24話 方向転換
もはや手慣れたステータスアップの操作を済ませると、コアが仄かな光を放ち、次いでマルガリータとローザローザの身体に淡い青色の光が灯った。
「……ようやく、ようやく届いたのですね」
恍惚とした表情で、マルガリータが微動だにせず呟いた。
「うおぉぉぉ!キタキタキタ!お兄ちゃんありがとう!」
次いで、ローザローザが毒々しい赤黒い色の大輪の花を咲かせた。様々な色の花を咲かせられる彼女ではあるが、本来の花の色はこれである。
ちなみに自分でも試したことがあるから分かるが、別にステータスアップに高揚感は伴わない。
つまり彼女達の興奮は自家製のものだということであり、それだけ彼女達が知力Cへのステータスアップを楽しみにしていたのだということだろう。
明るく喜んでいるローザローザと対称的に、マルガリータは洗礼を受けているような厳粛な面持ちで、ゆっくりと成人(ラグネルの迷宮基準)の実感を噛み締めているようだった。
前世日本での俺は、「ふーん俺って成人したんだ」という感じだったが、マルガリータはずっと待ちわびていたのだろうか。
……あるいは、ずっと出て行きたかったとか?そんな可能性が頭をよぎる。
マルガリータはあまり自分の意見を言わないタイプの女性だったが、それゆえ何か隠れた夢をずっと抱いていたという可能性があるのではないか。
もちろん応援するほかないが、普段とは違うマルガリータの様子を見ていると、少し胸がチクリとした。
そんな俺にとって緊張の時間が過ぎた後、マルガリータがゆっくりと眼を開け、俺を正面に見据えた。
「旦那様。私は以前より、この時を夢みておりました」
その言葉に、悪い予感が当たったのかと、俺は一瞬構えてしまった。彼女は一刻も早く故郷を離れ、独り立ちするために今回のような策を決行したのだと。
しかし、次の言葉は予想外のものだった。
「私はずっと、森の矮小な者共に旦那様が攻撃されていることが我慢なりませんでした。それは当然、尊い御身を侮辱される悔恨もありますが、一番に苛立ちを覚えたものは、自分の不甲斐なさでした」
彼女は胸の前で自分の拳を固く握りしめた。
「御身が死体漁りをなさるのは、全てが私達の心を守るため。最も尊敬し最も守りたい旦那様を、自らの未熟さゆえに危険に晒し続ける日々は、自分で自分を許せなくなりそうなものでした。ですので、ずっと……ずっと、知力を高め、旦那様にご心配をかけず敵を屠れるようになりたかったのです」
それは彼女の積年の悲しみを感じさせるほど感情のこもった言葉だった。
……俺はちゃんと彼女の気持ちを考えてやるべきだった。もし、俺のために彼女達が日常的に死んでいるとなれば、俺はその状況に耐えることはできないだろう。
妖精族のレーシーである彼女の唇から血は流れないが、きっと血が通っていれば流れていただろうと思うほど、彼女は憎しみに唇を噛み、かつての日々を憎々しげな目で振り返っていた。
知らなかった。彼女がそこまで俺の死について深く考えていてくれたなんて。俺は何か嘘をついてでも彼女達の死の責任は全て自分で負うべきだったかもしれないと思い、反省した。
そして次にマルガリータは、一つも誤解を産まないように、言葉を間違えないように、身長にゆっくりと口を開いた。
「ええ。旦那様。私はやはり、知力がCとなっても、そこいらのモンスターを同族とは思えませんわ。あいつらはただの敵に過ぎず、モンスターという括りに同族意識はございません。この迷宮で共に過ごした12人の同輩は……旦那様に仕える仲間として認識しておりますが」
彼女はどうやらステータスアップを果たして冴えた頭を使って、俺の心配事が現実のものになるかを試してくれていたようだ。その発言に、ローザローザも続く。
「うん。ロザロザちゃんも一緒だよ。そもそもモンスターって違う種族だったら餌同士にしたり殺し合ったりするんだし……。ぶっちゃけモンスターってだけで一緒にされたくないんだよね。お兄ちゃんの味方か敵かで分ければいいジャーンって思う!」
……人間で例えるなら、モンスターという括りは脊椎動物とかそんな感じなのだろうか。
