23話 事後処理

 俺はその異様な光景を前に頭を抱えていた。


 大量のDランクモンスターの死体がエグレンティーヌとロジーナの巨大モンスター組によって運ばれ、次々とコアに注がれてゆくその光景に。


 それは凄惨な儀式のようであり、ゴミの埋め立てのような作業的なものにも見える。


 注がれた死体はいずれも俺達を積極的に攻撃していた危険なモンスター達で、俺のトラウマになっているようなモンスターも数多くいた。


 ……どうやらこの現状は、俺がダンジョンの安全をマルガリータとローザローザに願ったせいで生まれたものらしかった。


 二人は、安全を生み出すためには驚異である数種類の攻撃的モンスターを狩らないとならないと判断し、行動に及んだらしい。


 今までは、俺が命じた生物を殺さないというルールを厳密に守っていた彼女達だったが、このたび俺が新たな命令を下したことで、矛盾するそのルールは無視されてしまったようだ。


 ……なんかプログラミングしていて適当に打ち込んだコードが、サイト全部に適用されちゃって大焦りする感覚に似ている。


 さらに、俺が頭を抱えた理由は、死体の件だけではなかった。


 『王よ。我々ミストシャークは貴方にお仕えいたします』


 彼らは『ラグネルの迷宮』を擁する森……ボードリッタの森に住むモンスターの一種だった。


 そんな彼等が、面識もない俺の前で


「彼らはこの森に住んでいたEランクモンスターでして、どうもこれからもこの森に住みたいらしいのです」


 マルガリータがそう言った。樹皮で覆われた顔は表情に乏しかったが、その声は十分喜色に富んだものだった。


 眼の前に敵を伏せさせていることが嬉しいのか、臣下が増えることを喜んでいたのかはわからないが。


 霧で形成された身体を持つそのサメは、デザインではこの森随一のかっこよさだと思う。しかし、モンスターにおいてランクは強さそのものでもあるため、Eランクの時点でこのダンジョンのモンスター達より弱いことは間違いないのだろう。


 さきほどからこうして、俺への臣従を誓うというモンスターの一族がひっきりなしにやってきては、自己紹介をして帰っていた。


「……別にこの森に住むための許可なんていらないと思うんだが」


 俺がそういうと、作戦に途中参加したローザローザが俺の脚を這い登ってきた。


 ……別に彼女の声は遠くからでも聴こえるのだが、彼女は密着した状態で話すことを好む。


「でもでもだよぅ!「交友関係を築く」っていうお兄ちゃんの命令を達成するためには、まず主従を作った方がよっぽど良いと思うんだよねぇ。対等な条約なんて結んだら、絶対裏切られるし」


 確かに先程までずっと殺し合っていた……俺達は殺していないのだが、そんな対立関係にあった勢力同士が仲良くなるのは、難しいことは分かっている。


 だが……。


「主従関係なんてのも裏切りの温床だと思うぞ。油断して招き入れたら後ろからぶすりなんてこともありえる」


「……?一応今も、『毒会話』ではかけてるんだけど……私が定期的に薬を卸さないと今日仕えに来た奴らは全員死ぬはずだし」


 その提案を聞いて、目の前の哀れなミストシャークが震え上がった。


「いや、なんていうか、その……殺さず、脅さず、でも俺達の安全は維持ってできないかな」


 ローザローザの森のモンスターに向ける冷たい声色は、俺が今まで一度たりとも聞いたことがないものだった。


「できないと思うよ?こいつら、隙を見せたら絶対にこっちの命を狙いに来る。そういう奴だもん。主従を結んでおけば、いずれお兄ちゃんの凄さを理解して本当に命を捧げるときが来るかもしれないしさ。そのときに交友関係を結べばいいよ」


 それは、交友関係と言うのでしょうか。


 彼女達の判断が妥当なものか分からない俺は、ちらりとジャクリーンさんを見た。彼女は頷いていた。


 ……モンスター社会に詳しい彼女が言うのであれば、正しいのだろう。


 ま、いいか。別に臣下にしたところで何か苦労するわけでもない。マルガリータは兵を動かしたがっていたし、クラリモンドはダンジョンに設置するモンスターを欲しがっていたので、二人が上手く使ってくれるだろう。


 そう思っていると、ジャクリーンさんが車椅子を漕ぎ、近づいてきていった。


「ウィトさんは嫌がってましたが、ダンジョンマスターになる以上多少の殺しは許容しなければいけません」


 ……ジャクリーンさんは自身の目的のために、俺達のダンジョンが速く強くなることを望んでいる。そのためか、マルガリータとローザローザ等の、森狩りを主導するメンバーを庇う傾向にあった。


