第17話 「沢村刑事の推理」②

「携帯の持ち主もわかっています。製造番号が微かに残っていたので、すぐに割り出せました。持ち主の名前は、立花美香、十七歳、黒辺高校に通う高校生です」


「まさか、その女子高生も被害にあってんじゃないだろうな」沢村は、美香の住所を訊くとすぐにネクタイを締めなおして、宮脇と連れ立って捜査本部を後にした。




 ここで時間が前後するが、真弓とラウラはどうしているのだろうか。

 あの時、ラウラから「闇鬼が出てきた」と言われても、真弓にはその意味が飲み込めなかった。

 そこで、あの後すぐに自分の部屋に戻った真弓は、布団にラウラと座りこんで『闇鬼』の情報を得ようとしていたのだ。


「闇鬼は、生き物の中にもぐり込むんだ。そして、その生き物を支配することができるのさ。闇鬼は、あの宮崎っていう奴をずっと支配していたわけだ」

 ラウラは胡坐をかいた膝の上で、本数の違う指をくっつけたり離したりしている。


「憑依するっていうこと?」

真弓は、図書館で鹿間から聞いたデーモンの話を思い出した。

「あまり難しい言葉を出されても、わからない。きっと、真弓の言いたいことでいいと思う」ラウラは、自信なさそうに呟いた。


「でも、何でラウラは『闇鬼』が飛び出したのがわかったの? わたし、全然見えなかったけど」真弓はちょっと悔しそうな顔をした。


 そばでは、扇風機が回っている。部屋にはエアコンがないので、唯一の暑さしのぎだ。

「宮崎が首を切っただろう。あそこから血と一緒に噴き出した。もう一度見てみるか?」

 ラウラが畳を指差した。リビングへ行こう、と言っているらしい。


「えっ、またあの映像を見るの? そっか、ラウラはわたしに後で見せたくて録画させたのね」ラウラは頷いている。

「でもイヤだなぁ。あの場面は何回も見るものではないわ」真弓は気が進まなかった。体育座りをしたまま立とうとしない。


「イヤでも闇鬼と戦うことになるんだぞ。見ておいて損はないだろう」ラウラは、すでに布団から立ち上がっていた。

 いつものように、畳のすぐ上を浮かぶようにドアに向かって歩いている。


「わかったわ。戦う、なんてことがないことを願って、見に行くわ」

「あっ、そうだ!」ラウラが立ち止まった。


「悪いが、言葉がたくさん出てる本を貸してくれ。今のうちに読んで勉強しておく」

 「言葉がたくさん~? あぁ、国語辞典のこと? いいわよ」真弓は机から辞書をラウラに手渡した。


「1 週間でも10日でも貸しといてあげる。こんなにたくさんすぐに読めないでしょう」

 国語辞典を3本指の右手で受け取った途端、ラウラは左右の高さが違う目を一生懸命に動かしている。

 まるで小説を読むような勢いで、4本指の左手でページをパラパラとめくりながら、下へ降りていった。


 真弓もそっとドアを閉めて、ラウラの後を追うように階段を下り始めた。

(お母さん、グッスリ寝てるみたいだったけど、もう大丈夫かしら?)

 真弓は両親を起こさないように、抜き足差し足だ。


 あ~っ、もしリビングでさっきの映像を見ているところを見つかったら、何を言われるかわからないわ。

(こんな残酷なシーンを見るような、猟奇的な娘に育てた覚えはない!)なんて怒鳴られるのがオチよ。気をつけないとね。

 真弓は自分に言い聞かせるように、リビングのライトも点けずにテレビのスイッチだけ入れた。


「さあ、見るわよ!」

 気合いを入れて再生ボタンを押す。途端にさっきのシーンが目の前に映し出された。

 音声は最小にしてあるのに、女性キャスターの悲鳴が今にも鼓膜を破りそうな勢いで聞こえてくる。

 ラウラは、真弓の隣に座って、まだ国語辞典をめくっている。


(さぁ、始まるわよ。犯人の首から血が噴き出すシーンが!)

