第42話 「ダーク・レディ」②
『ダーク・レディ』は、5本の爪を指先でポキッと折った。当然、3㍍の長い爪が4本、真弓の耳たぶと手の平を串刺しにしている。
1本だけが床にポトリと落ちた。
「もっと、痛みがくるように『闇縛り』を解いてあげる。その方が、痛みが早く伝わるわ。今夜は眠れないわよ。寝れば、突き刺さった爪が体の重みで喰いこむし……。耳が千切れ、手の平は裂ける!ホッホホ……!あぁ、愉快だわ」
その瞬間、真弓の耳と手の平に想像を絶する激痛が走った。
「クッ!」真弓の顔が歪む。
しかし、真弓は泣き叫んだりしたくなかった。痛みに苦しむ顔を見せれば『闇鬼』が喜ぶだけだと思っていた。だから、唇を真一文字に結んで痛みを堪えていた。
「この鬼畜生!」
沢村がありったけの声を張り上げて叫んだ。しかし『ダーク・レディ』は、その言葉をむしろ快感として受け取っているように両手を高く広げて、微笑んだ。
「わたしへの罵声は、最高の勲章!もっと苦しみなさい。呪いなさい。すべてがわたしの力になってゆくのよ!」
『ダーク・レディ』は高笑いしたまま、今度は沢村に向かって人差し指を軽く折り曲げた。すると、沢村の足が勝手に『ダーク・レディ』に向かって歩き始めた。
「俺をどうする気だ!」
「決まっているでしょう? 子作りよ。あなたからは、物凄い怨念の気を感じるわ。きっと、世の中を生涯恨み続けるわたし好みの可愛い子が生まれるわ」
『ダーク・レディ』は薄笑いを浮かべながら、リビングから隣の勝彦と清恵の寝室へと消えて行った。
沢村は、というと、まるでその後を追うように、一歩一歩寝室へと歩を進めていく。
「す、すまん……。結局、何の役にも立つことができん」
今や、真弓の方を振り向くこともできない沢村が、声を振り絞って呟いた。
足を上げるスピードを何とか気力で遅らせようと踏ん張っている姿が、まるで出来損ないのロボットのようで、真弓はなぜか涙が浮かんできた。
「そんなことない。……そんなことない」
真弓の囁くような声が、聞こえたかどうかはわからない。
「とにかくあいつの思うがままにはならないから、安心してくれ!」
そう一言を残して、沢村の姿は寝室へと消えた。
(くそ~っ!痛い!痛いよ~!)
ちょっとでも気を緩めると、自分の体重がそのまま耳たぶと手の平にのしかかってくる。
耳たぶの痛みはそれほどでもないが、手の平は我慢ができないほどジンジンと激痛が走っていた。
顔を動かすことができない真弓は、自分の手の平がどのようになっているのかわからなかった。しかし、完全な串刺し状態になっているのだけは、確かなようだ。
何とか、指だけはピクピクと動かすことができる。でも、これだけでは何の役にも立たない。
真弓の頬を、溜まっていた涙がつたった。その時だ。リビングのドアが微かに開く音がした。
(ラウラ!?)真弓は、そう思った。しかし、目の前に現れたのはラウラではない。何と、真琴だった。
「マコ! どうしたの? どこにいたの?」
真弓は、痛みを我慢して囁くように訊いた。
「2階のお姉ちゃんのお部屋」
そう答える真琴の様子が変だ。やけに青白い。
「マコ、大丈夫?具合が悪そうだよ」
「平気」真琴は、目が点になった状態で磔になっている真弓を見上げた。
「ねぇ、お父さんは? お父さんは、どこにいるの?」
「お姉ちゃんのお部屋で寝てるよ。でも、すごく冷たくなってる」
真琴の返事に勝彦の死を感じて、真弓は愕然とした。
「お姉ちゃん、痛いでしょ。いま助けてあげるね」
真琴はそれだけ言うと、真弓の手の平に突き刺さった『ダーク・レディ』の爪を背伸びしながら、掴んで必死に引っ張った。
だが真琴のひ弱な力で取れるわけがない。
「マコ、無理しなくていいよ。悪い奴に見つかったら、大変だよ」
「悪い奴って、お母さんでしょ」真琴が悲しそうに呟いた。
「えっ?……違うよ。お母さんは悪くない。悪い奴がお母さんに化けてるの!」
「ホント? 良かったぁ。僕、お母さんが悪い人になったのかと思っちゃった」
(くそっ、『闇鬼』の奴! 真琴を酷い目に遭わせやがって)
「ねっ、マコ。悪い奴に見つからないように、そうっと、お巡りさんを呼んで来てくれる? 助けて~って」
「うん。悪い奴に見つからないように、お巡りさん、呼んでくるね」
少し元気の出た真琴が、再びリビングから出ようとした、その時だ。
「グシュッ!」と奇妙な音を立てて、真琴の背中を赤く長いものが貫いていった。それは、真琴のお腹から飛び出している。
真弓は一瞬、何が起こったのかわからなかったが、真琴が前のめりにグッタリと斜めになっている姿を見た途端、すぐに悲鳴へと変わった。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!」
真琴の体は『ダーク・レディ』の長い舌に串刺しにされたのだ。
真琴の口から「ドバッ」と大量の血が噴き出した。背中からもお腹からも、真っ赤な鮮血が床に流れ落ちてゆく。
「シュルシュルッ」という不気味な音と共に、真琴の体から舌が抜かれると、小さな体は力なく床に崩れ落ちていった。
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