第40話 「闇鬼・第3次遭遇/英国からのEメール」④

(ごめんね、お母さん。こんなことしたくないんだけど、どうしてもお母さんが『闇鬼』じゃないっていう証拠が欲しいの)


 真弓の気持ちが罪悪感に包まれた瞬間だった。清恵が、この世の物とも思えないような目で真弓を睨んだのは。


「ぎゃあぁぁぁぁ!」


 真弓が沢村から受け取った紙包みを、テーブルの下から清恵の足に向かって押し付けた途端、清恵はまさに断末魔の叫びを上げて床に倒れ伏した。

 その姿を凝視した真弓と沢村の体中に戦慄が走り、何とも表現の仕様がない焦燥感に苛まれた。


「やっぱり……、お母さんの体は『闇鬼』に憑依されていた」

真弓の目に一瞬にして涙が溢れた。

「でも、お母さんの体を支配していた『闇鬼』は、その刀に封印されたんだろう?」


 涙を拭いながら、真弓は頷いた。

「ダツエバさんは、わたしの家に……『鬼丸』という刀を授けてくれたんです」

真弓の口が重そうに開いた。


「わたしが、ラウラの住む世界から戻って来る時に『鬼丸を使え!守ってくれる』って叫んでいたんです」


 あの時、真弓は『妖刀・鬼丸』を父の勝彦に授けてくれた老婆が、奪衣婆だと知ったのだ。しかし、その『鬼丸』をどのように使ったら良いのかまでは、わからなかった。


 そこへ上手く答えを導いてくれたのが、鹿間のメールだった。真弓はそのメールを読んで、さっき車から降りる時に、沢村に囁いたのだった。


「母の部屋から『鬼丸』という刀を持って来て下さい」と。


 二人は、倒れている清恵を呆然と眺めていた。『鬼丸』を押し付けられた清恵の足は、まるで火炎放射を浴びたように無残に焼け爛れている。


「『闇鬼』は、その刀に封印されたのか?

沢村が、倒れている清恵から目を離さないように、気を配りながら再び聞いてきた。


「だと思うんですけど……。わかりません。でも、こんなに威力があったなんて……」

真弓は、紙包みにくるまれたままの『鬼丸』に見入った。


「いけない!お母さんを看病しなくちゃ」

『鬼丸』をテーブルに置いて、氷を取りにキッチンへ行こうとした時だ。


 真弓の足首を清恵がグッと掴んだ。吊り上った目が、真弓を捕らえている。

 その形相は、すでに清恵ではなかった。恐怖で真弓は、何も言えなくなってしまった。


「おまえの家に、まさか『鬼丸』があったとはなぁ。想定外だったよ」


 しわがれた声を発しながら、真弓の足首を離して、清恵に憑依した『闇鬼』が立ち上がった。


「俺の弱点は、その通り『鬼丸』という刀だ。俺には『鬼丸』が見えない。『鬼丸』の『気』も伝わってこない。だから、ここに『鬼丸』があったなんて事がわからなかったのさ。だが、おまえらは使い方を間違えたな。そんなことでこの俺様を封印するなんて、できねぇよ!」


 姿かたちは清恵なのに、出てくる声はしわがれたものだった。真弓は、沢村の元へ行こうとしたが、体が動かない。『闇縛り』だ!沢村も、上半身をもがいてはいるが、動けないらしい。


「鹿間というガキが、余計な入れ知恵をしたらしいな。どれ、おまえの携帯を見せてみな!」


 そう言ったかと思うと『闇鬼』は、棒立ちの真弓に向かって右手を伸ばした。すると、真弓のポケットから携帯電話が飛び出して『闇鬼』の手の平にスッポリと納まった。


『闇鬼』は、器用な手つきで携帯のメール受信フォルダを開いていく。中味は『闇鬼』でも、体は清恵なのだ。真弓は悔し涙が浮かんできた。


「何々?……イギリスの『デーモン研究グループ』が、日本の悪魔についても調べていたので、メールします。このグループは『闇鬼』という日本の妖怪についても記述しています~」


