第12話 「鹿間菅生の悪魔講義」 ①
翌日、キツイ朝練を終えた真弓は真夏の陽射しの中を近くの図書館へ向かっていた。図書館は真弓の家から歩いて15分くらいの所にあるから帰宅も楽だ。
一旦はラウラのひと言を『聞き間違い!』と自分を納得させたつもりでいたが、やはり『闇鬼』が気になる。夜中にラウラが来たら聞こうと思っていたのに、一晩中待っても来なかった。
それでは……と、図書館へ『闇鬼』を調べに来たのだ。
額にキラキラと汗が光る。真弓はハンカチで汗を拭って図書館へ入った。
涼しい! 炎天下を歩いて来たせいか、気持ちいいくらいに汗が引いていく。図書館の冷房設定温度は28度だったが、外は39度もある。
この差は大きいぞ! 気持ちいい〜!! と叫びたくなる衝動を抑えて、近くのパソコンへ向かった。メニュー画面に『闇鬼』と入力して検索してみる。
どうだろう? 『闇鬼』に関する文献は果たして出てくるだろうか?
「へぇ〜、闇鬼ねぇ」背後で誰かに覗かれている。
「何よ、覗き見! 個人情報保護法を知らないの?」真弓が振り向きざま口を尖らせた。思った通り、声の主は同級生の鹿間だ。
鹿間は『超常現象研究会』という同好会の部長をやっている。といっても、部員は鹿間1人だった。
『超常現象研究会』とは、鹿間が1年生の時に立ち上げたクラブだ。
「おもしろそうだ!」と何人かが入部したが、あまりに風変わりで金の掛かる企画ばかりを立てる鹿間についていけない、とみんな辞めてしまい、今は鹿間1人で運営している。
当然、部室もない。公園のベンチやマックで1人黙々と『超常現象』について研究している姿は、ちょっと薄気味悪くて近寄り難い。
真弓が鹿間と話をしたのは、先日の修学旅行が初めてだった。同じ班になったのがきっかけだ。
「『超常現象研究会』ってどんなことするの?」と尋ねたのが運の尽きだった。
UFOを念力で呼ぶ話や、ネス湖へネッシー探索に行く話、雪男は実はエイリアンだという話……、話題が尽きないのだ。
「UFOを念力で呼ぶには、ヒマラヤが一番いいんだ。何故だかわかるかい?」
真弓も美香も顔を硬直させて首を振った。
「雪男はね、エイリアンの成れの果てだと俺は思うのさ。最近、雪男は着ぐるみを着たハリウッド俳優が演じていた、なんてニュースがあったけど、チャンチャラおかしいさ。だって、この地球に生息していない動物の毛がヒマラヤで発見されているんだぜ」
「えぇ! ホントかなぁ?」美香が半信半疑に呟く。
「ということは、エイリアンの可能性も出てくるわけさ。だからヒマラヤには、UFOの基地があるかもしれない。そこでUFOを呼べば、雪男も出現するかもしれないんだぜ!それなのに、イギリス国防省がUFOの存在を完全否定したニュースには、まったくガッカリだよ」
(あ〜、わたしたちには甘いものの話の方がいいんだけど…)真弓は欠伸を必死に堪えていた。
「ネス湖のネッシーだって、恐竜の形をしたおもちゃを浮かべていたとか、象が鼻を出したところが写真に撮られたとか言うけど、謎の物体が起こした波紋で高速ボートが転覆したり、500年前にはネス湖の近くの村が巨大な生物に襲われたっていう文献も残ってるんだ!」
鹿間が泡を吹きながら説明している傍らで、真弓が「えぇ!ウッソー!ネッシーって500歳なんだぁ!」と急に興味を示す発言をしてしまった。
これはマズイと「あっ、今の面白い!ウッソー、ネッシー、ウッソー!」と美香が隣りで大口を開いて笑った。
鹿間の話の腰を折ろうとくだらないことを言ったのだが、鹿間はそんなこと気にするどころか、今度はポルターガイスト現象について持論を展開し始めたのだった。
何で鹿間君がここにいるのよ! そっか、図書館も部室なのね。(参ったなぁ)と正直思った。また修学旅行の二の舞かと唖然となる。
そういえば、鹿間は名前も変なのだ。
『鹿間菅生』〈シカマスガオ〉……。いつも歌手の『スガシカオ』の名前を連想してしまう。
スガシカオって『素が死顔』って書くのです! とお笑いタレントが言っていたのを思い出す。
