ダンジョンマスターに転生したので引きこもってモンスターを溺愛してたらいつの間にか最強になってました~美少女になったモンスター達が勝手に世界を侵略し始めたんですが~

貼らいでか

プロローグ:「これが惚れ薬ってやつですか」

「これがどんな女性でも飲めばたちどころに目の前の男性に惚れてしまうという伝説の惚れ薬なんですね?」


 荒びた廃墟が立ち並ぶ元紛争地。それはそんな廃墟の中の一棟で行われた取引だった。外見をチープなセメントに囲まれた小屋であったが、内部は多少飾られており、牛の頭蓋や水晶が卓上にわざとらしく置かれ、朱色のランプと混ざり合ってスピリチュアルな空間を演出していた。


 そこには、いかにもシャーマンでございますといった衣装を着た老婆と、大きなバックパックを背負った二十代前半ほどの日本人が向き合って座っていた。


 男は「惚れ薬」と呼ばれたピンク色の液体の入った小瓶を、疑わしげな態度を取ることさえもなく、楽しげに目の前で揺らしていた。


「ソーデスヨ」


 その不敵な男に対して老婆は、棒読みで答えた。理由は単純で、男の話す日本語が一切分からなかったからだ。


 XXX


 老婆は、有名な薬師であった。といっても、薬の作り方など知らなければ、シャーマンチックな儀式のやり方もしらないただの詐欺師である。


 そう。この老婆は惚れ薬など作っていない。シャーマン風の衣装を着て、惚れ薬と銘打って麻薬を売っているだけである。


 ただ、騙して稼いでいるわけでもない。そうであればわざわざ麻薬などではなく、色をつけた水を売ったってよいのだ。そうしなかった理由は、「身勝手な男に対する復讐のため」というものであった。


 大した重要人物でもないこの老婆の事情は、ササッと説明することとしよう。


 老婆の人生は悲惨なものだった。生まれつき美貌を誇った彼女は、悲惨な国のろくでもない親のもと育った。ボロボロになりながら成長した後は、貧しさのみを理由として男に従順な生活を強いられた。一人で生活ができるくらい賢くなる頃にはもう四十歳を過ぎており、それからは自分の人生を狂わせた父親含む、身勝手な男を殲滅せんと活動していたわけだ。


 そこで思いついたことが、惚れ薬を売ることだ。これを買って女を惚れさせようなどという不埒な男に対して国で禁止されている麻薬を売り、裏で待ち構えている金を握らせた警官に逮捕してもらう。そういう策だった。といっても、所詮思いつきの策であり、そもそも広告、立地、信用。どれをとっても決して成功するはずのない計画であった。


 成功するはずのない計画の、はずだった。


 しかし客寄せのため適当に作った惚れ薬以外の薬がを毎度発揮し、老婆の店は瞬く間に話題となったのだ。そのため一年も営業すると、惚れ薬を使おう、あるいは解明してやろうと買いに来る男も年に数人はいた。老婆は戸惑いながらもこれ幸いと、そんな男共を牢屋にぶちこむことが楽しんでいたというわけだ。


 「惚れ薬アリマスヨ」


 だから彼女がその日、男に声をかけた理由はこんな危険な土地を訪れる裕福そうな男なんてうちの客に違いないと考えたからであったし、日本語で声をかけたのは日本人っぽく見えたからというただそれだけのことであった。


 振り返った男は、可愛げはありながらもいたって平々凡々な顔をしていた。こんな危なっかしい土地で日本語が聞こえるはずないと思ったのだろう。しばし目を瞬かせていたのだが、その後唐突に何か納得したように笑顔でほいほいとついてきたのだった。


 それにしても……。と老婆は考える。


(いつこの男はわしが日本語を聞き取れないことに気づくんじゃろ)


「僕はこんなところに製薬をされている場所がここにあるなんて知りませんでしたよ。けど、これが運命なんだと思いました」


 男はこんな風なことを滔々と語っていたのだが、老婆はもちろん理解できるはずもない。それに老婆は理解したくもなかった。


(この男は悪を知らない無邪気な子供のように喋っている癖して、女を薬で従わせようとしているおぞましい男じゃ。そもそも、こんな碌な道具のない部屋で惚れ薬など作れるはずがないとなぜ気づかん)


 救いようのない馬鹿の癖して犯罪をする悪知恵だけはある。老婆はそんな男が大嫌いだった。

 

