第39話 戦ぐ雪肌、戦く合戦
村が平地にあるせいで位置的有利もとれないし、村人たちの武器は槍や
精霊討伐は文化にしてはハードすぎないか。マサイ族がライオンを狩るのと同じもんだと思ってたけど、ライオンに村一つ壊滅する勢いだぞ。
「見ろよ、あの
ミャーピカが指したのはワームの頭部付近にある無数の平行線状の傷痕。絞めつけられたような、巨体には不自然な古傷だ。
「アイツ、母さんを喰ったやつだぜ。私の目の前で母さんを殺した……」
つまり仇ということか。悲劇のヒロインだなと思いきや、ミャーピカは笑っていた。
「いいねぇ、燃えてきたぜ。テメーはこれ持って休んでろ」
ミャーピカは俺に剣を押し付けた。シャイオンから盗んだ剣だ。
剣2本を担ぐとさすがに重いな。まあ俺はセコンドだからいいけど、それよりも、だ。
「木の棒一本でいけんのか?」
ミャーピカの武器は硬質化魔法が付与された木の棒のみ。安心できない俺に対し、彼女は言い放つ。
「言ったろ。勝つ方法はあるって」
ミャーピカはワームと向き合った。風か吐息か、コートがなびき、空気が張り詰める。
火蓋を切ったのはワーム。他の人間には目もくれず、一直線でミャーピカに迫る。爆ぜたような瞬発力と巨体は本能的な逃走を
ミャーピカは木の棒を水平に持ち、間近にワームが来たところで後ろに跳んだ。
直後にワームの口が閉じ、ミャーピカの腕から先だけが口内に入る。
「ミャーピカ!」
「くっ……!」
ミャーピカは腕を咥えられたまま全身を押され、踏ん張りがきかずに吹っ飛んだ。
「ぐあっ!!」
ほぼ交通事故だ。ミャーピカは雪原に落ちる。
腕は無事だが木の棒を握っていない。何が起こったのかと、ワームのほうに目をやる。
状況は一変だ。ワームは小刻みに頭部を震わせ、目標も定めずに転がり、すぐに動かなくなった。
「や、やったか!?」
俺が目を凝らすと、視界の端でミャーピカは握り拳を掲げた。
「やったぜ!」
「やったのか!」
「やってやった!」
「やったー!」
ハイ終わり。ご愁傷さまでした。村人たちも騒いでいる。これで村を出られるよ。やったね。
ワームの口内には木の棒が刺さっている。それも縦で深々と。どうやら死因はそれらしい。
補食されかけたタイミングでミャーピカが木の棒を口内に刺したのだ。子供の喉に歯ブラシが刺さって大事故に、なんてこともある。ワームも木の棒が頭に刺さったに違いない。
「いや~、あっさりしてんな」
「イメトレした甲斐ってやつだぜ。魔法なんてなくても勝てんだよ私は」
ミャーピカは俺の手に全体重を委ねて立ち上がった。脚をケガしたようで、俺の肩を借りて歩いている。
「クソいてぇ……」
「回復魔法でも覚えとけよ」
精霊が討たれた雪原は静かだった。冷たい空気で埋まり、やや暖色に染まっている。いつしか日は傾き、俺の助っ人外国人役も終わりを告げた、かに思えた。
地面の白に黒が落ちる。夕日に重なる太い棒、そそり立つ敵影はこちらを恨めしそうに眺めていた。
「な、なんだってーー!?」
ワーム復活。こりゃ驚いた。何てタフネスだ。
誰も予想できなかっただろ。絶対に予想できなかったね。俺にはわかるんだ。
「うおおおっ!!」
ワームの攻撃にかすりながら、俺はミャーピカと走り回る。
「その脚で戦えるか!?」
「無理ィーっ!!」
「じゃあ俺が倒すぞ!」
「駄目だ!!」
「めんどくせーなお前は!」
倒し方を考えていると足元に槍が飛んでくる。村人の男が投げてきたのだ。空気読めや!
