第21話 「闇の子」③
「闇の子」「水子」「祟り」……
真弓は霊開寺で見た水子の絵をふと思い出していた。
あの水子たちは血だらけになりながら、真っ暗闇の中を光の射す地上を目指して這っていた。
地上に出たいのは……
お母さんに復讐するため?
産んでもらえなかった恨みをはらすため?
いや、違う。あの水子からはそんな怨念は伝わって来なかった。あの絵からは水子の祟りなんて感じられなかった。
あの絵を描いた人はいったいわたしたちに何を伝えたかったんだろう……。
それに……。妙心さんはわたしたちの将来を占ってくれたわ。
あの時、美香に「お腹を冷やさないように気をつけなさい」って……。
このことだったのね……。
あぁ、そんなことを考えてたら一晩中起きていそうだわ。
しばらく寝不足が続くなぁ、と真弓は大きな欠伸をした。
時間は少し戻る。
今、沢村と宮脇は美香の家から出てきたところだ。
「立花美香は不在でしたが、携帯はやはり紛失していたということだけでもわかって良かったですね」
宮脇がハンカチで襟元の汗を拭っている。夕方だと言うのに、気温が30度以上は確実にある。
「うむ。それよりも立花が友人の天宮の家に向かった、というのが気になる。宮崎にレツ(共犯者)がいれば、次に狙われる可能性が高いのは天宮清恵だ。一人でも巻き添えにしたくない」
2人は、クラウンに乗り込んだ。
「本当にレツはいるんでしょうか?」
宮脇はシートベルトを締めながら、横に乗った沢村を見つめた。
「それはわからんさ。とにかく、宮崎が誰に携帯を掛けたかは、今のところ不明だからな。といって、携帯のデータ復旧や受信先の位置確認証明を待っていたら、次の一手が遅れる。あくまでも、今回は俺の勘で動いているだけだ。権堂さんから許可をもらっていないから、せいぜい動けても2日。この間に、天宮に聞けるチャンスがあったら、聞いてみたいことがある」
「電話の内容ですか?」
宮脇は沢村からいつ発進の合図が出てもいいように、ハンドルに両手を掛けている。
「そうだ。宮崎から電話があったのか。もしあったとしたらどんな内容だったのか。これさえ聞ければ、このヤマの行き先が見えてくるだろう」
そう言って、沢村は人差し指で発進の合図をした。クラウンは、西日に向かい走り出した。と言っても、真弓の家までは3分くらいで到着してしまう。
美香の家の周りと街並みは似ているが、真弓の家は車の中から張れるほど良い停車スペースがない。
クラウンは、真弓の家から十メートルほど手前に停車した。そこは、ブロックに囲まれた1階を駐車スペースに持つ、今時流行りのヨーロピアン風・新築戸建だ。そこのブロック塀に横付けした。
「ここじゃあ人目について、ちょっとマズイですね」
宮脇が肩をすくめた。
西日が向こうに見える山の陰に沈もうとしている。
沢村は太陽が山に沿って光の線になっていくのが気になるらしい。目を細めて眺めている。と思えば、すぐに真弓の家に厳しい視線を送っていた。
「何かドリンクでも買ってきましょうか?」
宮脇が、遠くに見える自販機を指差した。
「おぉ、悪いな。それじゃあ、これで買ってきてくれ」
沢村はズボンのポケットから小銭入れをそのまま宮脇に渡した。
「あっ、別にいいですよ。ジュース代くらい」
「今日は朝からコーヒーばかり飲んでるから、冷えたお茶がいいな」
沢村はそう言って、宮脇に小銭入れを無理やり押し付けた。
「すいません」宮脇はペコリと頭を下げ、ドアを静かに閉めて走って行った。
「あの日も、こんな西日の強い日だったな」
沢村は、ひとりでポツンと呟いている自分がおかしかったのか、誰もいないのに照れ笑いをした。
まるで、誰かが隣に座っているような顔をして……。
その後、沢村と宮脇は交代で眠りながら、ずっと真弓の家を張っていた。
コンビニで買ったサンドイッチの食べ残しのせいで、マヨネーズの香りがほんのりと鼻孔を刺激する。
隣にいる宮脇の寝息は、まるで近くの田圃から聞こえる蛙の合唱に合わせているようだ。
