第9話 「ラウラの忠告」 ②

(ヒ〜ッ!)

 真弓を襲ったこのゾクゾクッとした気色悪い感触!

誰かにお尻を撫でられた。

(痴漢!)真弓はキッと後ろを振り返った。


しかし、目に飛び込んできたのは、女子中学生のグループだ。真弓に睨まれて、みんなオドオドしている。

(何だ、鞄が当たったんだわ)

 真弓は、ごめんね、と唇で謝りニコッと会釈した。


 どうしたの? という顔で美香が首を傾げたその時だ。今度は脇腹をつねられた。

「痛い!」思わず叫んでしまった。

「何? 真弓、どうしたの?」

「痴漢よ、痴漢がいる!」真弓は美香の耳元に小声で囁いた。


 えっ!美香は用心深く真弓の周囲に視線を走らせた。しかし目に映るのは、女子中学生のグループと吊革につかまって本を読んでいるOLだけだ。


 すると、真弓がまた「痛い!」と叫んだ。

「今度はどこよ?」

「耳を引っ張られた」真弓は泣きそうな顔で言った。

「おかしいよ。わたし見ていたけど、真弓に手を出している人なんていなかったよ」


 それこそおかしい! 確かに誰かに耳を引っ張られたのに……。気のせいであるわけはない。

 と、突然「おい、この動く箱からすぐ出れ!」耳元で誰かの囁きが聞こえてきた。どこかで聞き覚えのある声だ。


「早く出れってば!」

 思い出した。さっき話題にしていた座敷わらし……ラウラだ。

 これは耳鳴り? いや、違う。ラウラは夢じゃなかったんだ。


「出れよ、出れよ!」

「何で降りなくちゃいけないのよ! イヤよ!あっち行って!」真弓はそう言いながらラウラを探したが、声はすれどもあの醜い姿が何処にもない。


「何よ、真弓! あっち行ってなんて!」

「あっ、ごめん美香。今のは美香に言ったんじゃなくて……」


「早く出れってば!……どうやったらこの箱止まるんだ? あのポッチを押すのか?」

ラウラがそう言った途端だ。真弓の意思とは関係なく、左手が勝手に動き出した。


「!!!!」真弓は焦った。瞬間、真弓の指が降車ボタンを押していた。


 ピンポーン!「つぎ止まります。お降りの方は、バスが停車してからお立ちください」

 これに慌てたのは美香だ。

「イヤだ、真弓! 何押してんのよ! こんな所で降りてどうすんのよ!」

 「そ、そんなこと言ったって……」


 バスの速度が遅くなった。左のウィンカーが点滅している。バスが止まり、扉が開いた。


「早く出れってば!」動こうとしない真弓をラウラが押した。すごい力だ。真弓は否応なくタラップを降りるしかなかった。

 真弓は美香の右手を引っ張って、一緒にバスを降りた。美香もみちづれだ。

 「エ〜ッ、なんで〜?」美香の頼りない声に、女子中学生がクスクス笑っている。


 停車しているバスを、朝からけたたましい重低音を響かせて真っ赤なスポーツカーが追い越して行った。バスはスポーツカーが無事通過するのを確認して、右ウィンカーを点滅させながら発進した。


 真弓と美香はバス停に立ち、ボー然と見つめあった。美香はちょっぴり膨れている。

「どうすんのよ! あのバスでなくちゃ遅刻よ!」

 「うん、わかってる。……ごめん」


まさかラウラに押されました、と言ったって信じるわけがない。真弓が俯いてそう言った途端だった。

バスが走り去った方向から、鼓膜が破れるような大音響が聞こえたのは。


 2人はびっくりして音がした方向に目をやった。

 この先には国道を渡るための大きな交差点がある。その手前でバスが少し斜めになって停まっていた。急ブレーキを掛けたらしい。

 そのバスの先に見えるのは大きなダンプカーだろうか。やはり奇妙な停まり方をしている。


「何だろう?」

「行ってみよう!」2人は駆け出した。

 きっとバスがダンプとぶつかったんだ、と真弓は走りながら思った。


 バスの手前まで来る。バスはいつの間にかハザードランプを点滅させている。

 バスは何でもないようだ。異常は見られなかった。真弓はホッとして中の乗客を見た。女子中学生がどうしているか気になった。


 みんな交差点の方向、一点を見つめている。窓から顔を出している人もいた。

 2人はバスを追い抜いて、交差点まで来た所で立ち尽くした。


 道路にはたくさんのガラスや金属製の細かい破片が飛び散っている。

 目の前には真っ黒なダンプ。まるでここが俺の居場所だ!と言わんばかりにふんぞり返って停まっているように真弓には映った。


 そのダンプの先にある物は、さっきバスを追い越して行ったスポーツカー? でも今は見るも無惨な、ただの真っ赤な鉄の塊に変わっていた。


 ダンプの前面は少し凹んでいるだけで何ともなさそうな顔をしている。それに引き換えスポーツカーはペチャンコだ。運転していた人は大丈夫だったのだろうか?


 ダンプから運転手がフラフラッと出てきた。こんな大きなダンプを運転するのに、何て「か細い体」。

 スポーツカーの運転手は……、まだ出て来ない。

 隣では美香が両手で口を押さえて震えている。

 そうか!やっとで気がついた。


 「もしかしたら……。わたしたちのバスが、ダンプとぶつかっていたかもしれなかったんだ」


 「そうよ! わたしたちが降りていた時間のズレでバスはぶつからずにすんだのよ。あの時降りなかったら、わたしたち……」

 「どうなってた?」

 真弓と美香は顔を見合わせ、ほとんど同時に呟いた。そしてその場にヘナヘナッと座り込んでしまった。


       ……つづく


(闇鬼は毎月1日、4日、8日、12日、16日、20日、24日、28日 に更新予定です)

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