ダンジョンマスターに転生したので引きこもってモンスターを溺愛してたらいつの間にか最強になってました~美少女になったモンスター達が勝手に世界を侵略し始めたんですが~
22話 クロウラー・ゲーム その3 (三人称視点)
22話 クロウラー・ゲーム その3 (三人称視点)
急降下した黒い爪を、古ぼけた短剣が薙いで防いだ。
しかしサリュは衝撃をいなしきれず、何歩か後ろに下がると、剣を再び構えた。
戦況は膠着状態にあった。
オニバードがサリュの短い剣では自身の頭部程度しか傷をつけるはできないと理解しており、徹底した脚部による引っかき攻撃を繰り返していたからだ。
そのため剣を持った小さな四足歩行獣と、鬼の顔をした猛禽のその戦いは既に5分に渡って続いていた。
戦闘は常にオニバードが一歩リードした状態で行われていたが、彼の表情は対称的に曇っていた。
それは、あと二時間以上あるとはいえ常にタイムリミットが存在していたからであったし、サリュが片手に解毒剤を抱えながら戦うという曲芸じみた行いをしていたからであった。
(一対一でいい勝負なんだ!仲間を呼べば勝てるのに!)
薬を飲むことができるものは、それを勝ち取った一人に限定されている。そのルールのなかで個人戦を余儀なくされていることが、彼はもどかしくてたまらなかった。
普段から集団戦を繰り返している彼らは、こうして孤立させられるときは死ぬ時であると、個人戦を鍛えていなかったのだ。
それに、必殺のスキルが通用しなかったことも痛手だった。
オニバードのスキルには、『怨み言』という鳴き声に精神攻撃属性を付与するスキルが存在していた。
しかしそのスキルも、サリュが似たような鳴き声をあげたかと思えばかき消えてしまったのだった。
こちらからの有効打はない……けれど、出会った時感じていたような絶望感も、もうなかった。
(やってやる!やってやるぞ)
オニバードは再び遥か上空に飛び上がった。
(長時間の飛行による疲れも出てきた。そろそろ決着をつけるべきだ)
オニバードは急降下しながら、相手が迎撃の体勢を取ったことを確認する。そして、ターゲットを解毒剤ではなく、敵の腹に定めた。頭を切られる危険を覚悟で、
しかし、その決死の作戦も虚しく、サリュは素早く顎を引くと、嘴が振り下ろされるよりも先にオニバードの首下に潜り込むことで攻撃を回避した。
(なんだこの反応速度は!)
オニバードは、これほどまでに大きな隙を晒したのだから、すかさず反撃が来るものだと予想し、痛みに備えた。
しかし、反撃はない。サリュは再び距離を取ると、さっきまでと全く同じ構えを取った。
まるで今までの攻防が全てなかったかのように。
そこまでされてようやく、オニバードは気がついた。
(何故自分も相手も、一切傷ついていない?)
確かに、剣による攻撃を受けない立ち回りは心がけている。しかし、それにしたって一太刀くらいは浴びるものだ。
それに、何故か相手も傷一つ負ってはいない。幾ら相手が
(まさか、予測スキルのようなものを持っているのか?そして、そのうえで解毒剤を得ることができず時間切れで死ぬ俺を見て、嘲笑うつもりなのか?)
そうとしか思えなかった。すると、向こうからの攻撃が一切ないことにも説明がつく。
遊ばれていたかと思うと、プツリと頭に血が上り、視界が明滅するほどの怒りを覚えた。
そしてオニバードは、一瞬の逡巡ののち、
『ここに解毒剤があるぞ!ここに解毒剤があるぞ!』
そう、騒いだ。もはや生き残ることなど考えてはいないと。
『ふはは。どうだ!俺達の結束を甘く見るなよ!一矢報いてやるぞ!解毒など知ったことか!必ず一矢報いてやるぞ』
オニバードはそういって興奮するも、サリュは剣の構えを一切ぶらすことはない。
そうしてみると、オニバードにはその構えすらこちらを馬鹿にするためのもののように思えた。
そもそも、サリュは完全に四足歩行に適した形状をした生物であり、剣は持つその姿は、間抜け極まりなかった。
オニバードの語彙にはなかったが、地球人が見れば「寓意的で幼稚な絵本における動物冒険譚の主人公のようだ」と思っただろう。
(馬鹿にしやがって!)
オニバードの怒りは頂点に達する。表情が強張り、自然と自身の威圧スキルが発動していることが分かった。
『空に届く技を持たぬ雑魚め!今に仲間を集め、お前を喰らってやる』
それは生きるためでも仲間のためでもない、殺意に満ちた単なる怨念だった。そこには誉れはなく、生への希望すらもなかった。
そして彼は、仲間を探すため空に飛び上がる。
(時間ある限り生きているものを集め、ゲームを捨ててこいつを殺してやる。薬を奪い、誰か一人でも生き残ってこの森を出れば俺達の勝ちだ)
……オニバードは飛び立ったとき、サリュが「あ」と小さく息を漏らしたのを聞いた。
(「あ」だと?なんだ?何かまずいことでもあるのか?)
