第27話 「闇鬼・第2次遭遇/真弓の死」③

「その恐怖に引き攣った顔が……、ク~ッ、カワイイねぇ! 今たっぷり犯してやるからな!」

『闇鬼』が軽く真弓の肩を押した。すると、真弓の体はまるでスローモーション映像のように、ゆっくりとコンクリートの床に倒れていった。




『闇鬼』が真上から覗き込む。ズボンのジッパーに手を掛け「ジーッ」という嫌な音を立てて下ろし始めた。真弓は目を瞑ろうとしたが、閉じられない。

(あ~っ、ラウラどうしたの? なぜ助けに来てくれないの? わたしたちを守るって言ったでしょう!)


『闇鬼』が、真弓にゆっくりと覆いかぶさり、スカートの中に手を入れてきた。太股に、氷のように冷たい指が這ってくる。

「……!」ニョキニョキと伸びてくる爪が太股に食い込んできた。


(やめてぇ! あんたなんか、竹刀があれば叩き潰してやるんだからね!)

「クックク……! 何とでも、叫んでろ! 死ぬ前にウンと気持ち良くしてやるよ! クックク……」


『闇鬼』の、いや、安良岡の体の重みがズンと真弓の身に応える。目の前に迫るその安良岡の顔は、すでに土色に変色し、目の周りには黒い隈ができている。口も横に裂けていた。


「カッ!」と開いたその口には、何と小さな牙まで生えているではないか。すでに人間の顔つきではなかった。

 真弓は顔を横に背けたいが、動かすことができない。視線を逸らすこともできなかった。


『闇鬼』と化した安良岡の口から蛇のように真っ赤な長い舌が、真弓の顔に向かって伸びてきた。

 頬を「ペロリ」と舐める。ヌルッとした気味の悪い感触が全身に走った。


(やめてぇ! おまえみたいな化け物に、こんな辱しめを受けるくらいだったら、いっそ死んでしまいたい!)

 真弓の瞳に涙が溢れた。その悔し涙が筋となり、頬を伝った……。

 その時だった。











 「よーし、そのまま動くな!」




 踊り場に上がる階段から、そう叫びつつ二つの外灯に照らされ出てくる人影があった。

 沢村だ。両手を伸ばし、ピストルの銃口を『闇鬼』に向けている。


「婦女暴行の現行犯で逮捕する!」

 後ろには、宮脇も拳銃を構えていた。沢村と宮脇は瞬きもせず、ジリッジリッと『闇鬼』に近づいていく。


 真弓の心に、一筋の光明が降り注いだ。

(もしかしたら、助かるの?)

