第38話 「闇鬼・第3次遭遇/英国からのEメール」②

「そうだったんですか。いろいろとお世話をお掛けします」

 真弓は、ペコリと頭を下げた。

 素直な真弓の態度に、沢村は少し照れ笑いを浮かべていた。




「しかし、仕事とはいえ、今回のような事件は初めてだ。どんなことでも信じるから、とにかく君が知っているありったけの情報を教えてくれ」

 沢村の言葉に、真弓は頷いて語り始めた。


 上手く伝える自信はない。しかし、一つ一つのピースをつなぎ合わせて一枚のジグソーパズルを完成させるように、丁寧に、そして夢中で話をした。


 時には、沢村から同じ質問を何度もされ、イライラすることもあったが、常識ハズレな出来事なのだから仕方がない。それは、真弓自身が一番良くわかっていた。


 最後に、ラウラが自分の兄だと知った件では、少し鼻がツンとなった。


「うぅむ、そうか……。ラウラは、妹である君やお母さんを守るためにやってきたのか」  

 沢村は、感慨無量に言葉を発した。


「ところで『闇鬼』が、君のお母さんに憑依している確率は現時点でどれくらいある?」

「わかりません。『闇鬼』の闇細胞に結界を張ったから、すぐには憑依できない筈だとラウラは言ってましたけど……」


「君には辛いかもしれないが、最悪な事態を想定しておかなくてはいけない。とりあえず、君が無事だったということをご両親に報告しておこう。いや、報告するのはまずいか……」


 沢村がハンドルを右に切った。真弓の体が大きく左に傾く。


「いえ、隠しても無駄だと思います。相手は『闇鬼』ですから、こちらの動きは読んでいると思います」

「うむ、そうかもしれんな。ではとりあえず、宮脇にそっと携帯をして、あちらの様子を窺おう」


 何かあった時のためにと宮脇を真弓の家に待機させていたのだ。

 沢村が、道幅の広くなった場所に車を停止させた。

 気がつけば、辺りはすっかり明るくなってきている。東京方面に向かう車の列が、逆方向から出来始めていた。


「おぉ、おはよう。ご苦労さん。少し連絡が遅れて悪かったが、天宮真弓は、蘇生した。……あぁ、そうだ。その通りだ!」


「ラウラの言ったことが本当になりましたね、って電話の向こうではしゃいでいるぞ」 

 沢村が、携帯の通話部分を手で押さえて、小声で真弓に囁いた。


「今、そっちへ向かっている所だ。そうだなぁ。あと、15分で到着すると思う。詳しい話は、会ってからにしよう。じゃあな。……あっ、待て! 丁度、マイルドセブンを切らしちまったんだが、おまえ持ってるか? ……おぉ、そうか。じゃあ、そっちに行ったら一服吸わせてもらう。じゃあな」


 そう言うと、沢村は暗い顔で携帯を切った。暫くの沈黙が続いたあと、重い口を開いた。


「俺がタバコを吸わないことを知っている筈なのに、一服させろと言ったら、『いいですよ』と抜かしやがった。おかしいと思わんか?」

 沢村の問いかけに、真弓もみるみる険しい顔に変わっていく。


「さっき、君が鹿間という友人の声色を真似されて誘き出された、と言っていただろう。それを思い出して、ちょっと鎌をかけたのさ。そうしたら、あの野郎、まんまと引っ掛かりやがった」


「ということは、宮脇刑事は『闇鬼』に憑依されてしまったということですか?」

 真弓の顔が少し引き攣った。


「わからん……。その可能性もあるし、すでに君のお母さんに乗り移っていて、宮脇の声色を真似された可能性もある」


 沢村は、おもむろにエンジンを掛け、サイドブレーキを解除した。ウィンカーを右に点滅させ、滑るように車を発進させながら、ポツリと呟いた。

「いきなり戦闘開始になるかもしれんぞ」

 真弓は、コクリと頷くだけだ。


 もしも、お母さんに憑依していたら、どうしよう? この一点が、頭の中すべてを覆っていた。

 (お母さんが死なない限り『闇鬼』はお母さんの体の中から出てこないんだわ。一体どうしたらいいの? ……お兄ちゃん、早く助けに来て!)






 丁度その頃、ラウラは『闇鬼』が張った強力な結界に苦戦していた。

「畜生!どうしてこういうことになっちまうんだ!」


 ラウラの棲む世界から、人間界に出るには『闇空間』という異次元スペースを通らなくてはならない。つまり『死の世界』から『生の世界』へ通じるトンネルのようなものだが、ラウラはさっきから何度試みても同じ『闇空間』へ戻ってきてしまうのだった。


「くそ~っ!このままじゃあ、真弓のところへ辿りつけねぇ。何とかならねぇのか? ……オババァ、智慧を貸してくれー!」





 沢村の運転するクラウンは、閑静な住宅街に入った。真弓の家まで、あと僅かだ。

 向こうに見える十字路を右に曲がれば、この後、何が待っているかわからない目的地に到着となる。


「ラウラが君の兄さんとは知らず、化け物呼ばわりして悪かった」

突然車を左に寄せて、沢村が口を開いた。


「いえ……。わたしもラウラには悪いことばかり言ってましたから」

真弓はそう言って俯いた。


「やっぱり、妹は可愛いからなぁ。兄貴は絶対に妹を守らなくちゃいけないんだよなぁ」沢村が遠くを見つめている。

 視線の先には、奥多摩の山々が霞んでいた。


「俺にも妹がいてね。杏子って言うんだ。……俺は妹を守ることができなかった」  

 沢村がポツリポツリと自分の過去を語り出した。


「あれは、俺が君くらいの年だった。夏休みを利用して、家族で山へキャンプに行ったんだ。親父は仕事一筋の人でね。どこかに連れて行ってくれることなんか滅多になかったのに。それが嬉しくてね。


特に当時、6歳になったばかりの妹が大はしゃぎさ。年が離れているせいか、余計可愛くって。妹を喜ばせようと思って、二人でカブトムシを取りに森の中へ入っていった。それが間違いの元だった」


「カブトムシを探していたら、足を踏み外して小さな沢に落ちてしまったんだ。足首を挫いてしまって動けないでいた俺に、杏子は『お父さんとお母さんを呼んでくるから待ってるんだよ!』なんて、ませたことを言って駆け出してった。それが俺が聞いた妹の最後の言葉だったよ」


「妹は無残な姿で発見された。犯人は『幼児ストーカー』という野郎だった。杏子のことをいつも狙っていたそうだ。ずっと杏子をつけていたそいつは、森の中で一人になった杏子を襲ったのさ」


「何で、俺は杏子を一人で行かせたのか!自分を殺したいくらいに悔いが残った。この時、俺は誓ったんだ。何の抵抗もできない弱い者を、自分の欲求を満たすだけのために簡単に殺すこういう奴らを一人残らず、ふん捕まえてやるってな!例え、自分の命と引き換えにしてもだ!だから、俺は警察官になった」


(沢村さんにそんな過去があったなんて…)

真弓は何と言葉を返していいかわからなかった。


「これは、妹の形見なんだ」

そう言って、携帯についているイルカのストラップを翳しながら、沢村は真弓を見つめた。


「俺が君のことをどんなことがあっても、守ってやる!」

 たったひと言だったが、真弓にはそれがすごく嬉しかった。



(闇鬼は毎月1日、4日、8日、12日、16日、20日、24日、28日に更新予定です)

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