(この男が、責め苦を吐きながら刑務所に連行される様を見るのが楽しみじゃの)


 しかし、男はそんな老婆の企てに一切気づく様子を見せない。それどころか、高揚した様子で話を続ける。


「僕は添木憂人っていいます。この辺で日本人は珍しいと思ってたんですが、日本語が分かる人に会えるなんてなぁ。僕だってね、お婆さん。普段なら惚れ薬なんて話、絶対信じませんよ。でもこの土地でこの僕が惚れ薬を見つけるなんてことは偶然で片付けちゃあいけないことです。これをご覧になってください」


「ソーデスヨ」


 老婆の心ここにあらずな返事に気を害することもなく男、添木憂人は瞳を輝かせながら首にぶら下げたロケットペンダントのチャームを開けて老婆に見せた。そこには、レンガに無彩色で掘られた古びた女性の絵が写真に収められていた。なんとなしにも、それが神聖なものを描いた壁画だということは老婆にも伝わった。


 どうにも歴史あるもののようであるが、老婆は少なくともその壁画を見たことがない。


 (これはこの男の神なのだろうか)


 老婆は少し、ほんの少しだけ憂人が心配になった。ここはとある宗教が支配している国家であり、ここでそんな写真を人に見せびらかせて歩くなんていつ攻撃されてもおかしくないことであるからだ。しかし、憂人は一切その心配に気づくことはない。


「これはとある遺跡で僕が世界で初めて発掘した壁画なんですよ。あ、専門家じゃないですよ。本当にたまたま、中近東の方で。そして、まあ。実はこの女神に僕は一目惚れ……とまではいかないにしても、不思議な運命を感じてしまいましてね。この写真の女神様と縁深いこの地を訪れたわけなんですよ」


 憂人が得意げに語っている呪文のようにしか聞こえないニホンゴを受け流しながら、老婆はふと気になって男の身なりを観察していた。地味な色の防寒着に、それなりに大きいリュック。どうやら、寝具も持ち歩いているようで、単なる観光客というよりは、普段から旅をしている人間なんだということがわかった。


 しかし、何よりの発見は全く鍛えられてないその手に、幾つもナイフで切ったような戦闘の痕跡があることだった。


(こやつ、もしや何かの犯罪組織の連中か!?)

 

 老婆はその時初めて善良そうな顔をしたその日本人に危機感を覚え、すぐに薬を渡して追い返そうとした。


「この土地は、今でこそ法律で崇める神も決まっていますがね、昔は結構数多の宗教が入り混じっていたらしいんです。この女神の神殿はちょうどお婆さん、貴女が店を構えておられるここにあったそうですよ。そんな場所にある店で僕が求めてやまない惚れ薬が売ってるっていうんだから、これを疑ったら罰が当たりますよ、ほんと」


「十万デイイ。カエッテ。カエッテ」


 とうとう老婆は、痺れを切らし、憂人に言った。うざったらしいニホンゴを遮りながら。


 と、やっと話が前に進んだ瞬間のことだった。チリンと、入り口のベルが鳴った。それは本来であればごく普通のことであるはずだ。老婆の店は絶賛開店中であったし、客だって一日に五人やってくる日があるのだ。店に二人いっぺんに来ることだってあるはずだ。


 しかしそうであっても、老婆は聞き慣れたこの音に不穏なものを確かに感じ取っていた。老婆は見た目に反して正真正銘、何の特別の力も持たない人間であったが、それでも何か感じざるを得なかったのだ。ただだからこそ、それは決して大きな衝動として老婆を襲うものではなく、例えばたまたま見上げた夕日がやたらと大きく、朱いと感じたときのような、そんな根拠のない野性的な不安感だった。


 その時入ってきたのは、体躯のいい肌のよく焼けた男で、真っ黒のダウンを着て不自然に両手をポケットにいれていた。老婆は、すぐにその男の違和感に気づく。普通初見の店に入ればまず、店主の顔を確認する。それをせず歩み寄ってくるということは、既にこちらの顔を知っており、自身の顔を見られたくない事情があるということだ。


 老婆はその数瞬で死を悟った。取り乱すにも、反撃用に机の下の銃を取り出すにも、ダウンの男の動きは計画的で、あまりに無駄がなさすぎた。


『死ね』


 男は現地の言葉でそういうと、銃を抜いた。ダウンの男が店に入ってから銃を取り出すまで、三秒ほどの事だった。老婆はその声を聞いてようやく思い出した。男は昔、惚れ薬の手口で嵌めてやった男だった。その三秒の間ずっと、老婆は自分が銃口を向けられているにも関わらず、どこか映画を観ているような気持ちだった。


