第7話 「妖児・ラウラ出現」④


 真弓はほんの少し恐怖を感じた。この子……人間じゃない……かも、と。

 夢なら早く覚めて欲しいと思った。


「狙ってるのは、闇鬼っていうこえぇ奴だ」

 真弓に息を吹きかけるようにラウラは話す。真弓は思わず「オエッ」と吐きそうになってしまった。息の臭さは尋常ではない。


「きみ! 息が最高に臭いよ!ちゃんと歯〜磨いてる? もしかして、ニンニクばかり食べてるんじゃないの!」


 酷い口臭は、歯を磨いても治らない。食生活から改めなければ、いつまでもお腹の中から臭ってくるんだと、保健体育の時間に習ったことを思い出した。


「俺、歯は木の枝で擦ってる」

「エ〜ッ、木の枝〜?」真弓は呆れた。

「それに、ニンニクって食べたことない。いつも子供の肉、食ってる」ラウラの言葉に真弓は青ざめた。


「子供の肉……って、牛とか豚の子供のこと? ……まさか……」そこまで言って次の言葉を呑み込んだ。

「うん、そうだ。真弓がいま思った通りだ。人間の子供の肉、生で食ってる」


 ヒ〜ッ!真弓は失神しそうになった。やっぱりこいつは人間じゃない!お化けなんだ!

 とは思うものの、ちょっと待てよと真弓は冷静に考えた。そもそもお化けがわたしの前に現れる確率がどれ程あるのか。


それに、人間の子供を生で食べるですってぇ〜。そんなことしたら、殺人よ!犯罪者なのよ!子供の親が捜索願いを出すでしょ!警察だって黙っているわけがないわ。マスコミがすぐに騒ぎ出す!


 ハハァ〜ン、この子、わたしを脅かそうって魂胆ね。そうは問屋が降ろさないわよ!わたしは剣士なんですからね。冷静な判断ができなくては、試合に負けてしまうのよ!


「君ねぇ、そんなことを言ってお姉さんを脅かそうとしても無駄よ! ぜ〜んぜん怖くないんですからね!」

「別に、俺、真弓を脅かそうなんて思ってないよ。ホントのこと言っただけだぁ」ラウラは、凹んだ方の頭をボリボリと掻いた。


「まぁいいわ。『金縛り』のマジックが解けたら、じっくり可愛がってあげるから! ところで君、さっきヤミ何とかっていうのから、わたしたちを守ってくれるって言ってたけど……?」ラウラはコックリと頷いた。


「ヤミ……何とかって何?」真弓の問いに、ラウラはちょっぴり小首を傾げた。お化け?にしては、なかなかカワイイ素振りだ。


「闇鬼っていう、すごく悪くて強い奴。これからもっと強くなる。もっと強くなりたくて、ここに来る」

「もっと強くなりたくて、ここに?」真弓はラウラの言っていることが呑み込めなかった。


「もしかしたら、真弓たち3人殺される」

ラウラは、すごく怖い顔になった。きっとラウラが真剣な顔になると、醜い顔が怖い顔になるのだろう。


「わたしたち3人? わたしは4人家族よ。3人じゃないわ」

「1人、先に死んでる」ラウラは冷たく言った。

「1人、先に死んでる? って……、まさか……わたし?」真弓は、自分がラウラに食べられてしまうのではないのか、という恐怖が再び甦ってきた。次の言葉を聞くまでは。


「ちがう。真琴。真琴が死ぬ」

「ま、真琴? マコが死ぬですって? な、何で?」真弓の顔からみるみる血の気が引いた。


「真琴は、ここが悪い」そう言って、ラウラは自分の右胸を指差した。

「心臓のこと?」

「そう。真琴は心臓の奇形……」


暗がりにラウラの互い違いの指が、胸の前でクルクルと回っているのが見える。

「心臓の奇形って……? 何できみにそんなことがわかるのよ?」

真琴が心臓の奇形とは初耳だ。


「オババが言ってた。人間の持ってる道具では見つからない奇形。あと3ヶ月で死ぬ」

 真弓は次の言葉が出てこなかった。あのマコが死ぬ?それもあと3ヶ月で……? そりゃ心臓が悪くて今日も救急車で運ばれたけど……。


きっと治るって信じてる。家族みんなで信じてる。それなのに、あと3ヶ月で死ぬですって! 笑わせないでよ! もしそうだとしたら、わたしの全国大会の時にマコはいないっていうことじゃないの!

 ふざけないでよ!


「真弓がいくら死なない思っても、真琴は死ぬ」ラウラは、真弓の苦しみを無視するかのように冷たく言った。

「ふざけないでよ!」真弓は怒りが込み上げてきた。


「寿命、決まってる。オババ言ってた」

「ふざけないでよ!」真弓はラウラを睨みつけ、今度は少し大きな声で言ったので、ラウラはびっくりして蛙のように、しかし今度は後ろにピョ〜ンと飛び退いた。そして呟いた。


「仕方ない。死ぬもんは死ぬ」ラウラがそう言った途端だった。

「ふざけんな!この野朗!」

 大声で叫ぶなり、真弓は力任せに枕をラウラに投げつけた。


「バタン!」「バサッ!」

 丁度部屋のドアが開き、父の勝彦の顔面を枕はとらえた。

「オオッと。どうしたんだ?帰ってくるなり、大した歓迎ぶりだな」勝彦は枕を抱えている。


「おまえの声がしたから心配で覗いてみれば、いきなり枕を投げつけられるとは思わなかった」

勝彦は怒ってはいない。むしろ、どうせ寝ぼけたんだろう、と笑っている。


 真弓は唖然とした。ラウラに向かって投げたのにラウラがいない。消えてしまった…。それよりもなによりも『金縛り』が解けた。良かった!安堵の表情が広がった。


「安心しろ。真琴は病院で先生に診ていただいたら落ち着いた。今は点滴を打っているが、2、3日で退院出来そうだ」

暗がりに勝彦の優しい顔が映えた。


「ホント! 良かった!」真弓はそう言っていつの間にか溜まった涙を指ですくい上げた。

 勝彦はそっと枕元に座って、真弓の頭を撫ぜた。天宮家では真琴が病弱なせいもあってか、みんなが本当に一つになっていた。


「マコは死なないよね」真弓は勝彦を見上げて、また涙を拭った。

「大丈夫!死ぬわけがないだろう」勝彦がニッコリ笑っている。


 そりゃそうだ。あのマコが死ぬわけがない。とんでもない夢を見た。真弓はそっと胸を撫で下ろした。


「それより早く寝なさい。明日は終業式だろう」勝彦が立ち上がりながら言った。

「うん」

「お母さんは今夜は病院に泊まってくるからな」

「うん」真弓は頷いた。


「さっきはごめんね。寝ぼけてしまって。……枕」真弓がそこまで言うと勝彦

(いいよいいよ)という風に片手を振りながら、ドアをそっと閉めた。


 また静寂が訪れた。ふと真琴のやさしい顔が過ぎっていく。

 真弓はラウラと遭っていたことがまるで夢であったかのように、闇に吸い込まれるまま深い眠りについていった。


       …… つづく


(闇鬼は毎月1日、4日、8日、12日、16日、20日、24日、28日に更新します)

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