第39話 「闇鬼・第3次遭遇/英国からのEメール」③

「俺が君のことをどんなことがあっても、守ってやる!」

 たったひと言だったが、真弓にはそれがすごく嬉しかった。




 真弓も沢村を見つめた。

「でも、自分の命と引き換えになんかしないで下さい」そう言葉を返すのがやっとだった。


「大丈夫だ。妹を想い復活したラウラの愛情には、遠く及ばないかもしれないけどな」

 沢村は、はにかむように笑顔を作った。


 沢村は、拳銃に弾が入っていることを確認して、ショルダーホルスターを装着した。

 車を再び発進させると、ゆっくりと十字路を右折した。


 その時だ。真弓の携帯から「くまのプーさん」のメロディが鳴り響いた。Eメールの着信音だ。慌てて携帯を開くと、何と送信者は鹿間だった。


(まさか鹿間君の名を騙った『闇鬼』じゃあないでしょうね)

 しかし、内容を読んですぐに本物の鹿間だと確信した。イギリスからメールを打ってくれたのだ。


「どうした? 大事な用件かい?」

沢村の問い掛けに、真弓はニッコリ笑って沢村の耳元で囁いた。





 玄関先でエンジンを切る。

沢村は(行くぞ!)という顔で、もう一度真弓に視線を移した。真弓は頷き、両肘をグッと脇に絞め、気合いを入れる格好をしてドアを開けた。


 さっきまで青空が広がっていたのに、何処から湧いてきたのだろう。真っ黒な雲がいつの間にか頭上を覆い始めている。

 一晩、留守にしただけなのに、一ヶ月ぶりに帰宅したような気がする。


 きれいに掃き清められている玄関を開けると、すでに清恵が立っていた。

「あまり遅いから、心配したじゃない。さあ、早く上がりなさい」

清恵は、待ちきれないとばかりに、真弓を抱きしめた。


「よく、無事で……。刑事さん、本当にありがとうございました」

清恵は嗚咽しながら、沢村に深々と頭を下げた。


「さっ、刑事さんもお上がり下さい。話はリビングでゆっくりと」

清恵はそう言って、沢村を招き入れた。


(『闇鬼』は、まだお母さんに憑依してない! だって、お母さんの匂いがしたもん。良かったぁ!)

 しかし真弓は、ホッとする気持ちを必死に抑えていた。


「『闇鬼』は、人の心を読むことができます。気をつけて下さい」

 これが、真弓が沢村に耳打ちした内容の一つだった。


 二人は可哀想な位、無心に努めていた。とりあえず、椅子に座った真弓は、清恵の行動をつぶさに観察し続けた。


「ところで、天宮さん。宮脇はどこでしょう? 彼にちょっと話があるんですが……」

「あぁ、あの刑事さんなら沢村さんから電話があった途端、用事が出来たからと言って出かけられましたよ」

清恵はそう言いながら、冷たい麦茶を沢村に差し出した。


「そうですか」


 変だ。あいつが俺に連絡もくれずに、持ち場を離れる筈がない。一瞬過ぎった心をまるで見透かすように、清恵がチラッと沢村を見つめた。


「すみません。ちょっと電話を掛けてきます」

 リビングから出て行く沢村に、二人は軽く会釈した。と、すぐに真弓が切り出した。


「ねぇ、お母さん。お父さんと真琴は?」

「まったくお父さんたらひどいわ! 真弓が無事戻ってくると聞いた途端、会社に行くと言って、出かけちゃったのよ」


 一呼吸おいて、清恵は話を続けた。

「真琴なら大丈夫よ。まだ寝てるわ。昨夜は、あなたのことでお父さんも私も生きた心地がしなかったの。警察の方に呼ばれて、現場に行ったでしょう。だから、真琴はご近所に預けておいたの。きっと、気疲れしちゃったのかしら。眠ったきりで、まだ起きないのよ」


「そう。それならいいけど……。でも、お父さんも冷たいよね。会社に行っちゃうなんて。帰ってきたら、とっちめてやらなくちゃ!」

真弓は笑いながら麦茶を飲み干した。


「そんなこと言ったら、お父さん可哀想よ。私たちのために、一生懸命働いてくれているんですからね」


(お父さんのこと、心配してくれてる♪ やっぱり、私のお母さんだぁ。良かったぁ。でも、そうなると沢村刑事にお願いした件はどうしよう)


 真弓がふとそんなことを考えているところへ、左手を後ろに隠すようにして沢村が戻ってきた。


「ねぇ、お母さん。もう一杯麦茶が飲みたくなっちゃった。おかわりしていい?」


 自分でもわざと臭い演技だなぁと思ったが、清恵は「えぇ、いいわよ」と快く台所に立って行った。

 清恵の姿が完全に消えたことを確認して、真弓は沢村に向き直った。


「沢村さん、どうもありがとうございます。すぐわかりましたか?」

真弓は、沢村が隠し持っていた物を受け取った。


「あぁ、すぐわかったさ。鏡台の横に立て掛けてあったよ。それにしても、これが何かの役に立つのかい?」


「はい! さっきの鹿間君からのメールで確信しました。母が戻ってきたら、早速試してみます」


 それだけ言うと二人は黙り込んでしまった。

 テレビの上に置いてある卓上時計の秒を刻む音が、やけに大きく聞こえてくる。エアコンの心地良い冷風が、真弓の頬を優しく撫でていた。


「ごめんね、遅くなって」

リビングの扉が開き、清恵が玉のような汗を額に光らせながら、入ってきた。


 「うぅん、大丈夫だよ」

真弓の唇がそう動きながらも、心の中は違っていた。


(ごめんね、お母さん。こんなことしたくないんだけど、どうしてもお母さんが『闇鬼』じゃないっていう証拠が欲しいの)


 真弓の気持ちが罪悪感に包まれた瞬間だった。清恵が、この世の物とも思えないような目で真弓を睨んだのは。




(闇鬼は毎月1日、4日、8日、12日、16日、20日、24日、28日に更新予定です)

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