第33話 「ラーフラ」①

「腹が減ったろう?」

奪衣婆は、二人の顔を見てやさしく言った。

「減った、減った! もう死にそうだ!」

「そうか、そうか。今、ラーメンを出すでな」

「えっ、ラーメンがあるんですか?」

真弓の目が輝いた。


「あぁ、あるさ! この間『料理の鉄人』に出たとかいうラーメン屋の親父がここを通りかかって、教えてくれたんだぜ。でも、オババのはもっとうめぇぜ! 何せ、オババしか作れない特製ラーメンだからな!」


「嬉しい! わたしラーメン大好き! ここでラーメンが食べられるなんて、夢みたいよ~」


 オババは、真弓の弾んだ声を聞きながら、お盆に載せた瀬戸物の器を危ない手つきで持ってきた。

 ラウラと真弓は、ゴザにすぐに座った。


 お腹の空いた真弓にとって、器が茶色く変色していようが、ヒビが入っていようが関係なかった。

 ひん曲がった箸を受け取り「いただきま~す!」とまずラーメンのスープから味わった。


「美味しい!」

「だろ! スープも上手いけど、麺も絶品だぜ!」

 そう言って、箸ですくい上げたラーメンを見て真弓は首を傾げた。麺と一緒に、黒や白の細い糸のようなものが絡まっている。


(まっ、いっか)真弓も麺をたっぷりと掬い上げた。途端、箸が止まってしまった。

「な、なに、これっ!」麺と一緒に絡まってきたのは、長い髪の毛だ。


「これはオババの髪の毛だ。麺に絡まった髪の毛が何とも言えねぇだろ! 栄養満点! これぞオババの『特製髪の毛ラーメン』だ!」


「オエッ!」真弓は思わず、さっき飲んだスープを吐いてしまった。

「なんだ、真弓! 汚ねぇな!」ラウラが細い目を吊り上げて、睨んでいる。


「わ、わたし、お腹いっぱい! これ、あなたにあげる」

「おっ、そうか。嬉しいなぁ。『闇パワー』倍増だ」

 ラウラは、ニコニコして真弓から器を受け取った。


(なぁにが、『闇パワー』倍増よ。オエッ!)

 でも食べられなくて悪かったかな、(いやいやそんなことはない!)とふと目の前を見ると、奪衣婆の姿がない。


 いつの間にか、木の棒で支えられた窓が開いている。遠くで子供の声が聞こえたような気がしたが……。気のせいか。


 真弓は、「髪の毛ラーメン」をズルズルと美味しそうに食べているラウラの方を見ないように目を閉じて、音も聞こえないように耳を塞いでいた。


「真弓、ホントは腹減ってるだろ? 煮込み汁があるから、それをやる」

 スープをすべて啜ったラウラはそう言って部屋の奥へ行き、大きな鍋に背伸びをしながら一生懸命、木のお椀に何かを掬っている。


(今度は、ちゃんとした食べ物でしょうね)

 真弓は、ラウラの運んできたお碗を覗き込んだ。大根や里芋が入っている。大きく千切った肉も柔らかそうだ。


(これなら大丈夫だろう)真弓は箸をつけた。うん、なかなかいける。肉も美味しい。でも……! 口の中でコリコリしてる。


(何? まさか!)口から吐き出すと、小さな骨だ。

(まっ、いっか)真弓はお碗の中をかき混ぜた。すると、ピョコンと浮き上がったのは!

 人間の小さな耳たぶだった。


「ゲッ! な、なに、これっ!」

 おぜんにお碗を置く真弓の背中に向かって、いつの間にかどこかから戻ってきた奪衣婆が教えてくれた。


「それは、人間の赤ん坊の肉じゃ」

 真弓はまたまた食べたものを吐いてしまった。


「おまえっ! 罰当たりな奴だな!」

ラウラがまた睨んでいる。

「あなたに罰当たりなんて言われたくないわ!」

 いきなり立ち上がった真弓は、一段低い玄関に飛び降りた。


「人間の赤ちゃんの肉ですって! 冗談じゃないわ! 自分たちがやっていることがわかっているの?」

「おいおい、ちょっと落ち着けよ」

「落ち着いてなんかいられるわけがないでしょ!」


 興奮している真弓に向かって、奪衣婆が冷たい缶コーヒーを差し出した。

「ほれ、これでも飲んで、頭を冷やせ。そいで、俺の話を聞け」


 なかなか受け取ろうとしない真弓に無理矢理、奪衣婆は缶コーヒーを押し付けて言った。


「安心して飲め。今おまえの世界に行って買ってきたじゃ。俺は人間の銭をあんまり持ってないで、それしか買えんかった」

 真弓は、缶コーヒーのラベルを見て、ちょっぴりホッとした顔に変わった。


「いまラウラが食べている赤ん坊の肉はの、訳あって親に殺された赤ん坊たちじゃ」

 缶コーヒーを握った真弓の手が、微かに震えた。


「この世に生まれることの出来なかった水子たちじゃ」

「水子って言ったら『闇っ子』のこと?」

 真弓は、美香から見せられた水子供養のパンフレットを思い出した。


「そうじゃ。おぬしがさっき見た『三途の川』のよどんだところにバラバラになった水子が流れてくる。そこから網で掬ってやるのじゃ」


「わかるか?『掬う』っていうのは『救う』とも言うんだぜ」

 ラウラが水子の肉を上手そうに口に放り込んだ。


「『救う』ってどういうことですか? いくら死んでても、食べちゃったら成仏できないでしょう?」


「いいや。水子たちは成仏せず『三途の川』を何処までも何処までも闇に向かって、ただ流れるだけじゃ。ただ流れているだけじゃったら、いいがの。たまに『闇鬼』の餌になることがある」


『闇鬼』という言葉を聞いた途端、真弓に何ともいえない悪寒が走った。


「『闇鬼』は、水子の肉が大好きでな。水子を喰らい、力をつけて『闇鬼界』から飛び出していく」


 奪衣婆は、悲しそうな顔をして語り始めた。

「おまえは今、この世に生まれる事ができなかった水子の怨念が『闇鬼』を作っていると思っておるじゃろ。その怨念が『闇鬼』の力となり、人間に復讐をしているのだと。そして、おまえはこうも思っている。


水子を喰うのなら『闇鬼』も『ラウラ』も同じ種族に入ると。では、教えよう。『闇鬼』は『闇鬼界』という魔界に住む魔物じゃ。じゃがな、ラウラは元々は人間なんじゃ」


(うそっ!)真弓の顔が引き攣った。

 だって、ラウラは自分たちと全然違う姿かたちではないか。


「嘘ではない。いつだったか、おまえは、なぜラウラが自分たちを守りに来てくれたのだろう、と訊いたことがあったな。しかし、ラウラにはそれを上手く説明することができんかった。


やはり、おまえはすべてを知り、ラウラと組むべきなんじゃ。さすれば、今まで以上の力がおまえたちに発揮されよう。すべてを話そう。よいな、ラウラ!」

 奪衣婆がラウラを振り返り、大声を上げた。


 ラウラは、頷くだけで真弓たちを見ようともせず、煮込みをパクついている。

 奪衣婆は、シワシワの顔に薄笑いを浮かべ、真弓をジッと見た。


「ではゆこうぞ、28年前の世界へ! そこでおまえは、真実と向き合って来い! 朝河清恵あさかわきよえの細胞の一部となって……!」




(闇鬼は毎月1日、4日、8日、12日、16日、20日、24日、28日に更新予定です)

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