駄目だ。気にしていられない。
オニバードは森の空を統べるものとしてどこまでも高く飛んだ。彼は群れの中で特別高い地位にいるわけでも、何か優れた才能があるわけでもなかったが、友人は多かった。
(そうだ。あいつだ。あいつなら、命を賭して逆襲する計画に乗ってくれるはずだ)
敵の目前から離脱したことで落ち着きを取り戻した彼の胸中には、幾つかの期待が去来していた。一人じゃない。競わなければできることはあるのだと。
……しかしそのとき、オニバードは気づいた。自分の他に一羽も、空を飛んでいるオニバードがいないことを。
(というか、先程大声で仲間を呼んだよな。何故だ。何故誰も来ない)
そして、森中を見渡し、先程サリュが隠れていた木陰の奥が、少し血に濡れているのを見た。そして次に、飛翔中感じていた血の匂いを、今更になってより強く感じた。
彼は其処に向かって飛んだ。胸騒ぎを必死に抑えながら、その血の正体を知るために。
そして、見た。飛んでいるものからは見えないよう、木陰に隠された死体の山を。
殴殺。毒殺。刺殺。射殺。轢殺。爆殺。焼殺。絞殺。薬殺。抉殺。
思いつく限りの手段で殺された仲間の死体が、そこには列んでいた。
そしてようやく、戦闘中自分がずっと嗅いできたものが自分の家族の、友人の血の香りであったことを気づいた。いや、実際には、気づいていて考えまいとしていたのかもしれないが。
その光景に彼はまず、怒りを忘れた。決して、恐怖に塗り替わったわけではない。そんなもの今は重要ではないと、オニバードは怒りをすっかり忘れてしまったのだ。
あとには、先程まで頭に昇っていた血が引いていくことによって起こる目眩だけが、ずっとずっと続いていた。
そして、次に浮かんだものは数々の疑問であった。オニバードにはもはや戦闘をする気はない。
それよりもこの巨悪の全てを知り、自らの人生の物語を何の散らかりもなく終えることの方がよほど重要であるかのように感じたのだ。
オニバードは、死骸の並ぶ箇所の近くに降り立った。
そして、後ろで実行犯であろう先程の獣が気まずそうに、「あー。落ち着く時間が必要であれば待ちますが」と言ったのを聞いた。
『…………一つ聞かせてくれ。何故こんなことをする』
分からない。自分が何のために殺されるのか。分からない。何故食われることもなく、こうして森に打ち捨てられるのか。
「その質問は、二度目ですね。いいでしょう。何度でもお答えします。私は、師であるウィトの使徒になりたいのです」
一度目は誰か、聞かなかった。自分の友人か、親しくないものか、あるいは家族だったかもしれない。
『……使徒?』
「そうですね。師より私が教わった武術……ウィト流を市井に伝えるためのものだと考えてください」
憶えたくなくとも、オニバードの頭にウィト流という単語が反響した。ウィト流……ウィト流……。しかし、反響こそしたものの、それは全く自身の理解を伴わなかった。
『……これはその、見せしめということだろうか』
かろうじて出た答えを、確かめるために声を絞り出した。
「断じて違います。見せしめとは、「まだ偉大ではないものが、脅したり、強がったりするため」のものです」
サリュは手のひらでナイフを遊ばせながら、憮然とした表情で言った。心外だとでも言うように。
「私がこうして様々な戦い方に挑戦しているのは、
そしてサリュは、「貴方が最後の一羽ですので余裕もありますし、一番苦手なナイフを練習しているんです」と言った。
オニバードは、不思議と嫌悪感や恐怖心を抱かなかった。夢のために他者を犠牲にするやつは悍ましいし、それを正当化するやつはなおのこと気持ち悪い。
しかしサリュの言葉は、何の必死さも歓びもなく、ただ機械的に義務を果たしているかのように思えた。それはトイレの後に水を流すのと同じくらい当然のことのように、行われていたのだ。
その言葉を人生最後の会話として、オニバードは沈む夕陽に向かって飛び立った。「待ってください!トレーニングがまだ……」というサリュの制止も聞かずに。
(そういえば、いつか海の向こうにある大地を見てみたいと、思っていたっけ)
そしてオニバードは、森を出て、幼い頃夢見た遠くの大地を求めて飛び立った。
何もかも子供の頃に戻ってしまえば、毒すらも夢になることを信じて。
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レビューくださった方ありがとうございます!特に力を入れているキャラを褒めてくださり、嬉しかったです!
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