どうやら、俺の長年の失敗は杞憂だったようだ。ま、これだけ優しく育ってくれたのであれば戦いを控える教育は成功だったといえるのかもしれないが。
「……ですので、今後は主様の敵への反撃を許可していただきたいのです」
マルガリータが再び跪き、許しを乞うた。
もちろん今や独り立ちした彼女に、俺が何かを縛るつもりはない。
「いいよ。全て自由だ。だけどその前にまず、13人全員の知力をCにして個別に意思を確認しないとな」
この場で意思確認を行ってもいいのだが、既にマルガリータが残るといってしまっている以上、同調圧力が生じて正直に話せない子もいるかもしれない。
契約魔法が俺しか使えない以上、俺には打ち明けてもらう必要があるが、せめて将来の大事な話は個別にしようと考えた。
「そして、それからはジャクリーンさんも含めて恒例のパーティだな!今回は盛大に行こう」
ジャクリーンさんがげんなりとした顔をしたが、このダンジョンでは非日常的なうえに歓迎すべきことなんて、ステータスアップしかないのだ。
このパーティだけは、譲れない!うちのダンジョンの子からも歓声があがった。
俺はその日の晩、個室に13人をそれぞれ招き入れ、意識調査というか進路相談というか、これからの話をした。
概ね皆、ルールは多少変えたいものの、今まで通りの生活を続けてくれるつもりのようで、本当によかったと思う。
といっても、今はまだ実感がないだろうし、俺も20歳の頃なんて世界中をフラフラしていたわけだし、彼女達のなかでいずれ変化も起こってしまうのだろうが。
それと面白かったのが、俺が夜、自分の個室に単独で呼びつけるというのが、大人になるための通過儀礼とでも勘違いしたのか、皆一様におしゃれをしてきたりお風呂上がりだったりと、何か勘違いしていたことを憶えている。
その後は、眠ることもなく、成人記念ということでジャクリーンさんが召喚したビールを初めてモンスター達と一緒に飲みながら夜を明かした。
ジャクリーンさんが相変わらず酒豪だったり、意外にマルガリータが絡み酒だったりと、想定外の側面に笑いあいながら。
どこまでも続いてほしいような夜を、十年の日々の一つの幕切れを、楽しんだ。
XXX
次の日。
「初めからこうして森のモンスターを狩れば速くCランクにいけてましたね」
ずっとコアに注ぎ込まれていくモンスター達を見ながら、ジャクリーンさんがため息交じりに言った。
「……いやあ、教育に関してはどうしても慎重になっちゃいますね……というか、最初は人間を殺すためのシステムがダンジョンかと思ってたら、なんかモンスター殺しを推奨されているみたいですよね」
人間は誰を殺しても一律1ptなのに、モンスターは強いモンスターの素材であればそれだけで2ptほど入ることもある。
まるで、人間ではなくモンスターを殺すための機関であるかのようだ。
「そうですねぇ」
しかし、いつも物知りなジャクリーンさんが、そのときばかりは一般人みたいな返答をした。
普通の相槌なのだが、そこが少し引っかかって、つい質問してしまう。
「そうですね、って理由とかわからないんですか?ダンジョンにまつわることとか、自分のことですし一番大事じゃありません?」
まあ、自分が十年間調べてなかったのにどの面を下げて言うんだという感じだが、よく調べ物をしているジャクリーンさんがそれを知らないことが意外だった。
「んぁ」
しかし、ジャクリーンさんは面倒なことを説明させるなぁとばかりに、伸びをした。
「あなたの世界にお手伝いロボットはありました?」
何百人と面接している大企業の人事のような、聞き慣れた口調だった。その語り口から、もう会話のゴールは決まっているんだということがわかった。分かりやすい説明方法マニュアルでもあるのだろうか。
「ええ。お掃除ロボットがありましたよ」
ジャクリーンさんの分かりやすい説明が大好きな俺は、そのマニュアルに当然乗っかった。
確かにお手伝いロボットといえば有名なアレがある。猫が乗って回るアレが。
俺の返答に話がはやいと、ジャクリーンさんが喜んだ。