あの時、一緒にテレビを観ていたお父さんが「人の名前を使ってこんな失礼なことで笑いを取ろうとするのはダメだな」と言っていた。
「じゃあ、何て言えばいいの?」と聞いたら暫く考えながら「スガスガシイカオ!」と笑っていた。
修学旅行以来、鹿間の顔を見るとこれら一連の出来事が頭の中を過ぎっていた。
今日も案の定、そんなお決まりのシーンを一瞬に閃かせている自分がおかしくなった。
鹿間君は喋らなければ、いいんだけどなぁ。眉毛もキリッとしていて意外とイケメンだし、背も高いし……。
真弓はとりあえず「こんにちは」と挨拶した。
真弓が何を考えているかなんて知る由もなく、鹿間は早速語り始めた。
「『闇鬼』かぁ。ふーん、天宮さんがまさかこういうジャンル好きだったとはねぇ。こんなことを調べる宿題、あったっけ? ところで、これは小説なの? それとも古典? 英語だと『ダーク・デーモン』だな。そういえば、デーモンに階級があるのを知ってるかい? 最下級のデーモンは盲目で、地獄の最奥部に棲み、人間との意思疎通能力はない。普通のデーモンは、動物や人間に憑依したり、魔力によって人間を苦しめることができる。最高位のデーモンは、人間自身になることができる。魔力を使うことなく、人間界のあらゆる知識を駆使して世界に君臨することができるんだ」
早くも口角泡を飛ばして息継ぎもしない鹿間の力説が始まってしまった。
(あちゃ〜!)真弓は頭を抱えながら、この場をどう脱出しようかと天井を仰いだ。その時だ!
(閃いた! ……そうか! 鹿間君に『闇鬼』のことを聞けばいいのよ! な〜んだ、鹿間君に会えてラッキー♬)切り替えは早い。
急に真弓がニコニコし出したので、話をしている鹿間にも力が入る。
「……デーモンを追い払うには、その修行を積んだ人間、例えば悪魔祓いのエクソシストで十分だけど、最高位のデーモンは、エクソシストでも手に負えない。なんたってデーモンが人間になってしまったんだからね。そこで……」
慌てて真弓が両手を広げ鹿間の次の言葉を制した。周りを見てごらん、と軽く指で合図する。
ここは図書館だ。周囲の人々の(うるさい!)という冷たい視線に晒されているではないか。
「ご、ごめん、つい夢中になっちゃって…。談話室に行こうか」
2人は廊下の奥にある談話室へとどちらが先を歩くでもなく真っ直ぐに進んだ。
談話室は図書館の端にある。といっても、ガラス張りのためとても明るい。図書館はたくさんの木に囲まれているため、窓を通して差し込む木洩れ日が気持ち良かった。
ちょっとお洒落な白くて丸いテーブルが20卓ほど並んでいる。真弓と鹿間は、一番窓側の席に座った。
「それでね、人間に化けた悪魔を炙り出すため、魔女狩りや……」席に着くなり、まるで機関銃のように飛び出してくる鹿間の話を再び両手を広げて真弓は制した。鹿間に話を続けさせると相槌を打つ暇もない。
「ちょ、ちょっと待って。鹿間君が物知りなのはすごく良くわかったから……。わたしにも喋らせてくれない?」
「うん、いいよ」鹿間は意外にあっさりと返事をしながら、真弓をジッと見つめた。
(バカ!そんなに見ないでよ)周囲の雑音が一瞬にして聞こえなくなる。そんな感じがした。
「ねぇ、わたしがさっき調べていた『闇鬼』って知ってる?」
「『闇鬼』ねぇ……。デーモンと関係しているような気がしたんだけど」鹿間は軽く首を傾げた。
「ネットで調べてみた?」
「うん、夕べ調べてみたわ。でも『闇鬼』で検索すると『ゲーマー』やエッチな小説ばっかり出てきて、全然ダメ!」真弓は指でバッテンを作って、目の前に翳した。
「う〜ん、そうかぁ」鹿間は眉間に皺を寄せて、組んでいた両腕をおもむろに解いた。
「いま何となく気づいたことがある」鹿間はそう言って、リュックから大学ノートを取り出した。
……つづく
(闇鬼は毎月1日、4日、8日、12日、16日、20日、24日、28日に更新予定です)
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