「燃えカス」
トーハーと市場の
何だ今のはと、俺たち冒険者一行がトーハーを睨んでいると、彼はじっと睨み返してきた。先に痺れを切らしたのは俺だった。
「いや説明してくれよ」
「あっ、今のは私たちの『こんちには』です。生まれた時から仮面をつけてるのでね、自分の体調とか感情をジェスチャーや言葉にする、っていう」
「へぇ。じゃあ、いつ外すんだ?その仮面」
「いや、外さないっすよ」
トーハーは笑い混じりになる。
「食事中とか水浴び中も。あと寝る時も。なんか、顔なんですよ」
「顔……」
「我々からしたら
「じゃあ俺たちもつけたほうがいいんじゃ?」
「あ、外部の人には必要ないですよ。慣れてないと視界が狭まりますし、外しても
なんだその選択肢は。そう言われると裸みたいな扱いで恥ずかしいな。
結局、ルナだけが露店で被り物を買って被った。
「では、ここからはムスッコが案内します」
トーハーはどこかへ行き、息子のババンが俺たちを先導する。
市場を越えて広場へ。そこから木々の深い通りへ行くと、わかりやすく重大そうな円形に整地されたエリアに着いた。
そこにあったのは大きな
人混みを抜け、柵についた扉を通る。周囲の人目よりもこの洞穴の暗さが不安だ。これはもう蟻地獄だろ。
ババンが洞穴に飛び降りたので俺たち3人も降りる。
「寒っ……!」
一見すると普通の洞窟。ただしクソ寒い。風が入り込んでいるのか何なのか、とにかく寒い。そしてビックリするほど暗い。1メートル先が見えない。
しかも足元が濡れた岩な上、手すりも階段もなく、足が滑りそうでならない。
「こっちです。頭をぶつけないよう気をつけて」
腰を曲げながらババンの持つ松明を追う。
曲がり、くぐり、狭苦しい洞窟を進む。
俺の歯がガタガタしてきたところで、ルナは「魔力が濃くなってきた」と呟いた。俺には全くわからん。マイナスイオンの話と同じか?
「この洞窟は里の
そんな色気みたいに言われても。と思っていたら、非魔法使いにおあつらえ向きなスポットに入った。
壁面の至るところがカラフルで、何か輝いている。宝石でも埋まっているのか、視点が動くたびに赤色、緑色、紫色やらが目に飛び込んでくる。
さっきまで真っ暗だったのに。この光はもしかして魔石か。四天体に集まる魔力を受け取って光っているのだ。自然に魔石が光ることなんてそうそうないぞ。
「ここです」
シャンデリアのように大量の
魔石の通路からあふれた光を反射して、ディスコ並みにライトアップされている。
赤い結晶の中にそいつはいた。2本の腕を上げ、襲いかかるポーズで封じられた魔王軍四天王。
全長5メートル程の人型で、人とかけ離れた怪物の熱と渇望を感じさせる。
「魔王軍四天王『ウェニリグス』。勇者軍には『超音波エイリアン』って呼ばれてたらしいですけど、それなって感じです」
ババンは結晶を小突く。
「これには魔法の才能を生み出すパワーがあるので、
ここパワースポットだったのか。そりゃ人が集まるし、
「なるほど、それでこんな場所に四天体が……」
俺たちが結晶を見上げる中、ルナの一言にババンが目を光らせる。
「こんな?今こんな場所って言いました?」
「言ってません。魔法使いが多いなら、封印保護は自分たちでやれるんじゃ?」
「それ言っちゃおしまいですよ(笑)」
「何が?」
ごもっともな意見に思えるが、ババンの話す現実は違うようであった。
「正直に言うと、みんな生活するのに忙しいんです。本当に動き出すのかわからない2000年前の死体の封印を、10年ごとに修復する……そんな事には誰も金を払わない。腕の良い魔法使いはすぐに帝国が引き抜きますし……それも含めて帝国側の策略でしょうけど。外部のボランティアに頼るしかないのが実状です」
国家事業ではないことの弊害か。近くにいるだけで魔法の才能に恵まれる宝だが、魔王軍、つまり敵の死体だ。信じようとする人が少ないのだろう。2000年も経てばそんなもんだ。
「てことでエビツナさん」
「フォルトゥナです」
「このマニュアル通りに封印保護をお願いします!謝礼はいくらでもします!」
ババンは結晶の下に置かれていた木箱から、百科事典みたいな本を取り出した。
「分厚っ……わかった。やったことないけど、多分いけると思う」
ルナはそれを受け取り、紙面とにらめっこを始めた。
俺とエルネスタは手持ちぶさたで、腰を手を当てていた。俺が「なあ、手伝えることあるか?」と聞くと、ルナはチラッと目をやって作業に戻る。
「あー、観光してて」
「ないんだな……」
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