第48話 「覚悟」④

(何? またお母さんの体を変えようとするの? もうこれ以上、お母さんの体に変なことしないで!)




 真弓の心の叫びも虚しく『ダーク・レディ』の髪の毛の無い部分に黄土色の突起物が百ヶ所以上、膨らみ始めた。

 と突然、火山の硫黄の泡が割れるようにその突起物が破裂した。


 グニョグニョと長い何かが髪の毛の代わりに生えてきた。

 真弓は目を凝らしてジッと見つめた。


(ゲッ!ムカデ……!)


 そうなのだ。『ダーク・レディ』の頭には長さ30cmはあろうかという人差し指サイズの太いムカデの群れがアッチへコッチへと蠢いている。

 

(何でお母さんの頭によりによってムカデなのよ〜!)

 真弓は泣きたい気持ちをグッと抑えた。


「おやまぁ、おまえはムカデが相当好きと見えるねぇ。これはおもしろい! うんと可愛がってあげようかねぇ」

『ダーク・レディ』がせせら笑った。


(じょ、冗談じゃないわ! …さ、殺虫剤はどこよ?)

 キョロキョロする真弓の慌てぶりは『ダーク・レディ』をただ喜ばすだけだ。


 実は真弓にはムカデに対するトラウマがある。


 真弓が3歳の頃、隣りで寝ていた母親の清恵が「イタイ!」と大声で叫んだ。真夜中だった。見ると15cmもあるムカデがグニョグニョと這っている。


 清恵は急いでそばにある雑誌で叩いて殺したが、それからが大変だった。

 ムカデに噛まれたのは手首の動脈部分。すぐに嘔吐と呼吸困難に落ち入り救急車で運ばれる事態になってしまった。

 アナフィラキシーショックが起きてしまったのだ。


 お母さんの苦しむ姿を目の当たりにしてしまった真弓はそれ以後、ムカデを見ると逃げ回っていた。


 真弓の住む八王子は開発が進んでいるとはいえまだまだ雑木林も竹藪も多い新興住宅地なので、ムカデやゲジゲジがたまに部屋に入ってきた。


 剣道場の稽古中にムカデが出ようものなら、一番大騒ぎするのが真弓だった。

 更衣室に殺虫剤を取りにすっ飛んで行く姿に監督も苦笑いで許していた。


「ほぉ、そうかい。そんな過去がおまえにあったとはねぇ…、おもしろい!」

 人の記憶も辿ることが出来る『ダーク・レディ』は頭に生えたムカデをグニャグニャと揺らしながらほくそ笑んだ。


 途端『ダーク・レディ』の頭から100匹以上のムカデが真弓に襲い掛かってきた。

 真弓と『ダーク・レディ』の距離は4㍍以上離れている。その距離を物ともせずにムカデがゴムのように伸びてきたのだ。


 「キャーッ!」

 さっきの威勢の良かった真弓はどこへやら。とりあえず『鬼丸』を右へ左へと振り回しながら、今にも真弓に噛みつこうとして来るムカデを薙ぎ払うので精一杯だ。


「このムカデは特殊な猛毒があるからねぇ。噛まれた肉はあっという間に壊死するよ」


 スパッ、スパッとムカデの頭部や胴体を斬っても、ムカデは何事もなかったかのように再生して真弓に迫ってくる。

 襲ってくるムカデを切り刻みながら、じりっ、じりっと『ダーク・レディ』との間合いが遠くなっていく真弓。


 (ダメだわ!守ってるのが精一杯!何の攻撃も出来ない…)


 そんな焦りが出てきた真弓の背後に「ギギギギッ……」という歯車が軋むような機械音が響いてきた。

 『ダーク・レディ』の頭部のムカデもある一定の距離を取れば真弓まで襲って来れないらしい。


 それではと真弓は警戒しつつも右へ反転しながら、先程の機械音を確かめるためチラッと左を見上げた……。

 その途端、真弓は体中の血の気が引いてしまうような恐怖と絶望に駆られた。


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