「そのお掃除ロボットが、「自分が仕える主のことなんて調べて当然ですよね!」って言って、あなたの交友関係を探り出したらどうします?」
「……電源を切りますね」
俺は既に話が読め始めてきた。
そうか。この世界には、
「じゃあ、そのお掃除ロボットが、「ご主人さまは素晴らしいから、ご主人さまの情報を他のお掃除ロボットに拡散しないと!」とか言い出したらどうします?」
「捨てるかもしれないです」
いや、ポンコツ過ぎて可愛いから育てるかもしれないが、話が逸れるので言わなかった。
「神を調べるとはそういうことなんです。というか、本当に神の謎を突き止めちゃうと、周辺全部焼き払われちゃうので……。私は近所に神学者なんて狂人が越してきたら逃げますね」
納得しましたか?と言わんばかりに、笑顔でジャクリーンさんが両手を顔の横で可愛く合わせた。
「なるほど。それじゃ、いくらジャクリーンさんでも知りようがありませんね」
そうか。神が実在していると神学者というのはより大変だな。今でいう軍事スパイを趣味でやるようなものだろう。
そんな日常会話の最中、コア近くのエグレンティーヌから、「作業が終わりましたわ!」と声がかかった。
近頃掛かり切りだったDP換算作業が、ようやく終わりを迎えたらしい。
その声を聞いて、俺とジャクリーンさんの二人の間に微妙な間が走った。同時に約束を思い出したのだ。
皆の知力がCになれば、俺達はジャクリーンさんのために彼女のダンジョンマスターと戦わなければならないという約束を。
「…………それで、契約忘れてませんよね。全員の知力をCにしたら、私のダンジョンに来てくれるっていう」
ジャクリーンさんが痺れを切らして話を振った。
もちろん約束を破るつもりはないのだが、俺は
「実は俺、同じ条件の先約がありまして……それも十年前に、この胸に埋まった人と」
俺は胸のロケットペンダントのチャームを開けた。なんというか、自分でもとても間抜けなことをしているとは思うが、大切な契約の証なのだ。
「……ずっと、思ってたんですけど。なんですか?そのペンダント。異世界のおしゃれじゃないですよね?」
当然ジャクリーンさんは、俺のそんな珍妙な行動に訝しげな表情を浮かべたが、きちんと質問を返してくれた
「神様と契約しているんですよ。ナバルビ女神っていう女神さまと。俺は彼女の信徒らしいんです」
後出しで申し訳ないが、あのジャクリーンさんとの契約時には俺も命がかかってたし、今でも女神との約束を破るという行為は命に関わることだ。だからこそ、譲るわけにはいかない。
「ナバルビ女神って、パンテオン上位じゃないですか!それに、そんな女神が自分の写真を植え付けるって……。ちょっと仲良くするだけで嫉妬で殺されかねませんよ!なんで黙ってたんですか!」
ジャクリーンさんが本気で怒る。
ナバルビ女神は、自分のものだという主張のために写真を植え付けたというよりは、「私との契約を忘れるなよ?」的な意味合いで写真を植えつけたのだと思う。
それに、実際にはナバルビ女神は既婚者でそんな嫉妬はしないのだが、今ばかりは神を恐れる彼女の恐怖を利用することにした。
「実は俺……そんなこわーい神様にも、全員の知力をCにしたら神殿へ向かうって約束してるんです。それも神様と直接。だから、いいですかね?」
俺は果たさなければならない。啓示の女神ナバルビ女神と十年前に交わした、モンスター達全員が知力Cに達したら娘のナナヤ女神に会いに行くという約束を。
ナナヤ女神はきっと今も、待っているのだ。
「大丈夫ですジャクリーンさん。安心してください。頑張って向かえば三日で済みますので」
俺は本当に申し訳なさそうにしながら、けれど、胸のペンダントが見えるようにしながら、彼女に懇願した。
「はぁ。……ウィトさんも、ダンジョンモンスターには脅しは駄目とかいい人ぶって、結局いたいけな私を、脅してるじゃないですか」
ジャクリーンさんが肩を落として、恨めしげに言った。
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