第57話 「覚悟」⑬
真弓は、うっすらと笑みを浮かべて、切っ先を喉に押し付け、そして引いた。真っ赤な鮮血が、噴水のように噴き出した。
その瞬間『鬼丸』から目を蔽うばかりの眩い光が放たれた。
ラウラは、あまりの輝きに目を瞑ってしまった。
一体何が起きたのか?溶けかかった高さの違う小さな目を開けると、目の前の真弓が切っ先を喉に押し付けたまま、まるでそこだけ時間が止まってしまったかのように、黄金色に輝いて固まっている。
何でこんな事態になったのか、ラウラにはわからない。すると、ラウラの立っている床がもっこりと盛り上がり、何と奪衣婆が浮き出てきたではないか。
顔……胸……腰……足の順に、奪衣婆がゆっくりと姿を現した。
びっくりするラウラの肩にやさしく手を置いた奪衣婆は、静かにこう言った。
「肉を切って、骨を絶つ!真弓は、自分の命と引き換えにすることで『闇鬼』を葬り去ろうとした。この方法でなくては『鬼丸』の真の力は引き出せなんだ」
「何だって?じゃあ、オババは、真弓がこうなることがわかってたって言うのか?『鬼丸』を真弓に授けたのは、このためか?」
それでなくても怖いラウラの顔が、いっそう恐ろしくなった。
「そう怒るでない。自分の体に入ってしまった『闇鬼』の力を一時的に封じる一番良い方法なのじゃ」
「じゃあ、この後どうするんだ!俺が『闇鬼』を完全に封印するには、妹の命を引き換えにしなくちゃなんねぇんだぞ!」
ラウラが地団太を踏みながら、奪衣婆を睨みつけた。
「真弓は死なせんから、安心しろ!それよりも『闇鬼』の封印をしくじるでないぞ!」
「真弓は生き返るのか?ホントか?……」
ラウラの互い違いの細い目が、一瞬キラキラっと輝いた。
「よーし、わかった!任せとけ!」
真弓の命が助かると聞いて、ラウラの顔色が元の土色に戻った。
いや、ラウラの体全体があっという間に天色に輝き出した。
これは真弓の小指を食べた効果が出てきたのだ。
奪衣婆は、皺くちゃの顔でニンマリと笑い、杖を真弓に向けた。その途端『鬼丸』の光は消え、真弓の体中の毛穴から真っ黒な霧が噴き出した。
『闇鬼』だ。
「今じゃ!」
奪衣婆の合図と同時に、ラウラが空中に跳んだ。
「闇の刹那!〈セツナ〉」
ラウラがそう叫ぶと一瞬にして、醜い口が耳まで裂けた。そして、天井近辺で渦を捲いている黒い霧を、ラウラは一気に吸い込んでいく。
『闇鬼』のすべての闇細胞を呑み込んだラウラが、前方に回転しながら畳に降り立った。
「ゲプ~ッ」
天色だったラウラの顔が今度は、ドス赤く変色していく。痩せたお腹がもっこりと盛り上がり、まるで地獄の餓鬼みたいだ。
「おい、オババ!腹の中で『闇鬼』の奴が暴れているぞ」
ラウラの言う通り、お腹のあちらこちらが脹らんだり出っ張ったりし始めた。
「く、くそ~っ! おい、ここから出せぇ! こんな所に封印なんかするんじゃねぇ! チクショウ」
「おい!静かにしろ! 封印なんて生易しいもんじゃねぇ。もうすぐ俺の胃液でお前の闇細胞もろともドロドロに溶かして消化してやるからな」
「ナニ〜⁉︎ やめろ〜!」
『闇鬼』の何とも哀れな声が、ラウラの腹の中からこもりがちに響いてくる。
奪衣婆は、ラウラの腹を一瞥し、今度は倒れている真弓に杖を向けた。
するとどうだ。パックリと開いた喉の傷が跡形もなくなり、真弓がピクリと動いた。
「真弓!」
ラウラが大きなお腹を揺らしながら、駆け寄った。
真弓が薄目を開けた。まだ焦点が合っていないのか、ボンヤリしている。
「おい、真弓! 助かったんだぞ。おまえが『闇鬼』をやっつけたんだぞ!」
しかし、真弓はまだ意識が朦朧としているようだ。
「わたしが……『闇鬼』を?『闇鬼』は消えたの?」
ラウラが、自分の腹を指差した。
腹は相変わらずデコボコと、あっちこっちが脹らんだり、出っ張ったりしていた。
真弓は、ラウラの腹を見て合点がいったらしい。ニッコリ微笑んだ。
ラウラも笑い返そうとしたのだが、突然、ゲップが出てしまい、その瞬間、ヘドロのようにドロドロの真っ黒なものが現れた。
それは、ラウラの口の中から完全には出ていないものの、空中に漂いながら、真弓に襲い掛かろうとしている。
「きゃあぁぁぁぁ!」
「もう一度、おまえに取りついてやる」
真っ黒なヘドロは『闇鬼』の本体だった。
悲鳴をあげながらも、咄嗟にそばに落ちている『鬼丸』を拾おうとしたが、なんと刃が真っ赤に錆付いているではないか。
真弓をスッポリと包み込もうとヘドロが空中に広がった瞬間、ラウラの口の中から天色に輝く無数の髪の毛がまるで蔦のようにニュルニュルと伸びてきて、一瞬にして『闇鬼』をがんじ絡めにしていった。
「おい『闇鬼』!いつまでも往生際が悪いぞ!」
髪の毛がグルグルと『闇鬼』を締め上げていく。
これは、奪衣婆が作った『髪の毛ラーメン』の髪の毛だ!
口の中から出てくる髪の毛を、真弓は呆気に取られながら見ていた。その光景はまるで漁師の地引き網に『闇鬼』が引っ掛かったようだ。
「くそ~っ!何で恨みを持って死んでいったガキどもの怨念が、俺の力にならなかったんだぁ!『鬼丸』さえなければぁぁぁぁ!……お、覚えていろ!このままで終わると思うなぁぁぁぁ!」
『闇鬼』は、空中でジタバタしながら、恨めしそうな声を上げた。そして、再びラウラの腹の中へと消えていった。
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