そんな中、沢村は微かな灯りがカーテン越しに洩れている真弓の部屋を凝視していた。
「ごめんね、真弓」
美香に謝られたのは、一晩でもう5回目だ。
「大丈夫だって」その度に真弓はVサインを送っている。
「真琴君、元気になって良かったよ。真琴君は真弓の元気の源だからなぁ」
「マコったら、退院してきてもすぐに家に入らないでジッと地面を眺めているのね。何見てるの?って訊いたら『蟻の行列を見てるんだ』って。別に珍しい光景じゃないし、早く家に入りなさいって言ったら『蟻たちは、一粒一粒穴から砂を運んでるんだよ。雨が降って、穴が埋まっちゃうとまた掘るんだ。ぼく、ずっと観察してたから知ってるんだ』だって。わたし、気にもしてなかった」
真弓は、腹這いの格好で両手を枕の上に組んで顎を乗せた。
「小学生、それも低学年の時って、何でも新鮮に見えるよね。わたしもそんな頃があったのかなぁ」
美香は枕に片手を伸ばして頬を乗せて、真弓の方を向いている。
「それでね、こんなこと言ってた。『蟻たちは、偉いんだよ。絶対にあきらめないんだ。それに力持ちだよ』って。
何だかマコったら、蟻と自分を比較しているような気がしてさ。蟻みたいに元気に働けるようになりたいって思っているのかなあって」
「大丈夫よ。真琴君、あんなに元気になって戻ってきたじゃない。良くなるって!」
美香の言葉を後押しするように、蛙の合唱が凄まじい。
「そうよね、大丈夫よね」そうは言うものの、やはりラウラに言われた一言が気になってしまうのだ。
(真琴が心臓の奇形?あと3ヶ月の命?)
まさか!
「真弓、さっき変なこと言ってたね。わたしから、携帯が来たって。ホントにわたしの声だったの?」
真弓は、美香の方へ向き直りコクリと頷いた。
「昨日の朝、コンビニへさっき見せたパンフのコピーしに行ったのね。その時は、確かに携帯あったんだけどさ。家に帰ったらなくなってて。こりゃコンビニで落としたかなって思って、すぐ戻ったんだけど、なかったんだ。拾った人が、いたずらしたんだね、きっと。ムカつく!」
(だったら、いいんだけど)
真弓は心底そう思った。もし、あれが『闇鬼』が憑依していた犯人からのものなら、それこそ気味が悪い。
何のために、わたしに携帯を掛けてきたの? わたしにあの残酷な場面を見せるため? ……そういえば、犯人は叫んでいたわ。『見つけた』って。だれを? わたしのこと? あ~、ラウラが来てくれたら、訊けるんだけどなぁ。そもそもラウラと言う存在が、わたしに見えるっていうのがおかしいのよ。
もしかしたら、わたしって霊能力者?
「真弓。ねぇ、真弓。どうしたの? ボーッとしちゃって。私の話、ちゃんと聞いてる?」
目の前に尖がった口をさせている、美香の顔が飛び込んできた。真弓は思わず吹き出してしまった。
「なに人の顔見て笑ってんのよぉ」
美香がいきなり、脇腹をくすぐってきた。
「キャー!」敏感な真弓には堪らない。
「シーッ!」2人して、人差し指を唇にあてて、肩を震わせた。
丁度その頃、沢村の携帯が振動を始めた。
「はい、沢村です。……いえ、いえ、まだ寝てませんよ。わかり次第、電話が欲しいと言ったのは、わたしですから。……はい。はい、そうですか。わかりました。わざわざ、ありがとうございました」
沢村は、フッと溜息をついた。宮脇が何事かという顔で目を覚まして、沢村を見ている。
「今、連絡が来た。基地局アンテナが中継した宮崎の通話電波は、美花山地区方面の基地局アンテナに向かって発信されたそうだ。範囲としては、一辺2〜3キロの扇形になるが、この中に天宮清恵の家が含まれることは確かだそうだ。いよいよ宮崎が携帯を掛けたのは、天宮の家という公算が高くなったな」
してやったりという顔の沢村は、欠伸を必死で押し殺している宮脇に向かって、もう少し寝ていろと目配せした。
(闇鬼は毎月1日、4日、8日、12日、16日、20日、24日、28日に更新予定です)
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