第29話 「闇鬼・外伝」
「ご主人さま、ご主人さまぁ! メールが1件届いてマチュよ〜」
イギリスに行っている鹿間の部屋にメールお知らせロボット・メルルの甲高い声が響き渡った。
UFOやネッシー、百鬼夜行のポスター、フィギュアなどが理路整然と飾られている部屋。
そんな不気味な部屋のベッドにかわいそうなくらいにそぐわない女の子のメール・ロボットのメルルがちょこんと鎮座している。
鹿間にメールが送信されると、メルルの大きな瞳から真っ白な襖に向かってメール内容が投映される仕組みになっている。
いつもなら鹿間は机で調べものをしながら、襖に映し出されたメールを読むのだが、当の鹿間は不在だ。
「ご主人さま、ご主人さま! メールの投映を開始しまチュ、開始しまチュ…」
主人がいない部屋の襖にメールが映し出されていく。随分と長い文章だ。いったい誰からだろう。
差出人は「
さてどうしたものか?
まぁ、
はじめまして。わたくし、細々と落語を生業にしております奇怪亭霊生と申します。
鹿間様が霊開寺をお調べになっていると人づてに知りまして、何かのお役に立てればと思いメールさせていただきました。
実は私、
霊開寺に行ったことがございます。
あれはもう40年以上も前になりますか。
真打ちにはなれず、後輩には先を越されて悔しい思いを致しまして、もう駄目だとアテもなく家出を致しました。
まだ新幹線もない当時。鈍行列車を乗り継ぎ京都に辿り着いた次第です。
フラフラと商店街を歩いておりましたら、いやはや、どういうわけか突然鬱蒼と木の生い茂った山の中におりまして……
まるで狐につままれたようだと、辺りを見廻しますと古いお寺がございました。
「霊開寺」と書いてございます。
喉も大変渇いておりましたので、水を一杯いただこうと山門をくぐりました。
(ここからは霊生さんの話し言葉で…)
するってぇとね、目の前に美しい尼さんがいらっしゃるじゃありませんか。
歳の頃は40前後。透き通るような純白の法衣を纏ってらっしゃる。
肌がすべすべで、お日さんに当たったことがないんじゃねぇかというくらい真っ白なお肌でしたねぇ。
妙心尼さんとおっしゃってました、はい。その妙心尼さんがね、あっしの落語が聴きたいって言うんですよ。
いやぁ、びっくりしましたね。あっしは自分が落語家だなんてこれっぽっちも言ってねぇのに、職業を当てられちまって。
話し方を聞けばわかりますよ、なんておっしゃるもんですからね、こんな話し方は八百屋でも魚屋でも一緒でござんすよ、ってお話したんですがね。
そのあと本堂に通されまして、お水を一杯頂戴したあと「
妙心尼さんは、何の反応もされずに、あっしはちょっと落ち込みましたがね。
するってぇと、唐突にこんなお話をなさいました。
「この『霊開寺』は、織田信長の時代に『
当時は戦さが多く、それでなくても人々の暮らしが苦しかったところに、夜盗がのさばり人々は安穏な生活を送ることも儘ならなかったのです」
妙心尼さんの優しいその声は子守唄のようにあっしの心に沁み渡り、まるでゆりかごに揺られる赤ちゃんになったような気分になっていきやした。
しかし、それからなんです。妙心尼さんの世にも奇妙な話が始まるのは…。
人心を乱すには、必ず何かの理由がある。と言って立ち上がった「時刀三郎國光」は、ある日、村を襲いに来た夜盗をたった一人で蹴散らし、深手を負った夜盗の後をこっそりつけて行った。すると、その夜盗は古井戸に入っていくではないか。
國光も急いで後を追った。暫く真っ暗でジメジメした道が続き、辿り着いた場所には…。
頭から二本の角を生やした鬼たちが、ガリガリに痩せた人々をこん棒で追い掛け回している地獄の世界が広がっていた。
人々を真っ赤な血の池に落としている鬼。
何処までも続く針の筵を無理矢理歩かせている鬼。
そして、お互いの首をのこぎりで切り刻んでいる人々。
脳みそや内臓をむしりとっている人々。それをまた鬼たちに無理矢理食べさせられている人々。
鬼たちに残虐な仕打ちをされている人々は、夜盗や人殺しをしてきた人たちだった。
なぜ現世で人々をもっと苦しめてこなかった!殺してこなかった!と鬼に責められているのだという。
ここは地獄の奥の奥…『闇地獄』通称『
この闇鬼界で鬼たちに見つかってしまった國光は手足をもぎ取られ食べられそうになった。その時、闇の中から一筋の光が降り注ぎ國光は光に包まれ救われたのだという。
その光は、國光にこう言った。
『あなたが見たこの闇鬼界の出来事を忠実に描きなさい。そしてこのことを世に広めなさい。あなたは人々を救う役目をするのです』と。
國光は、闇鬼界の中で10年暮らして、地獄絵を完成させ霊開寺に奉納したといいます。井戸から出てきた國光はあの世とこの世をつなぐこの井戸を封印したそうです。
それでね、その井戸は、まだ『霊開寺』にあるそうですが、見ることは叶いやせんでした。
でね、妙心尼さんは、あっしにいま聞いた話を参考にして落語家を続けろ!なんておっしゃった途端にあっしの背中を「パァーン!」と叩いたと思ったら、あっしは元の商店街に突っ立ってやした。
私は急いで帰り、地獄落語などという創作落語を作りましたら、これが受けまして何とか真打ちにも昇進することができました。
血の池ではなく、ウンコの池に落とされた、などと汚いことを言って笑っていただきながら細々と落語家を続けている次第でございます。
これもすべて、妙心尼さまのおかげと感謝しております。
その霊開寺を通じてこの度、鹿間様と出会ったのも何かの縁。
いつの日かお会いして、今ではご高齢になられていると思われる妙心尼さまの話で盛り上がろうではありませんか。
それでは、鹿間様の今後益々のご発展を祈念して、失礼致します。
霊生翁より
闇鬼・「賽の河原の
(闇鬼は毎月1日、4日、8日、12日、16日、20日、24日、28日に更新予定です)
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