第55話 「覚悟」⑪

「チッ!」

 闇鬼が舌打ちをした。

(畜生! ここまでだ! こうなったら宮脇に乗り移ってやる!)

『闇鬼』は右手の爪を一瞬で伸ばし、清恵の頸動脈を斬った……



 かに見えた…。


 が、真弓の一太刀が速かった。刀身が届かなくても『鬼丸』の波動で『闇鬼』の爪はスッパリと斬られていた。


「ねぇ、闇鬼さん。往生際が悪いよ。『鬼丸』はね、空を斬っただけで、その波動で遠く離れたものも切断できるの。もう、あんたはここでお仕舞い。ジ・エンドよ!」

 真弓の口調はまるで『闇鬼』を見下しているようだ。


「俺を斬ったらどうなるかわかっているのか?俺はすぐに次の人間に乗り移る。清恵は死んでも、俺は永遠に死ぬことはないんだぜ」


「そんなことはわかっているわ。わたしはおまえを殺さない。わたしの家族を……、お父さんも真琴も簡単に殺し、お母さんの体まで奪ってしまったおまえをそう簡単には殺さない」


 真弓の顔がみるみる赤くなってくる。

「おまえは憑依した体が死ななければ、次の相手に乗り移ることができないんでしょう?だから、殺さない。生きながら地獄の苦しみを味わわせてあげるわ」


「真弓!まさか、おまえは……」

 後ろでラウラが叫んだ。


「お兄ちゃん、それ以上言わないで! 『闇鬼』が二度と悪いことができないように、両手両足を切断する。どう? さすがの『闇鬼』もそんな体になってしまっては、悪い事どころか死ぬこともできないでしょう」


「馬鹿な! おまえがそんなことをする前に、隙を見て俺は喉笛を掻き切って次に乗り移る相手を探すさ」

『闇鬼』の声が、皺枯れた声に変わった。


 それを聞いた真弓は笑い出した。

「さっきの『鬼丸』の波動を忘れたの? おまえが喉笛を掻き切る前に、今度は爪ではなく、その腕を切断してあげる」


 その途端、リビングでドシンと音がした。恐怖のあまり、宮脇が腰を抜かしたのだ。

「あっ、宮脇さん、お願いがあるの。早く救護班を呼んで来て! もうすぐ、両手両足を切断された女が、ここに転がるわ。早く手当てをしないと、出血死してしまうことになるのよ! そうしたら『闇鬼』が出てくるでしょ!」

 真弓が『闇鬼』から目を離さずに叫んだ。


 宮脇が慌てて、リビングから出て行く音がする。

(よしっ、これで大丈夫!……さあ『闇鬼』さん、どうするの? あなたに残された道は、ひとつしかない筈よ)




 真弓と『闇鬼』の睨み合いが続いた。当然、瀕死の状態のラウラに為す術はなかった。

 突然『闇鬼』が高らかに笑い出した。


「カッカカカ……。おまえ、俺よりも残酷な奴だな。気に入った。俺はそういう惨忍な人間が出てくるのを待っていたぜ!」


『闇鬼』は実に嬉しそうだ。

「これだけ惨忍な性根のおまえに乗り移れば『鬼丸』も手にすることが出来るだろう」


『闇鬼』がそう言った途端、清恵の体のすべての毛穴から黒い霧が噴き出した。その細かい粒子は、空中で渦を捲き、あっという間に真弓の体を包み込んだ。


「し、しまった! あいつ、闇の力が半減するのを知っていながら、真弓に乗り移りやがった!」ラウラが叫んだが、遅かった。


「キャアァァァァァ!」


 真弓の断末魔のような叫びが部屋中に響き渡った。


 天色〈あまいろ〉の光が真弓から発せられて、やがて体全体を包み込む。

「シュウゥゥゥゥゥゥ……」という、花火の燃えカスが消えかかるような音と共に『鬼丸』を握ったまま、ダランと両腕を下げている真弓がいた。

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