第24話 「沢村刑事 VS 天宮真弓」③
沢村は、チラッと宮脇を睨む仕草をして、ソファに深く座り直して足を組んだ。
真弓が沢村へ対する警戒心を少しずつ解いていったのは、この時だったかもしれない。
「どうでしょう? どんなことでもいいから、話していただけませんか? もしかしたら、無言電話だったとか」
「いえ……。言っても、信じてもらえません」真弓はボソリと言った。
「信じる、信じないはこちらで判断しますから、大丈夫。どんなことでも、聞かせて下さい」
沢村は、足を組んだ膝の上に両手の指を互い違いに組んで、乗せている。
「じゃあ、お話します。電話の声は、友達の……美香の声でした。『今、テレビ見てる?』って訊かれました」
真弓の返事に、沢村と宮脇は顔を見合わせた。沢村が真弓を再び見つめた。
「確かに美香さんの声だったんですか?」
「はい。『見てればいいんだ。見てなかったら教えてあげようと思って』って言ってました。それから『早く犯人捕まるといいね』とも」
「うぅむ」沢村は、深い溜息をついて腕を組んで黙ってしまった。そばにいる宮脇は、これからどうしよう、と真弓と沢村に落ち着きなく、交互に視線を送り続けている。
時間にすれば、ほんの三十秒程度だろうが、宮脇にとってはすごく長い時間に感じただろう。
おもむろに沢村が口を開いた。
「後で、聞こうと思っていたのですが……。少し、質問を変えます。先程、玄関先でお会いした時、真弓さんはわたしを木刀で打ちにきましたね。その時、確か『ヤミオニ、死ね!』と叫んでいたようですが、あれは何のことですか?」
「あのぉ、これも信じてもらえない、というか。笑われてしまうと思うんですが……」
顔を硬直させる真弓に、何でも聞くから 大丈夫!という視線を沢村は送っていた。
「『闇鬼』というモノがいて、これは人間や動物に憑依するんです。一昨日の事件の容疑者に、この『闇鬼』が憑依していて、もしかすると今度は、刑事さんに憑依して、わたしを襲いに来たのではないかと思って……、あんな事をしてしまいました。すみませんでした」
真弓は今度は自分から、深々と頭を下げた。
再び、沢村は「うぅむ」と唸ったきり、黙ってしまった。
「でも、本当なんです!」
真弓は真剣だった。もし刑事が『闇鬼』の存在を信じてくれれば、助けてもらえると思った。こうなったら、何でも喋ろうとも。
「『闇鬼』を知ったのは、『ラウラ』という座敷わらしがわたしの前に現れて、教えてくれたんです。『闇鬼』にいつか狙われるって。わたしも最初は信じなかったんですけど『ラウラ』は、予知能力や「闇縛り」という金縛りの魔力を持っていて。姿はわたしと弟の真琴にしか見えないんですけど。本当にいるんです。顔はデコボコしていて、醜いけど」
真弓は話をすればするほど、ドツボにはまっていくような気がしてきたがどうしようもなかった。
普通にはあり得ないものを信じてもらうのがこんなに大変かと額に汗が浮かんできた。
宮脇が、奇妙なものでも見つめるような顔をして、真弓に視線を送っている。必死で話を続けている真弓を、沢村が制した。
(俺は、お化けや幽霊の存在など信じない男だが。この娘の目は嘘をついている目ではない。では、どうする? 今喋っている事をすべて信じるのか? いや、こんな事を調書に書くわけにはイカン! もう少し考える時間が欲しい!)
「ちょっと、待って。……あまりに内容が奇想天外なので、正直、戸惑ってしまうんだが……。今、話に出た『ラウラ』や『闇鬼』についてですが、彼らが実在するという、何か証拠でもありますか? あれば、何でも見たいのですが」
これには、真弓も困った。表情が曇ってしまう。
(どうしよう、もしこの場にラウラがいても、この刑事さんには見えないし)
しかし次の瞬間、必死で考える真弓の顔色が変わった。
「あります! 犯人が小戸吹店に立てこもった事件の映像が、録画してあるんです。これもラウラの指示なんです。その時、犯人が自分の首を切って自殺した場面で、血と一緒に噴き出す『闇鬼』の姿が映っているんです」
真弓はそう言ったかと思うと、物凄い勢いでテーブルの端に置いてあるリモコンに手を伸ばし、テレビのスイッチを入れた。
丁度、昼の連ドラの時間帯だ。あまり見たことのない女優が、必死で男を追いかける場面が映し出された。
真弓は、急いでHDD録画再生ボタンを押した。「指定日再生機能」がついているから、事件の日の場面がすぐに出てくる、筈だった。
しかし、テレビ画面には、何も映らない。
「信号がありません」という、デジタル表示が画面に大きく現れるだけだ。
「あれっ、おかしいな……。どうしたんだろ。確かに何回も再生してラウラと見たのに」
真弓の希望に満ちた表情が、焦りの表情に変わってくる。
「えぇ? どうして? どうして再生してくれないの?」リモコンを必死に押す音が「ピッ、ピッ……」と虚しくリビングに響くだけだった。
「いや、もう大丈夫。今日は、この辺でお暇しよう。また何かわかったら連絡下さい」
まだリモコンのスイッチを押し続けている真弓に、沢村はそう言いながら、テーブルに名刺を置いて立ち上がった。
「あっ、そうだ。さっき立花美香さんが来ていましたね。何かあったんですか?」
リビングの扉のノブに手を掛けた所で立ち止まり、沢村が振り返った。
この時は、真弓は再生をあきらめて、フラッと立ち上がっていた。
(まさか、子供ができたことで相談に来た、なんて言えないわ)
「夏休みの宿題を一緒にやろうって来たんです。ただそれだけです」
沢村と宮脇は、クラウンまで無言で歩き続けた。さっきの警官が、車のそばで待機している。
路駐になってはいけないとでも思ったのだろうか。沢村は、礼を言って乗り込んだ。
窓を締め切っていたため、車の中はまるで灼熱地獄だ。あっという間に、襟元から汗が噴き出し、背中と胸に流れていく。
「どう思います。あの子の話」宮脇が窓を全開にしながら、シートベルトに手を回した。
「どうもこうも、コメントのしようがないな」沢村もシートベルトを締めて、外の警官に向かい、手を軽くかざした。
発進するクラウンに向かって、敬礼している警官の姿が小さくなっていく。そして見えなくなった。
「あの子、精神分裂病じゃないですかね。それともないものをあると思い込んじゃう空想癖とか」
「俺も最初はそう思ったが……。あの子の言う通りだとすると、宮崎が女の声色を使って、天宮に携帯を掛けたことになる。ちょっと、信じられんが……、あの真剣な目は、嘘をついているようにも、気が触れているようにも見えなかったな」
沢村は、冷房のスイッチを最大にして、その前に顔をもっていった。ヒンヤリとした冷風が、何とも言えず気持ちいい。
「録音は、しておいたな」沢村は、自分のワイシャツのポケットをトントンと突付いた。
「はい、大丈夫です」宮脇は、背広の胸ポケットから小型のICレコーダーを取り出し、沢村に渡した。
「署に戻ってから、もう一度聞いてみよう。話を整理しなくては……。場合によっては、テレビ局からあの事件の映像を借りる必要があるかもしれないな」
宮脇の運転するクラウンは、閑静な住宅街から渋滞する国道へと入って行った。
(闇鬼は毎月1日、4日、8日、12日、16日、20日、24日、28日に更新予定です)
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