第13話 「鹿間菅生の悪魔講義」 ②

「いま何となく気づいたことがある」鹿間はそう言って、リュックから大学ノートを取り出した。タイトルには『修学旅行レポート』と書いてある。


 ノートを開くと薬師寺や東大寺、金閣寺など修学旅行で行ったお寺の拝観券がページ毎に貼ってある。そして、それぞれにその場所を克明に描いた地図、説明文が鹿間の几帳面すぎる文体で綴られていた。


 鹿間はそのノートをパラパラとめくり「おっ、此処此処」と言いながら、真弓に向かって或るページを指差した。そこには『霊開寺』と書いてある。

「拝観券なし。所在地不明」

 真弓は目で追いながら、あの日の不思議な出来事を思い出していた。


 あの日『霊開寺』住職の妙心尼からいろいろな説明を聞いた5人は、お礼を言って山門を出た。外はひどい土砂降りで、後ろを振り返ることもなく竹藪の道を小走りに真っ直ぐ突き進んだ。


 するとどうだろう。自分たちが泊まっている旅館がある通りに出てきたではないか。

 そこで初めて5人は、いま来た道を振り向いた。

雨が激しく降りしきる中、その道は土産物屋と喫茶店の間に細長くボンヤリと見えた。


いくら目を凝らしても、奥までは見えない。

 まるで妙心尼との邂逅を遮断するかのように、雨が痛いくらいに5人の目に当たっていた。


 とりあえず真弓たちは、旅館に戻った。旅館へはそこから歩いても3分くらいで着いてしまい、美香は「あれぇ?」と甲高い声を上げていた。


 帰った報告を伝えるため先生の部屋へ行くと「何だ、もう帰って来たのか?」と不思議な顔をされてしまったのだ。

 まだ30分しか経っていないぞ。これじゃあ、レポートなんて書けないだろう、と笑われてしまったのだった。


「あの時は、おかしかったわ。だって、わたしたちが道に迷った時間だけでも、20分はあったでしょう。そして『霊開寺』には少なくても40分はいたわ。その間、誰も時間のことなんて気にしなかったのよ。先生に笑われて、あれ? まだ3時だって顔を見合わせて」

 真弓があの時のことを思い出しながら、目をパチクリさせた。


「いや、実は妙心さんから説明を受けている時に、俺と岩田が腕時計で時間を確認してるんだ。でも、おかしなことに2人とも時計の針が2時50分で止まっていた。旅館に着いてからその話が出てさ。何だ、おまえの時計も止まってたのかよ〜、ってお互いに言い合った」鹿間は時計を覗く仕草をした。


「それで、時計はずっと止まってたの?」

「いや、どういうわけか旅館では動いてたよ。だから『霊開寺』に居た時、俺たち5人の時間だけが止まっていたのかもしれない。そんな話であの夜はみんな盛り上がったんだぜ。って言っても誰も信じなかったけどね」


鹿間は、腕を組んでフッと溜息をついた。

 ガラス越しに一瞬、蝉の声が聴こえた。誰かがベランダへ出るためドアを開けたのだろう。


「そこで俺は、翌日もう一度『霊開寺』へ行こうと試みた」ちょっといたずらっぽく話す鹿間に、真弓はいつしか引き込まれていった。


「先生たちにバレないように、朝4時に起きてそっと旅館を抜け出したんだ」

 ふんふん、と頷きながら真弓は身を乗り出した。


「通りを歩いて約3分。俺たちが『霊開寺』から出てきた道がある土産物屋と喫茶店の2軒の店が見つかった」

鹿間はゴクリと唾を飲み込むためか、ここで一呼吸置いた。

 真弓は、その続きはどうした?という顔をしている。


「でも、その店は隣同士くっついていた。つまり、その店の間に道なんかないんだよ。俺たちが抜け出した道が無くなっていたんだ」

 「ウッソー!じゃあ、わたしたち何処から出てきたのよ。鹿間君、お店を間違えたんじゃないの?」真弓は信じられない、という顔で片手を振る仕草をした。


「いや、ホントさ。俺たちは無い道から出てきたんだ」

「そんなぁ。ドラえもんの『どこでもドア』じゃあるまいし」真弓が背もたれに大きく寄り掛かった。


「いや『どこでもドア』さ。俺たちは異次元の空間から出てきたんだ。それしか説明がつかない」鹿間は真面目だ。


「それに……」と鹿間の話は続いた。

「最後にドーム型の部屋に通された時、立体映像のミケランジェロのピエタ像を見せてもらっただろ。あの時、俺はある物を探したんだ」


 そう。あの時。5人の目の前に現れたピエタ像を眺めながら一人挙動不審になっている鹿間がいた。立体映像の投影装置を探そうと天井や壁をキョロキョロと眺め回したのだが、見つからず首を傾げていた。