 真弓は両手で顔を隠すようにして、指の隙間からテレビを見ていた。


「ストップ!」

突然ラウラが叫ぶので、真弓はびっくりしてリモコンを床に落としてしまった。

「なによ、一時停止するならするって前もって言ってくれなくちゃ、わかんないわよ!」

 もう一度見るのかぁ、と真弓は憂鬱になりながら、巻き戻し・再生を繰り返した。


 リビングに来た時は感じなかったのに、夕飯で食べたピラフの香ばしさと、勝彦が床にこぼしたビールの臭いが入り交じって、鼻孔をくすぐる。

 ちょっとしかめっ面をしながら、今度は左手で顔を覆い、リモコンを持っている右手をテレビに伸ばした。


「ストップ!」

ラウラの声に、真弓の右手が反応する。

「おっ、上手いぞ。丁度血が噴き出す瞬間だ!」ラウラの声に真弓はもう一度しかめっ面をした。


「よし、ここからスロー再生だ!」

ラウラの言う通りに真弓は、スロー再生ボタンを押す。

 映像では、犯人の首からドス黒い血が勢いよく噴き始めているが『闇鬼』らしきものは一向に見えない。


「全然わからない……」

真弓はつっけんどんに言った。

「画像を拡大しよう。そうすれば、見える」ラウラがリモコンを覗いている。

「えっ、このテレビにそんな機能あったかしら?」真弓はリモコンを確認した。


 ある! 確かに『拡大』というボタンが付いている。

 真弓は試しに『拡大』ボタンを押してみた。すると、リモコン電波が照射された画面に、点滅したカーソルが表れたではないか。    


『拡大』ボタンを押しながら画面上を移動すると、カーソルが拡がり、大きな点線でできた四角形になっていく。それが「拡大範囲指定」になるのだ。


 真弓は気乗りせぬまま、犯人の首から血が噴き出している部分の拡大に挑戦した。

 血しぶきが画面いっぱいに広がる。真弓は眉を顰めた。


「おい、よく見てみろ! 血に混じって、黒い霧のようなものが一緒に出てるだろ!」

 ラウラがテレビのそばで、ひしゃげた細い人差し指をその部分に近づける。


 真弓は俯いた顔から、眼だけをチラッとテレビに移した。

 ホントだ!血とは明らかに違うとても細かい粒子が、噴き出している。

「この部分だけスロー再生してみよう」


 ラウラの指示通りにやってみると、血はある一定の所で引力に従って下降線を辿っているが、黒く細かい粒子は、上空に向かって舞い上がっていた。


「これが『闇鬼』……?」真弓は、いつの間にかテレビを凝視していた。

 ラウラはコックリと頷きながら「闇鬼に実体はない。あの黒い粒々が、ある時は気体になって空中に飛び散り、ある時は液体に混ざり、動物の体の中へと入り込む。そして血液、細胞すべてに行き渡って、その生物を支配していくんだ」と言った。


 真弓は、ちょっと拍子抜けしてしまった。

 『闇鬼』は『鬼』という字が付くのだから、きっと頭に角が生えていて、牙がある恐ろしい顔なのだろうという想像をしていたのだ。


「じゃあ『闇鬼』に脳はないの? 心臓もないの? どうやって自分をコントロールするの?」

「闇鬼にあるのは『念』だけだってオババが言っていた」


 ラウラは極端にへこんだ左側の頭をポリポリ掻いた。

「じゃあ、どうやって『闇鬼』と戦うの? どうやって『闇鬼』を退治するの?」

 真弓の顔がだんだん真剣になってくる。


「第一に、奴は動物の体に一旦入ると、そいつが死ぬまで出ることはできない。つまり、他の動物に憑依することはできない。他の動物にのり移りたい時は、あの犯人のように自ら首を掻き切って死ぬのが手っ取り早いわけだ。血が噴き出す勢いで、空中に飛び出す」

 真弓が何か喋ろうとするのを、四本指の左手で制して、ラウラは話を続けた。


「第二に、奴は憑依を繰り返すたびに、闇能力を増していく。闇能力とは、人間がいうところの超能力のようなものだ。でも、奴がどんな闇能力を使うのか不明だ。第三に、憑依した相手が死なないうちに、別の体に憑依した場合、奴の闇能力は二分の一に低下する。詳しいことはわからないが、最初に憑依した相手の体の中に、奴の闇エネルギーが残ってしまうからだ。でも、憑依された相手には無害だ。奴の闇エネルギーは、時間と共に消滅していく。ただ憑依したい相手が自分よりも残虐な心を持っていると分かれば、闇能力が二分の一になることなど気にせず躊躇なくその生き物に憑依する! ……と言っても、子供でも平気で殺す闇鬼よりも残虐な心を持つ奴なんているわけないけどな」


 ラウラはそこまで一気に喋ると、シワシワに渇いた唇を土色の手で擦った。

「奴は血と一緒に噴き出した時は無防備だ。この瞬間を狙って、俺が奴を封印する」

 ラウラは歪んだ顔で、ニッと笑った。



(闇鬼は毎月4日、8日、12日、16日、20日、24日、28日に更新予定です)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る