 (ここまでか。こんな唐突に。なんの自由も許されない、最後まで身勝手に振り回されるだけの人生だった)


 しかし、幸運なことに老婆の人生はまだ続くようだった。


 「忘れてた。神の加護ってのには試練がつきものか」


 そんなとぼけた声のニホンジンの呟きが聞こえたかと思うと、


 老婆の目の前が一瞬で、真紅に染まった。


 一瞬老婆は、死とはこんなに赤いものなのか?だとか、ちょっと詩的に思ったりした。しかし、自分が死んでいないことが分かると次に、日本人が自分を庇ったのか!?と、またもやロマンチックなことを思った。


 そのどれもが見当外れで、老婆の見た赤は自分の店にあるシャーマンっぽいテーブルクロスだと気づいたのは、ニホンジンが強盗を制圧し終わった後だった。


 この時憂人は、入ってきた男が怪しいと感じると同時に目の前のテーブルクロスを思いっきり後方に引くと、ダウンの男の方にそのまま投げ、怯んだ男に対して即座に金的を入れ、肩関節を決めて屈服させるという離れ業はなれわざを成し遂げていた。


『離しやがれ!もうすぐ仲間が来るぞ!!』


 ダウンの男は押さえつけられた後も果敢に脅し文句を叫んでいたが、自分を抑えている憂人が言語を理解していないことを悟ると、老婆を睨みつけて黙ってしまった。老婆はようやく落ち着きを取り戻し、そもそも警察もろくに仕事しないこの国で老婆一人殺すのに仲間を雇うはずもないことを思い出した。そうして老婆は安心して警察を呼び、一件落着となった。


 警察が訪れるまでの間、憂人は器用に脚と片手で関節を決めながら携帯をいじっていた。


 老婆は少し、その日本人を信用したくなっていた。当然、命を救われたからという理由もあったが、強盗犯を押さえつけている間になんの感情の爆発も見られなかったことが不思議でならなかったからだ。その落ち着きに、老婆は知性を見出していた。


 もしや、この男が長々と語っていたことは何か惚れ薬が必要となる盛大な人生だったのではないか。老婆はそんなものがあるとは思えなかったが、その落ち着きを見ていると憂人が惚れ薬を悪用するような人間には見えなかった。それに、よく考えれば、ろくに返事もしない老婆に対してそんな延々と話を続ける人間がいるだろうか。


 何か事情があるのかもしれない。そう思って、老婆は憂人に渡した惚れ薬を取ろうとした。その薬を持って店を出てしまえば大変なことになる。それに薬を渡さないという選択を取れば、もし当初の見立て通り悪人だったとしてそこまでひどい結果にはならない。そう思った。


 しかし、老婆の薬瓶を奪い取ろうとする手を躱し、憂人はヒョイとそれを上に持ち上げた。


「この薬は渡せませんよ。代金は僕の全部です。手持ちの荷物も。財布の中のカードも。全部渡したっていい」


 そういう憂人の顔は、明朝の日差しのように真っ直ぐだった。


 「俺はこの薬を飲んで、


 憂人は胸に手を当てて息を吐くと、芝居がかった口調で語り始めた。


「僕ね、人間に恋したことがないんです。本当はさっき見せた写真の女神が初恋の相手……なんですが、壁画が掠れていてロングカットかショートカットかすら分からないし、かろうじてナバルビ女神って名前が分かっても、もう彼女がどんな女神だったかも分からなければそれを知る人もいない。当然ですよね。五千年前の女神だってんですから」


 ペンダントを握る手に力がこもる。老婆は何も言っていることが分からなかったが、その憂人の動きがどこか、神父様にする罪の告白のように思えた。


 「最初は相性の問題だと思って、中学から大学生までは色んな方とお付き合いをしたんです。けれど付き合ったところで、ドラマや小説でいうドキドキが何も分からなかったんです。それどころか、付き合っている女性と他の女性への感情の違いってものが、これっぽちも分からなかったんです。そうなると辛いことに、誰と一緒にいてもちっとも楽しくない。大学では自分が特殊な性的指向の持ち主なのかと思いましてね。男性とお近づきになってみたり、ちょっとアングラなアダルトビデオを観始めました」