 『闇鬼』がニヤニヤしながらメールを読み始めた。いや、薄ら笑いを浮かべながら読んでいる顔は…清恵なのだ。


「俺様が、日本の妖怪だと~?ふざけんな!クズと一緒にするな!」


 そう言った途端に清恵の口から赤い蒸気が吹き出した。


「それになぁ、俺様は、人間より高等なんだよ! 俺の仲間は世界中にいるんだぜ!」


『闇鬼』が、そう言って大きな声を出した途端、家中が震え出した。


『闇鬼』は歯軋りしながら、鹿間のメールの続きを読み始めた。


「日本で大きな戦さが耐えなかった時代に『時刀三郎國光ときとうさぶろうくにみつという武士が、地獄を旅した話があった。地獄の世界では『闇鬼』という鬼が、地上に自分たちの世界を作ろうとしていたんだ。國光は、残酷な地獄の世界を絵に残すと同時に『賽の河原』に流れる『三途の川』の水を使って、一本の刀を打った。それが『鬼丸國光』だ。この刀は『闇鬼』を封印する力がある。この刀を「闇鬼』にくっ付けるだけでいいらしい。『闇鬼』はこの刀に吸い込まれる……だと~」


 清恵が口が裂けるくらいに大声を上げて笑いだし、憐れむような顔で真弓と沢村を見つめた。


「それで、おまえはこの俺に『鬼丸』をくっ付けたというわけか? くだらねぇ! 俺がこんなものでやられるかよ! 見てみろ! 俺は何ともねぇじゃねぇか。おまえの母親の体が、ちょっと火傷しただけよ。それになぁ、こんな傷、すぐに治っちまうんだぜ」


『闇鬼』はそう言って、ケロイド状になった足首に右手を翳した。すると、あっという間にきれいな肌に戻ってしまった。そして、真弓の携帯をいとも簡単に「グシャッ!」と握り潰した。


「だが『鬼丸』は、使い方によっちゃあ確かに俺様にとっては、目の上のたんこぶだ。仕方ない。おまえの手の届かない場所……。警察の金庫にでも、入れとくか」


 歯軋りをしながら『闇鬼』がパチンと指を弾いた。すると、リビングに何処からともなく宮脇が入ってきた。


(宮脇さん!)


(宮脇!)


 動けないながらも、真弓も沢村も歩いてくる宮脇を目で追いながら、ギョッとした。

 まるで宮脇は、死人のような血の気のない顔をしているではないか。


「宮脇! テーブルの上にある包み紙を警察の金庫に保管しておけ! そして、廃棄リストに入れておけ!」


 宮脇は、黙ったまま『闇鬼』にお辞儀をして『鬼丸』を抱えて出て行った。


「クックク!わかったか? あいつは俺の奴隷同然だ。警察権力だってすぐに手に入る」


『闇鬼』は、冷ややかに笑いながら沢村を見つめた。


「だが、やはり自分の子が欲しい! まずは、そこの威勢のいい刑事の子供でも作ろうか」


 再び指を弾くと、沢村の体が意に反して『闇鬼』に向かって歩き始めた。


(う、うぉ! な、なんだ! 俺の体がひとりでに歩き出す!)

沢村の顔が引き攣っている。


「さぁ、これから子作りを始めるわよ。わたしのお腹に赤ちゃんができれば、三ヶ月もしないで誕生するわ」


『闇鬼』のしわがれた声が、清恵のやさしい声に戻っていた。しかし、体が清恵でも、中味はやはり『闇鬼』なのだ。


(な、何をする気?)

真弓は『闇鬼』をキッと睨んだ。


「そんな怖い顔して見ないでよ。あなたの弟を作ってあげるのに!」

 清恵が、いつもの優しい顔で笑っている。


「それとも、何かしら? この年では、もう子供が産めないとでも思っているの? だったら、もっと若くなるわ」


 そう言った途端、清恵の顔の肉や腕や足、肩の筋肉がボコボコと盛り上がったり、引っ込んだりし始めたではないか。


 目の玉も飛び出たり、窪んだりしている。まるで、体中の肉が踊っているみたいだ。

 それを見ていて真弓は、吐き気がしてきた。自分の母親が『闇鬼』の思うがままになってしまう。


何をしているの? 早く助けに来て! お兄ちゃん! ……ラウラーっ!)


 突然、『闇鬼』…いや、清恵の体が輝く真っ赤な「光」に包まれた。


 そして、その「光」は徐々に綺麗なオレンジ色に変化していく。


 清恵の筋肉の大移動が終わった。次の瞬間、真弓は我が目を疑った。


 目の前にいるのは、もはや40過ぎの清恵ではない。自分の姉といっても誰も疑わないであろう、写真でしか見たことがない、美しい20代の頃の清恵の姿だった。





(闇鬼は毎月1日、4日、8日、12日、16日、20日、24日、28日に更新予定です)

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