第52話 「覚悟」⑧


 真弓の右手は『鬼丸』を握ったまま背中に構え、左手は体の正面で左拳の人差し指と中指を真っ直ぐに伸ばし、祈るような型をとった。


 剣道にこんな構えはもちろんない。まさに『鬼丸』を持つ真弓だけが編み出した「前後不動の構え」だ。




『ダーク・レディ』はすでに肩で「ハァー、ハァー…」と苦しそうな息をしていた。

 (まずいことになったねぇ…。清恵の体が悲鳴を上げ始めた…)


『ダーク・レディ』の闇細胞と清恵の細胞が融合するのには最低でもあと1日は必要だったのだ。今まで瞬殺で相手を倒していた『闇鬼』にとって、まさか真弓との戦いがこんなにも長引くとは予想もしなかっただろう。


 もしもの時にと、沢村の胸に足を乗せて、沢村の精気をエネルギー源として体の中に取り込んではいたのだったが…。


(どんなに若い肉体に変身しても、細胞まではすぐに若くならないとはねぇ。誤算だったよ。…あぁ、やはり若い体が欲しい…)


『ダーク・レディ』は、ジッと真弓を見据えた。『ダーク・レディ』は真弓の体が欲しくなったのだ。


 だが、真弓が『鬼丸』を持っている限り憑依することは出来ない。憑依したとしても『鬼丸』の効果で体中が焼け爛れて闇細胞まで溶けて無くなってしまうだろう。


 真弓は真弓で「前後不動の構え」を崩さないまま、母親を救う方法を必死に考えていた。しかし、そう簡単に良い案が浮かぶ筈もない。


(どうしよう? どうしたらいいの? どちらかが倒れるまで、ただただ戦い続けるだけ……? ここにはお兄ちゃんもいない。……相談も出来ない……。この『鬼丸』で『闇鬼』を封印する方法もわからない……)


 そんな考えを巡らせていると、急に『鬼丸』を握っている柄が熱くなってきたではないか。

 真弓は何かを感じた。


 ゆっくりと体を右側に向けるため、左足をジリッジリッと前に移動した。『鬼丸』を握っている右手を右肩まで持ってきて、切っ先を『ダーク・レディ』に向けた。

 左手は祈りの型を解いて、スッと柄の末端を握る。

「霞の構え」だ。防御力も上がり、相手の両目を狙うのに適した構えだ。


 そして、真弓が「霞の構え」に切り替えたのには理由がある。『鬼丸』が何かを伝えようとしているのを感じたからだ。

 『鬼丸』の言葉を聞くために、刀身がよく見えるように「霞の構え」にしたのだ。


 しかし『鬼丸』は何も語らなかった。代わりに刀身が切先から刃先に…真弓へ向かって何度となく明滅している。


 真弓に何を伝えようとしているのか?しばらく考えていた真弓の顔色が青ざめた。

 やはり、それしか方法はないのだと自分を納得させるのに時間は掛からなかった。


(お母さん……、ごめんね。やっぱりこの方法しかないみたい……)


 まだ『ダーク・レディ』との戦いの最中だというのに、真弓の目頭が熱くなってきた。

泣くのを必死で堪えた。


 そんな真弓をイライラとした眼差しで睨みつけているのは『ダーク・レディ』だ。


 (なんだい、あの娘! 急に涙を浮かべて! わたしに負けるってことがやっとでわかったようだね)


『ダーク・レディ』も考えていた。どうやって真弓から『鬼丸』を奪って、体に乗り移ろうか……と。

 

(ふん、考えることでもない。簡単なことだ。さっさとやっちまえば良かったよ)


『ダーク・レディ』は「ふんっ!」と鼻で笑って、両腕をブランと下げた。するとみるみるうちに両拳が野球のグローブのように腫れ上がってきたではないか!


 一瞬、感傷的になっていた真弓はすぐに「霞の構え」のまま臨戦態勢に入った。

『ダーク・レディ』は今度は一体、何をする気か?

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