 俺が積極的な行動に出た二人を叱らないようにである。……まあ、もともと今回はよく考えず命令した俺の落ち度でもあるので、注意もするつもりはないが。


 それに俺は、別に自身の道徳心のためにそんなことを言っているわけではないのだ。


「正直俺はいいんですよ。別にモンスター殺したって。あの牛を殺した十年前と違って、今はこの子達の方がよっぽど大切ですから」


「……そうなんですか?」


 ジャクリーンさんが意外そうに言った。彼女は未だに、俺を善人だと思ってくれているようだ。


 確かに言語を理解する動物を狩ることには抵抗があるし、ジャクリーンさんのような人型の敵が現れたときにどうなるかは分からない。


 けれど、何度も俺を殺してきたあいつらにまで同情するほど、俺は聖人君子ではない。


 彼らの言語が分かるようになってむしろ、どれだけ俺達を遊びで殺しているのかが分かったし。


 「ええ。お優しき旦那様は私達のことを慮ってくださっているのです」


 説明しようとする俺の代わりに、マルガリータが答えた。


 同時に話はもう済んだとばかりに、ローザローザが森の獣達をダンジョンから追い出す。


「私達は幼き頃より主様に同族殺しがいかに心身に影響を及ぼすのかを伺ってきました。地球で殺人をしたものが、最後まで死に捕らわれるなんて話も沢山知っております」


 その言葉に、ジャクリーンさんが顔をしかめた。思い当たることがあるのだろうか。


 マルガリータは俺の話をよく憶えていてくれたらしい。そう、俺は彼女達が、知力が低いときに同族であるモンスターを殺してしまい、その罪に縛られることを恐れていた。


 ……しかし、それも、もはや気にしなくていいのかもしれない。


 彼女達の知力は現在、C-に達している。ジャクリーンさんいわく、むしろ人間の知力はそれくらいが平均であり、Cの俺の方が珍しいそうだ。


 ……そもそも、俺の「知力ステータスは人間でいう精神年齢と同様のものである」という仮説が正しいものなのかも分からないが。


 マルガリータが顔を俯かせ、深い呼吸をする。


「……心配をおかけしてしまったことは本当に申し訳なく思っております。私とて、安全保障のための殺戮が旦那様の望んだものとは思っておりません」


 マルガリータは深々と頭を下げた。今だけでない。彼女はハルクスパイダー狩りを終えたときから、ずっと申し訳なさそうに振る舞っては、頭を下げていた。


「ですが……今ここで、私達の行いの理由を旦那様に説明したく存じます。旦那様、お約束を憶えていらっしゃいますか?」


 そういったマルガリータの眼には、涙が浮かんでいた。何が彼女を悲しませているのか分からずもどかしかったが、それを知るためにも俺は話を進めた。


「ああ。知力がCになったら完全に自由になるという約束だな。ダンジョンが出たければ、契約を切ったっていい」


 ……今現在の俺は、あくまで彼女達の保護者にすぎない。


 もし彼女達が賢く、強くなり、外の世界に出たいと望むのであれば、それを止める気はなかった。


 しかし、俺のその提案にマルガリータは喜ぶのではなく、膝を崩して俺に縋りついた。


「ああ、そんなこと仰っしゃらないでくださいませ旦那様。旦那様との契約は、私の存在理由そのものなのです」


 そしてそう言ってくれた。これは普段から皆よく言ってくれることなので、その度に俺はその言葉にきちんと応えるようにしていた。


「俺も、皆を育てることが生きている理由の第一位だよ」


 これは十年間変わらない不変の真実であるし、今の俺が彼女達を失えば、ナバルビ女神の命令以外の生きる理由を失うことは確かである。


 「ああ!ありがとうございます!此の身が何か一つでも御身の役に立てていると知るだけで、私は自分という愚劣な生き物の存在を許容できるのです!ですが……」


 マルガリータは唾を飲み、言いづらそうに言葉を紡ぎ出した。


 「そうですね。旦那様のお考えでは、知力がCとなることで、初めて自身の行動に責任を負うことができるのでしたよね?まずは私とローザローザのステータスを、アップさせていただけませんか」


 そういった。


 思えば、マルガリータが自分のステータスアップを要求してくるのは、初めてだった。


 そしてその要求はつまり、彼女は一人前となったうえで、俺に言いたいことがあるのだということだ。


「ちょっと待って下さい!そんな約束!」


 ジャクリーンさんが制止した。彼女にしてみれば、今まで待ってやったのに出ていかれてしまえば、たまったものではないだろう。


 …………しかし、彼女達を自由にできないのであれば、このダンジョンは、はなっから存在する意味なんてないのだ。


「ごめんなさい。もし彼女達が出ていくことになれば、俺が責任を負います」


 俺はそう言ってジャクリーンさんに頭を下げた。自分でも不誠実なことばっかり言ってるなぁと思いながら。


 そして、俺はこれからのことを考えないようにしながら……けれど、保護者として、きちんと祝福の念を込めながら、コアに手を伸ばし、力を注いだ。


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