第54話 「覚悟」⑩


「もう少し可愛くなりなよ、ありがとうございます!ってさぁ」

『ダーク・レディ』が少し口を結んだら、グルグル巻きにしている舌が真弓の体を締め付け始めた。


 真弓が苦悶の表情を浮かべた。



 その時だ!


「ドスン!」


「グサッ!」と何かを切り裂く音がしたかと思うと『ダーク・レディ』の舌が真ん中から切断されている。


 ちょうど真弓を締め上げたところだったので『ダーク・レディ』は勢い余ってよろめいた。


 舌を切断したのは、沢村だった。床に転がっている『鬼丸』を拾った沢村は、気持ちよく喋っている『ダーク・レディ』に悟られないように『鬼丸』を思い切り振り上げて舌を切断したのだ。


(天宮はこんなに重い刀で戦っていたのか)一瞬、沢村の脳裏にそんなことが過った。

 体中が痛くて『鬼丸』をとても真弓に手渡すことが出来ない。


「天宮、受け取れ!」沢村は叫ぶが早いか『鬼丸』を真弓の足元に滑らせた。


 舌が緩んだ真弓は『鬼丸』を受け止めようとしゃがみ込む。

『鬼丸』はまるで生きているかのように、真弓の右手に収まった!と同時に天色の光を放ち『ダーク・レディ』によって貫通された右手甲の傷も塞いでくれた。


「このクソ野郎!」

『ダーク・レディ』は、道場が震えるような大声を発したかと思うと、目にも止まらぬ速さで回し蹴りを沢村に浴びせていた。


 沢村の体は、あっという間に空中に飛んだ。

 すると、どうしたことか道場の板塀にぶつかることなくフッと姿を消してしまった。

 まるで異次元空間に吸い込まれて行ったかのように。


「沢村さん!」

 真弓は叫ぶと同時に、回転しながら『鬼丸』を上段に構え『ダーク・レディ』に向かって一太刀浴びせた。


「グォォォォッ!」


『ダーク・レディ』の右肩がパックリと割れた。

 さすがの『ダーク・レディ』もこれには、顔色が変わった。


「ま、まさかおまえは……」


 すぐに斬られた傷を再生するものの『ダーク・レディ』の顔の肉が粘土細工のようにグニャグニャと動き出した。

 そして、あっという間に四十代の清恵に戻ってしまった。

『ダーク・レディ』には、若さを保ち続ける精気がもう残ってなかったようだ。


 尚且つ、今まで戦っていた筈の剣道場も無くなり、いつもの寝室に戻っている。


「まさかおまえは、母親のわたしを斬るって言うんじゃないだろう?」

『鬼丸』を上段に構えた真弓は、無言で『闇鬼』を見据えている。


「わたしを見てごらん。おまえの母親だよ。まさかその母親を斬るなんて言わないでおくれ」




 ラウラと宮脇は寝室にやっと戻って来た真弓と清恵の姿を確認出来てホッとする筈が、2人に一体何があったのかさっぱりわからず、困惑している表情だ。


 真弓は無言のまま「霞の構え」に移行して、ジリッ、ジリッと間合いを詰め始めた。


『闇鬼』が叫んだ!

「ラウラさん、宮脇さん、お願いです。真弓を止めてください! 真弓は『闇鬼』に私がまだ取り憑かれていると思っているんです」


「真弓さん! お母さんを斬っちゃダメだ! 今の状態では正当防衛にもならないぞ!」

 宮脇が叫んだ。


 でもラウラは言い放った。

「母さんが何でオレの名前を知ってるんだ!真弓、油断するな!」


「チッ!」

 闇鬼が舌打ちをした。

(畜生! ここまでだ! こうなったら宮脇に乗り移ってやる!)

『闇鬼』は右手の爪を一瞬で伸ばし、清恵の頸動脈を斬った……

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