第53話 「覚悟」⑨


 一瞬、感傷的になっていた真弓はすぐに「霞の構え」のまま臨戦態勢に入った。

 『ダーク・レディ』は今度は一体、何をする気か?




 今までの戦い方から『ダーク・レディ』は何をするかわからない。

 真弓は「霞の構え」を「八相の構え」に切り替えた。


「八相の構え」とは、やや斜め正面を向きながら、右バッターがバッターボックスに立つような構えだ。


 この構えは腕が疲れにくい利点がある。

『ダーク・レディ』の次の攻撃がわからないため、真弓の咄嗟の判断だ。


 すると『ダーク・レディ』はブランと下げていた腫れ上がった両拳をいきなり天井に向けたではないか。

 鉄パイプのように太くなった10本の指から爪が天井に向かって発射された。

 爪が伸びたのではない。まさに分厚くなった爪がロケット弾のように発射されたのだ。


 天井まで届いた長さ2㍍程の太い爪は弧を描きながら真弓目掛けて落下してくる。

 一度に10本が落ちてくるのだ。真弓は避け切れるのか?


 しかし、おかしな現象が起きた。太い10本の爪はまるで真弓と『ダーク・レディ』を隔てるように横1列に並んで「ダン!ダン!ダン!……!」と床に突き刺さったのだ。

 真弓から見たら目の前に鉄格子が出来たようだ。あまりの出来事に惑わされ『ダーク・レディ』の動きを見失った。


(うそっ!目の前に『闇鬼』がいない!)

 慌てる真弓!


 その時、空気の流れが変わった。

 上だ!


 真弓が気がついた時にはもう遅かった。

『ダーク・レディ』は真弓の真上にいる。そして、一瞬にして『鬼丸』を握っている真弓の右拳の甲を長い舌で貫いた。


 あまりの痛さに『鬼丸』を離してしまった真弓!

 ドスン!と床に落ちる『鬼丸』を拾う間も無く、即座に降りて来た『ダーク・レディ』から長い舌が伸びてきて、真弓をグルグル巻きにしてしまった。


「アッハッハッハ……!どうだい、気分は?『鬼丸』が無ければこっちのものだよ!」


 真弓と『ダーク・レディ』の距離は4㍍ほどあるのだろうか。

 『ダーク・レディ』は勝ち誇るように腕組みをして微笑んだ。


「さぁて、その若くて威勢のいい体に乗り移ろうかねぇ。……そうそう、その前に教えてやろう。おまえが来る前に清恵に乗り移ったわたしは暫く人間の生活を送るつもりだった。冷凍にしたおまえの親父と真琴を私の操り人形にしてねぇ。おまえも奴隷のようにこき使うつもりだった。そしてまず手始めにこの地域を私たちの仲間でいっぱいにしようと考えていたのさ」


 真弓は歯を食いしばって聞くしかなかった。


「そうしたら、おまえが『鬼丸』なんかをわたしに突き付けるものだから、正体がバレた。癇に障ったんだよ! おまえが! こんな生意気な小娘、ジワジワと殺しちまった方がいいと思った。それが間違いだったよ。まさかこんなに威勢のいい小娘だったとは…」


『ダーク・レディ』は真弓を睨み据えながら話を続けた。


「だから、わたしがおまえに乗り移ってやるよ。光栄に思うんだねぇ。永遠の命が手に入るよ。と言ってもおまえの思考は無くなるけどね、アッハッハ……!」


「おまえみたいな化け物に誰がなるか! 舌を噛んで死んでやる!」

 真弓がそう叫んだ途端『ダーク・レディ』の左手の人差し指が空を切った。

 すると真弓の口が閉じたまま喋れなくなってしまった。


「もう少し可愛くなりなよ、ありがとうございます! ってさぁ」

『ダーク・レディ』が少し口を結んだら、グルグル巻きにしている舌が真弓の体を締め付け始めた。


 真弓が苦悶の表情を浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る