「その仕掛けはわからないけど……。どうして『闇鬼』の話が『霊開寺』の話になっちゃうの?」真弓は再び身を乗り出した。


「妙心さんが説明してくれた話の中に、鬼が出てきただろう。そして暗闇に蠢く水子の絵。これらがキーワードになるんじゃないかと思ってさ。それにあの時、妙心さんから『あなたにはわかるわね』って、天宮さん、言われていたじゃないか。何で初めて会った人にあんなこと言われたか、思い当たることはないの? 急に泣き出すし……。もしあの時、霊的な時間が流れていたとしたら、これはあの中にいた誰かへのメッセージだったのかもしれない。そう思ってしまうんだ」


 霊的な時間? ちょっと気味が悪いけど、あの時、不思議な気持ちに包まれたことは確かだった。絵に描かれていた子供の顔が真琴に似ている、って思って涙が出てきたような気がしていたけど……。


「じゃあ、鹿間君は妙心さんが人間じゃなかった……っていうか、……幽霊だったって思うの?」真弓はゾクゾクッと両肩を震わせた。


「それはわからないけど、否定はしない。帰宅してからも『霊開寺』をネットで調べたり、全国のつきあいのある『超常現象研究家』に問い合わせてはいるんだけど、誰からもこれはという回答は得られていない。『霊開寺』自体本当にあるお寺なのか、その証拠も得られない」

 鹿間がそこまで口を開いた時だった。


「お待たせ〜。こんな所にいたのかぁ。わからなかった」

ちょっと暗い声に振り向くと、同じクラスの安良岡〈ヤスラオカ〉がボ〜ッと立っているではないか。


 背はあまり高くなく、ズングリムックリした体型に、草色のショルダーバッグを提げている姿はとても同い年の高校生には見えない。


 鹿間も変わっているが、この安良岡はもっと変わっていた。いつもクラスの隅っこで机を両手で囲みながら、誰にも見られないように何かを描いていた。


 漫研に所属しているから漫画でも描いているんだろうけど、それを見たことがない。

 いつもおでこにだらしなく垂らした髪の毛を掻き上げるでもなく、モゾモゾとした動作にボソボソとした話し方で、とにかく暗くて友達が一人もいないような奴なのだ。


 もしかして鹿間君と安良岡君て仲いいの?真弓は一瞬ドキッとした。これからどのようなことがこの談話室で展開されるのか、こっちの方が薄気味悪くなってしまった。


「ここに座ってもいい? あれ、君は確か同じクラスの……」突然、安良岡が真弓に話しかけてきた。それもわたしの名前が思い出せないのかよ!おいおい!


「天宮です」

真弓は軽く会釈したが、安良岡の視線はすでに鹿間に移っている。なんて失礼な奴!


「鹿間くんに頼まれていたUFOの絵ができたよ〜。こんなものでどうかなぁ」そう言いながら、太い指で摘みながら何枚かの絵を鞄から出した。


「お〜、これこれ!よく描けてるなぁ」鹿間の声に、真弓もふと覗いてみた。

 へぇ〜、意外と上手じゃない!というよりかなり上手い。


 UFOが山の麓を飛んでいる絵や、突然東京タワー上空に出現して人々が驚いている絵や、たくさんのUFOが折り重なって飛んでいる絵など写真みたいに上手だった。


 それらの中に、変な衣装を着てクルクルッと丸まった口髭を生やし、ムックリと下膨れした変な中年親父の漫画がある。


「何これ?」真弓が思わず訊いた。

「あっ、これ。『ハクション大魔王』って言うんだ。昭和のアニメ。何だか僕に似ていてさ、親近感が湧いてしまって…描いてみたんだ」


(う〜ん、自分をわかっているね!)真弓は思わず、そう言いそうになってしまい、慌てて口を押さえた。


「おぉ、『ハクション大魔王』って知ってるよ。懐かしのアニメ特集とかでやるよな」

鹿間がそう言った途端、安良岡は相当気を良くしたらしい。


「そうなんだよ。壺の中から『呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!』とかさぁ、『アラビン、ドビン、ハゲチャビン』とか呪文言ったりさぁ、有名な台詞が……」

安良岡がボソボソと喋り出した。


(何わけのわかんないこと言ってんのよ)

 あ〜、仲間だと思われたくないからもう退散しよう。真弓は2人に軽く会釈した。


 談話室を出る時に「『闇鬼』調べておくよ。わかったら連絡入れる」という鹿間の言葉を背中で受け止めながら逃げるようにその場を立ち去った。


        ……つづく


(闇鬼は毎月1日、4日、8日、12日、16日、20日、24日、28日に更新予定です)



予告…いよいよ闇鬼が姿を現します。 

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