「漁夫の利かよ恋愛脳め……!」
「オイ来てるぞ!」
ミャーピカが俺を引き寄せる。視界の右端にワームがいた。
「クソっ……!」
回避から攻撃に対応を変えようとしたが、それすら間に合わない。ワームをぶった斬る量の魔力を溜められない。
結果的に自動防御と魔力放出が同時暴発し、俺の肌に触れる距離で魔力が破裂した。
今度から魔力放出は加減しよう。俺の顔の傷がそう訴えている。
「くっ……はぁ……はぁ……!」
血が目に入り、口に入る。セコンドだからと高みの見物こいてたらこのザマだ。
今はミャーピカに引きずられているようだ。自力で歩けないこともないが、もう少しミャーピカのガチの焦り顔を見ておこう。
「やばいやばいやばいってぇ!」
「やばくねーよ、俺ぁ無傷だ……」
「顔半分いってんだよ!」
「え……こわ……」
アドレナリンのおかげで生半可な痛みしかない。
生きている左目で戦況を確認する。一応はワームの頭部も浅く
「こりゃまずいぞ……どうするミャーピカ。このまま戦うんなら剣がねーと……」
ここまで来て、逃げた上での安全策は取りたくない。
「へっ、テメーはそーゆー奴だよなァ」
ミャーピカは俺を雪の上に置いた。それから雪玉を作ってワームに投げつける。
俺は体を起こし、ワームのヘイトを感じた。
「何やってんだお前……」
「根性論だよ」
「意味がわからん……」
「やる気になったって話だ。あいつは私がキッチリ殺す。魔法でもって終わらせる」
笑顔が通り過ぎ、ミャーピカの表情が引き締まる。
ここで終わらせようと言うのか。しかも魔法で。勝利は雲のように遠いぞ。
ワームはこちらに釘付けで、今か今かと大地を震わせている。ミャーピカが号令を飛ばせば、きっとこんな戦いは1分もかからない。
「来いッ!私を追い詰めろッ!!」
再び超特急の正面衝突開始だ。
この構図、この土壇場。わかったぞ。
おそらくミャーピカは背水の陣で魔法を会得しようとしている。その信念は素晴らしい。だがしかし……
「無理だミャーピカ……それで使える魔法じゃない!」
魔法にデタラメは許されない。一から百まで研ぎ澄まされた世界だ。
要求されるのは緻密な魔力操作と明確なイメージ。加えて今回は、肌感覚だけで完成させる超人的な力量も。0.1ミリでも糸と糸の間隔がズレたら失敗だ。
その緻密さをミャーピカが実現できるか?
教師も教科書もない。才能があっても手本がなければどうにもできない。
猪突猛進のワームに対し、ミャーピカは手をかざして唸るだけ。無謀すぎるぞコイツ。
何か魔法のヒントがあれば……ルナとの会話、ミャーピカママの日記、どこかに眠るヒントを。
あーもう、ワームに手一杯で思い出す余裕なんかない。あの白ミミズ許さん。よりによって屈強な個体だし。
「あ」
灯台もと暗し。あのワーム、ヒントじゃないか。
とっさに俺はアドレナリン頼りの声を捻り出す。
「ミャーピカ!傷痕をなぞれ!魔法もちゃんとした科学だ!そこには再現性がある!」
「そんなのどうすりゃあ……!!」
「お前の母親は魔法を使ったんだろ!その時を思い出せ!」
それはミャーピカにとってのタブーであり、鮮明な記憶のはず。
「母親の死に様を思い出せ!!」
それを魔法の手本としよう。あと数メートルでぶつかる。
残りは才能にモノ言わせたれ!ミャーピカ!
「リアナッ!!!」
瞬間的な寒風が吹き荒れ、地面の震えが収束した。大きな何かが失速したのだ。
大量のツルが雪から飛び出し、衝突寸前でワームを縛り止めていた。
あの寒冷地に似合わない、大きく青く生き生きとした茎。あれこそが魔法だ。ゼロから身につけやがった。俺だってできないのに。
ツルは傷痕と同じ位置を絞り、ミャーピカの手の開きに応じてキツくなる。
「ありがとよ、生きててくれて」
ミャーピカは恍惚と手を握っていく。
「おかげで殺せる」
絞られた巨体は千切れ、黒ずんだ血液を飛び散らせた。もう復活することはない。断面の筋肉が数秒間動き、ワームはただの惨殺死骸と成り果てた。
ミャーピカにとってこれは力の誇示か、仇討ちか。
ワームは村の中心で倒された。何人もの村人がそれを目撃し、同時に魔法という現象を恐れた。ミャーピカはもう二度と村へは立ち入れないのかもしれない。
せっかくの精霊討伐も拍手と歓声がなければ単なる殺し合いだ。この黙殺された空気は仲間のためのものじゃない。だったら俺が祝おう。
「やったなミャーピカ!」
「…………いや、ちょいタンマだ」
ミャーピカは太陽のほうに目をやる。俺の祝福はどこへ行ったのか。
「うわあああああ!!!」
村人たちが太陽と反対方向に走り去り、雪崩でも起こったみたいな一心不乱さで村を抜け殻にした。
魔法にビビったわけではない。彼らが見たのはアレだろう。
まだあんなに生きてたとは。10、20、30……100はないな。女王を討たれた怒りか、ワーム軍団も一心不乱にこの村に向かって来ている。
「……ボーナスタイムかよ」
「今日だけで一生分の精霊見たな」
「俺らも逃げるぞ。あの数はさすがに死んじまう」
剣は回収した。もうあんなワームを相手にする必要はない。てか多すぎるから戦いたくない。
俺は踵を返したがミャーピカは動かない。足がすくんだにしては勇ましい面構えだ。まさかとは思うが……
「逃げねぇよ、今の私は絶好調なんだ。八つ当たりのピークは今しかねぇ。ぶつかってでも迎撃するぞ!」
さも「テメーもついてきてくれるんだろ」と言いたげに、ミャーピカは片手を差し出してきた。
「手ぇ貸せよ、マイダーリン」
その満ち足りた様子に乗せられ、俺の口元がほころぶ。
そういえば俺の魔力生成の旧名は魔法強化だった。手を繋げばミャーピカの魔法は引くほど強くなる。
「ははっ、当たり前よ!マイハニー!!」
ミャーピカの手をとった。
「初めての共同作業だ。サクッと絶滅させてやろうぜ!!!」
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