第2話 ハロー異世界


 よくある都合のよろしいファンタジー世界。

 舞台は列強の王国、通称『王国』。どうやらそれ自体が固有名詞らしい。人類が繁栄し、発展めざましい国だという。


 魔王を倒し、人類を勝利に導くのが俺の使命。

 わかりやすくて助かるね。


 俺たちがいたのは神殿のような施設で、平たい円柱形の建物。丘の上に建てられたそれの周りには街が広がっていて、ものすごい作り込みで腰が引ける。

 神殿前の広場に立つ。花壇や石畳があり、どうやら本物の素材のようだ。


 勇者っぽい服装に着替えさせられ、神様からのギフトの調査。もらった覚えはないが。


 まずは魔法のテストをするというので、俺はルナから借りた杖を前につき出した。


「ファイアボール!」


 何も出ない。予兆すらない。

 てかここ、英語がそのまま魔法になってる設定か。別にいいけど。


「ファイアボール」


 何も出ない。横でルナが考え込んだ顔をしている。

 最後に一回、杖を振る。


「フィアボゥ」

「発音の問題じゃないから」


 魔法適正ナシ。ドッキリ番組に火球を放つ予算はなかったようだ。

 今度はルナに剣を渡されたので、雑に振り下ろす。


「重っ」


 斬撃が飛んだり、ビームが出たりもしない。

 ルナが腕を組んで悩み続けている。


「んー、なんだろうなー。発動条件がわからないとね」

「発動条件ね……死ぬ、とか……?」


 冗談交じりに言ってみる。あるよね、そういうの。

 すると突然、ルナがパッと明るい顔になった。


「なんだよその顔」

「アリだよアリ!」

「ナシだろ!」

「いやいや聞いて!昔いたんだって!そういう勇者が!」

「はぁ?」

「いい?ヒコイチは魔王討伐が責務だけど、すっごい昔にいた勇者は違った。戦争のために駆り出されたの。そこで一番ヤバかったのが『死ぬと強くなる勇者』!多分それ!」


 正解しましたって表情で言われてもなあ。


「い、嫌やわぁ……」

「じゃあいくよー!」


 気づけばルナが距離をとり、自らの杖を構えていた。体が揺れ、ワクワクがにじみ出ている。

 対する俺はまだ心の準備ができていない。何をするつもりかと、焦るばかりだ。


「ちょ、ちょっと待て!」

使役しえき・ロスラー!サモン!」


 ルナは杖を高く上げ、先端を薄紫色に光らせた。おそらく召喚魔法か。

 魔法には二文字熟語の組み合わせによってバリエーションを持たせるのが普通らしい。ファイアボールで言えば、直線や追尾、高速などといった指定を魔法名の前に唱える。召喚魔法は召喚する物体の指定が後半にきている。今回の場合はロスラー。


「ロスラーって何だよ!」


 一発目で知らんやつを出すな!そう思った瞬間、上空に何かが現れた。

 太陽を覆い隠し、やがて降り立ったのは巨大な鳥だ。濃い水色の体毛に包まれ、翼には黒い縁取りがある。黄色い顔面は嘴と境目がなく、仮面のよう。最も目立つのは極彩色の尾で、しなる上に非常に長い。


 地球上にいる生物ではない。全長が5メートルはあり、鳥というくくりには存在できない。


「マジかよ……」


 着ぐるみとか、恐竜のロボットとか、そういうのが限界かと思っていた。だが、こいつは違う。呼吸をして、「キー」と鳴き、毛づくろいをしている。リアリティがあるのではなく、リアルそのものだ。


 ロスラーが俺をじっと睨み、歩いてくる。

 そして脚で踏み潰される。


「ぶへっ」


 じわりと、抵抗する勇気も出ないままに。

 ゾウに踏まれたことはないが、ゾウに踏まれた感じだ。仰向けで潰れ、硬い地面とのサンドイッチ。全身が痛み、骨折箇所がわからない。それとも全身が骨折しているのか。


 これはドッキリではない。ロスラーの眼光と全身の激痛が言っている。ドッキリだったらどれほどいいか。


 脚がどこかへ退き、ルナが俺の顔を覗き込む。


「ありゃま、死んだ?」

「し……死ん……だ…………」

「生きてるじゃん」

「か……か、回復魔法って……ありますか」

「その前にさ、殺していい?」

「は……お前……サイコかよ……」

「最高?すごい勇気だね」


 ルナは苦笑いを浮かべ、再び杖を構える。

 この女、正気か?蘇生魔法があることを願おう。願ってる時点で、俺も立派な異世界の住人。魔法にモンスター、洋風の街。信じるしかないようだ。


「マジの異世界……かあ」


 涙が出てきた。


「クソ……」


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