第18話 「沢村刑事の推理」③

 ラウラはそこまで一気に喋ると、シワシワに渇いた唇を土色の手で擦った。

「奴は血と一緒に噴き出した時は無防備だ。この瞬間を狙って、俺が奴を封印する」

 ラウラは歪んだ顔で、ニッと笑った。



「じゃあ、空中に飛び散った『闇鬼』は今頃、次に憑依する人間を狙っているの?」

真弓は少し背中をゾクゾクッとさせながら尋ねた。


「気体になった奴の体は、広範囲に分かれて獲物を探すことができる。第四に、奴が処女憑依して最初に襲った人間の体にのり移ることによって、最高の闇の力を手に入れることができるんだ。奴はそれを狙っている」

ラウラの言葉に、真弓は首を傾げた。

「処女憑依って何?」


「奴がこの世界にやってきて、最初に憑依したことだ」ラウラはそう言いながら、国語辞典をずっとめくりながら呟いた。

「処女航海のようなものだ」


「じゃあ、『処女憑依して最初に襲った人間にのり移る』っていうことは……、どういうことなの?」真弓はだんだん訳が分からなくなってきた。

 しかし、この質問にラウラは何も答えようとしない。ひん曲がった口を閉じてしまった。


「じゃあ、違う質問にするわ。……あなたはわたしたち家族を守りに来たって以前言ってたわよね。何でわたしたち家族が『闇鬼』に狙われなくちゃいけないの? 何でラウラは見ず知らずのわたしたちを守ってくれるの?」


 真弓はラウラの土色の顔を凝視した。しかし、ラウラは真弓と目を合わせようとしない。左右高さの違う目を困ったようにキョロキョロと動かしている。


 話を変えようという気なのか「……真琴は、そろそろ退院かな」と、全然違うことを口にした。


「話を逸らさないで!」

真弓はちょっぴり大きな声を出してしまい、慌てて自分の口を押さえた。


「真琴は明日、家に戻って来るって、さっきお父さんが言ってたわ」

「そうか。……良かった」

そうポツリと呟いたラウラの表情が何だか寂しそうだ。両手に持っている国語辞典をパタンと閉じた音までも悲しげに聞こえた。


 いったい今は、何時頃なのだろう? 外で啼いている蛙の声に初めて気がつくほど、深い沈黙が流れていた。

 その静けさを破ったのは、俯いているラウラの一言だった。


「もうすぐ、太陽が顔を出す。そろそろ帰る……」そう呟きながら椅子に国語辞典を置いたかと思うと、ラウラの体はリビングの床に吸い込まれるように消えていった。


 テレビは『闇鬼』が黒い粒子となって空中に舞い上がる拡大画像で停まっている。

 真弓はテレビのスイッチを切りながら、ちょっと重い気分になっていた。


「わたし……、何か気を悪くすること言ったかしら? わたしたちが何で『闇鬼』に狙われるのか、何でラウラがわたしたちを守りに来てくれたのか、ただそれだけが知りたかっただけなのに」

 真弓は、再び抜き足差し足で、二階へと上がっていった。




太陽が、西の空に傾きかけていた。

沢村は、宮脇の運転するクラウンの助手席に座っている。「北八王子警察署」を出た二人は、車で美香の家に向かっている所だ。


 沢村は膝の上に置いたファイルを見つめながら、ナビの音声に従ってハンドルを握っている宮脇に向かって呟いた。


「おまえは、このヤマがすぐに終わると思うか?」

「はい、思います。鑑識の方で、宮崎がどこに電話をしていたかさえ確認を取れれば、レツ(共犯者)がいるかどうかもわかりますし。それとも、何か不審な点でも感じるんですか?」

 宮脇は西日を避けるように、サンバイザーを下ろした。


「これはあくまでも俺の推測だが……。もしも、宮崎がこれから行く女子高生の携帯を狙って盗んだとしたら。つまり、女子高生の携帯に入っているデータが欲しくて盗んだとしたら。『宮崎 → 立花美香 → 電話を掛けた相手』という一本の線ができる」沢村は、顎の無精ひげを擦りながら、宮脇を見た。