 しかし、それは甘かった。真弓に乗っている『闇鬼』は、身動き一つせず笑っているではないか。


「なんだぁ? おまえら! それで、この女を助けたつもりでいるのかぁ?」『闇鬼』がニタ~ッと薄ら笑いを浮かべた。


「その娘から、早く離れろ! さもないと、この銃が火を噴くぞ!」沢村が再び叫んだ。

 しかし『闇鬼』は微動だにしない。逆に、再び真弓の頬を舐めるような仕草をして、沢村を挑発した。


「この野郎!」沢村の指がピクンと動いた。

「ダメです! 沢村さん、まだ撃っちゃダメです」宮脇が後ろで囁いた。

「おまえは黙ってろ! 少しでもおかしな動きをしてみろ! ぶっ放してやる!」沢村の目は、血走っていた。


「おれはな、こういう野郎を見ていると反吐が出るんだ! 女、子供と、弱い者ばかり襲いやがって! こんな野郎、ぶっ殺したって誰も悲しむものか!」

「そ、そんな……。まずいですよ。もう少し冷静になって下さいよ」


 ヒートアップしていく沢村に、怯えるような声で宮脇が声を掛ける。何とか沢村を落ち着かせなくてはいけない、と『闇鬼』と沢村を交互に見つめる宮脇だった。


「撃ちたけりゃあ撃てばいいさ。俺は死ぬ。そうしたら、どうしようかなあ? 次は、威勢のいいおまえの体に入ってやろうか?」

 そう呟きながら『闇鬼』が真弓のパンティに手を掛けた瞬間だった。











「ドーン!」





 と、鼓膜が破れるような轟音が踊り場全体を包み込んだ。あまりの大音響に、真弓の金縛りが解けたのだろう。びっくりして顔を覆っている。

 そんな真弓の足元の……、ずっと奥の方で、ガラスが砕け散る音が地響きのように体全体に伝わってきた。

 そして間髪入れずに、ガラスやコンクリートの破片が、雨霰となって真弓の体に降り注いでくる。


 生暖かい風が寝ている真弓の上を吹きぬけ、どこか遠くで渦を巻いている感じがした。

 空から「バラバラ」と叫ぶように降ってきた何かの破片は、その内に「パラパラ」と小さな音に代わっていった。


 静寂が訪れるのに、そんなに長い時間は掛からなかった。

(一体何が起きたの?)真弓は恐る恐る目を開けた。

 さっきまで星でいっぱいだった夜空が、今は濛々とした真っ白な煙で充満している。


 そして、体が軽くなっていることにも気がついた。さっきまで『闇鬼』に乗っかられ、重かったはずなのに……。

 目の前には『闇鬼』の影も形も無くなっていた。


「何だ! 何が起きたんだ?」

 コンクリートの床に腰を屈めて、沢村が宮脇を振り返った。宮脇は、頭を押さえて這いつくばり、声も出せない状態だ。


「轟音と共に、目の前の暴行魔が吹っ飛んだぞ!」沢村はすぐに真弓が無事であることを確認した。

 丁度、真弓はヨロヨロと起き上がるところだった。

(大丈夫だったな)

沢村はホッとして立ち上がり『闇鬼』が吹っ飛んだ方向に目を向けた。


 視線の先には、ガラス張りの談話室があったが、粉々に吹き飛んでいる。

 ひん曲がった窓枠やら、壁のコンクリートからは、鉄筋が剥き出しになっていた。


「ミサイルでも飛んできたのか?」

 沢村は首を捻りながら、埃で真っ白になった自分の体を見つめた。

 その頃、真弓は足元にいる別のものに視線を向けていた。


「ラウラ……! 助けに来てくれたのね!」

真弓は叫び、そして絶句した。

 目の前にいるラウラは、両手をダランと下げ、立っているのも辛そうに少し前屈みになっていた。そして苦しそうに「ハァ、ハァ……」と肩で息をしていた。


 体中血だらけだ。それでなくても傷だらけの体なのに、皮膚は破け、肉が見えているところが何箇所もある。

 左と右の高さが違う頭も、真ん中から裂けていた。細く小さな目は、堅いもので何度も叩かれたように腫れ上がり、唇からも血が滲んでいた。


「その姿……。いったいどうしたの? 何があったの?」真弓はびっくりして、ラウラの手をとり、自分の元へと引き寄せた。

「『闇鬼』の野郎……、結界を……張りやがった!」ラウラが悔しそうに呟いた。

「ケッカイ? なあに、それ?」真弓はバッグからハンカチを出して、ラウラの唇の血をぬぐいながら訊いた。


「俺が住んでいる世界と……、人間界を遮断するバリアーみたいなもんだ。『闇鬼』に結界を張られたため、俺は……真弓の所へなかなか来られなかった」

ラウラは唇を噛み締めた。

 「その結界を破るのに……、時間が掛かっちまった。無理矢理破ったら、このザマだ」


 ラウラは、ボロボロになった自分の体を眺め回している。ベロンと剥けてしまった左腕の皮膚を千切りながら、肩で息をしながら、ニッと笑った。


「痛くないの?」真弓が目を細めている。

「痛い!……俺が住んでる世界では、痛さなんて感じないのに……、この世界では痛みを感じる」


 痛い!と言うものの、真弓の目にはラウラがその痛みをまるで喜びと感じているように、映っているのだった。


「遅くなって……悪かった。大丈夫……だったか?」

「うん……。大丈夫だった……」とは言うものの、ラウラが傷だらけになりながらも助けに来てくれたんだ、という嬉しさと、ホッとした気持ちが入り交じり、真弓は少し涙ぐんでしまった。


「でも、結界を張られたということは、ラウラがわたしを助けに来る事を『闇鬼』は前もって知っていたということね」

「俺の動きをすべて……覚られているのかもしれない」

 ラウラは、歪んだ顔を一層苦しそうに歪めながら、溜息をついた。


 真弓がラウラと話をしているのを、遠くから沢村と宮脇は首を捻りながら、眺めていた。


「あの子、さっきから何をブツブツひとり言を言ってるんですかね。まさか恐怖のあまり気が触れたんじゃ……」

 宮脇が埃で真っ白になったズボンをはたきながら、立ち上がった。


「さぁな。とにかく、この大爆発の原因を調べて、早く署に連絡せんとな。あの太った強姦魔は吹っ飛んじまったし。多分、命はないだろうなぁ」

 沢村は、再び視線をメチャクチャになってしまった談話室へと移した。


 ラウラも『闇鬼』が吹き飛んだ談話室へと細い目を動かした。

「真弓……! 用心しろ! あの野郎が出てくるぞ!」



(闇鬼は毎月1日、4日、8日、12日、16日、20日、24日、28日の更新予定です)

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