 事実、それは憂人にとって人生の大半を占めるコンプレックスであったし、罪の告白といって間違いではなかった。人との付き合いを通して周りが変わっていくなか、自分のみが何も変わらない感覚は、幼稚だとか恋愛下手だとかそんなもの以前の致命的な欠陥に思えた。


 「それでも恋心ってものは分からなかったので、次はアメリカに渡ったんですよ。日本じゃ違法なポルノがこっそり見られる映画館ってものもあったので。当然、観るのも違法です。誓って言いますが、あれが初めて犯した犯罪でした。ま、そのポルノを観ても気分が悪くなるだけだったってのはむしろ安心したんですがね」


 老婆は相変わらず何を言っているかさっぱりだったが、この時ばかりは内容がひどすぎるので聞き取れなかった方がよかっただろう。


 「それからは恋を探して世界を回りました。科学的に恋を学ぼうとして海外の大学に潜り込んだり、自作の創作物で二次元に恋しようと小説の勉強をしたり……そもそもその女神様を発掘した遺跡にいった理由だって、吊り橋効果を使えば恋できるかもしれないと思って、マフィアと敵対している女性と手を組んだときに見つけたものなんですよ」


 男はペンダントを開いて写真を見つめ、フゥと息をついた。まるで、その写真を見ないとアイデンティティを保てないとでも言いたげな様子で。


 「その吊り橋効果が、上手くいった……といっていいのか分かりませんが、その戦闘の中でナバルビ女神の壁画を見つけて、唯一恋に似た、惹き込まれそうな感覚を知ったんです。雷鳴に打たれるような恋でも、一緒に過ごすうちに見出した居心地のよさでもない。そう、あれは顔から全て異空間に惹き込まれるような恋でした」


 憂人は、ペンダントの女性の話をするときだけはやたらと楽しそうだった。


 「それからは一年ほど神秘主義に傾倒しましたが、好きになったのはナバルビ女神だけでした。ま、研究は純粋に面白くはありましたけどね。といってもいつまでもこんな生活は続けてられません。俺も大学三年生ですから、来年は就職活動で旅に出る時間もないでしょう」


 それで、と憂人は続ける。


 「最後の望みをかけて、出会いをくれた女神が信仰されていた土地に来てみたってわけです。するとなんと、人を好きになれる薬があるっていうじゃないですか」


 「ということで、この惚れ薬が効かなければ俺は一人で寂しく生きていくことが決定するわけです。正直に言えば怪しすぎますよこの店は。でも、お婆さんの目からは悪を感じない。何か前向きなものを感じるんです。だから、お婆さんも、ナバルビ女神の導きも。疑うことなく……この薬を飲みますよ。俺は」


 本当に信じているならば。信じていることをわざわざ言挙げする必要はないはずだが、憂人はそう言った。このときついに憂人も老婆が日本語を解さないことに気づき、言葉遣いも年長に対するものではなくなったが、ついにその演説を止めることはなかった。


 気づけば、老婆の方も憂人の話に聞き入っていた。当然何一つ言っていることは分からない。しかし、見るつもりのないテレビジョンの映像であっても、それがヌーの子供がライオンから逃げているような命のやり取りであれば見入ってしまうように、老婆は憂人の演説に命の輝きのようなものを感じていた。


 憂人が演説を終えた時、まるでのように憂人の身体が瞬いた気がして老婆は目をこすった。しかし老婆は、大事な場面はばっちり見逃さなかった。


「この薬で俺は、やっと人間を好きになれるんだ!」


 そういうと、憂人は薬を飲み干して死んだ。


 XXX


 老婆はそのニホンジンを埋めることにした。もちろん身ぐるみは剥いだが、男が大切そうにしていたペンダントだけは、盗らずに一緒に埋めてやることにした。その時、チャームがひとりでに開いた気がしたが、老婆は気にせず穴に埋めてしまった。


 なんであの男はあんな怪しげな薬を自ら飲み干したのだろうと思いながら。


 そして部屋に戻って机を見ると、ニホンジンが戦闘でテーブルクロスを引いていたはずなのに、机の上のものが何も倒れていないことに気づいた。そのニホンジンの生涯についての興味は、なぜテーブルクロス引きがあんなに上手いんだろうという疑問に変わり、二度と思い出されることはなかった。

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