「えぇ!? 最初から立花美香の携帯を狙っていたって言うんですか?」

「そうさ。よく思い出してみろ! あの時、宮崎は携帯を手にして会話を始めるのに、5秒は掛かっていない。宮崎は、害者の髪の毛を掴んでいたから、片手しか使えないんだ。立花美香の携帯は開閉式だ。あの状況で携帯を開き、番号を打ち込むだけでも10秒は掛かるぞ」

 沢村は、片手で自分の携帯を開いたり閉じたりしながら、その不安定さを確認していた。


「そうか! ということは、宮崎はあらかじめ携帯のアドレス帳に入っていた人物、若しくは短縮ダイヤルされていた人物に電話を掛けたことになる! わけですね。だったら電話を掛けるのに5秒で十分ですね」


 ちょっとアクセルを踏みすぎて、宮脇はブレーキを軽く踏んだ。前方左に見えていたマックが、ゆっくりと後方に消えてゆく。


「とすると、携帯に登録されていた誰に電話を掛けたかということですが……。あっ、そうか!もしかしたら、宮崎には行方不明の子供がいて、その子供と立花美香が友達同士だった。それを知った宮崎は、死ぬ間際に実の子供の声が聞きたくなって、電話を掛けた。どうですか? こんな推理で!」


 宮脇は自分の推理に興奮したのか、またスピードが上がった。

「うん、その線もあるし……。別の線で考えるとしたら……」

沢村は、宮崎が過去に起こした事件のファイルに、再び目を通しながら口を開いた。


「窃盗、脅迫、殺傷……、これらの中で一番気になるのが一つある。奴が18歳の時に起こしている婦女暴行事件だ。今から28年前になる。この時、被害にあった娘は、当時13歳だ」沢村は、ファイルを閉じた。


「当時13歳ですか? ひどいことしますね。婦女暴行じゃなくて、少女暴行ですよ!」

 宮脇はナビの音声に従って、ウィンカーを右に出す。


「まさか28年前に宮崎が暴行した女性が、立花美香の母親……、ですか?」

宮脇がアクセルを踏んだ。


「それを今、調べてもらっている所だ。もしその推理が正しければ、なぜ宮崎があの状況で電話をしなくてはならなかったのか、だ」

 沢村はサンバイザーを下ろしながら、話を続けた。


「宮崎はテレビ局が来るのを予想していた。テレビを利用して、自分の存在をアピールしたかったわけだ。だが、アピールしたい人物がテレビを見ているかわからない。そこで、それを確認するために電話をした」

 と、その時、沢村の携帯が振動した。


「おっ、早速わかったらしいぞ!」

 沢村は威勢良く携帯に出たが、徐々に顔色が曇ってきた。


「うん、そうか。うん、わかった。ありがとう!」


「で、どうなんです? 沢村さんの推理、ダメでした?」


 宮脇は、意外とズケズケ言う性格かもしれない。これも大事だな、と沢村は思いつつ、はずれたよ! と大袈裟に両手を広げて、苦笑いしながら首を振った。


「マモナク、モクテキチシュウヘンデス」

沢村の推理がはずれたことをあざ笑うかのように、ナビの音声が車内に響いた。


「着きましたよ。あそこが立花美香の家です」宮脇の運転するクラウンが、停める場所を探すために徐行を始めた。


 美香の家の周りは区画整理中で、まだまだ家がまばらだった。クラウンは、ハザードランプを点滅させながら、ブロックが積み上げられた空き地に横付けした。


「さて、じゃあ行くか」

 と、再び沢村の携帯が振動を始めた。


「はい、沢村です。ええ、もう一つの件ですね。……はい。はい。やはり、そうですか。ええ、わかりました。では、携帯の持ち主の確認が済み次第、向かいます。ありがとうございました」

沢村は、ニヤッと笑いながら携帯を切った。


「どうしたんですか?」宮脇が、シートベルトを外す手を止めて沢村を覗き込んだ。

「もう一つの線を探っていたんだが……。ビンゴだ! 天宮真弓、17歳、黒辺高校。立花美香の友人だ」


 宮脇は、それがどうしたんですか?という顔で、沢村を見つめている。

「天宮真弓は、宮崎が28年前に暴行した女性の娘なんだよ!」




(闇鬼は毎月4日、8日、12日、16日、20日、24日、28日に更新予定です)

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