21話 クロウラーゲーム その2 (三人称視点)

 夕暮れ時。朱色に沈む森の上空を、そのオニバードは飛翔していた。般若のような恐ろしい顔も、この時ばかりは焦燥の色が浮かんでいる。


 彼は、群れから遠く離れ仲間の姿も見えない森のなか、悪魔のような蔦の言葉を思い出していた。


 ……一時間ほど前。


「実は、皆さんの身体は既に色んな毒に侵されています!」


 突然の臓器の痛みにより地に伏し、血を吐いていたオニバードの群れの中心で、ローザローザを名乗る蔦はそんなことを言った。


 実際には通訳を名乗る獣族モンスターがルール説明をしていたが、オニバードの脳裏にはその蔦の動きの陽気さがこびりついており、それが悍ましくてたまらなかった。


 地に伏したオニバードの多くは、その蔦に見覚えがあった。……ここ十年、死体に時折変なモンスターがたかっていることは認識していたからだ。


 オニバード等は自身と同じく死体に集うそいつらのことを疎み、見つけ次第殺していた。逃げるものの反撃はしないため、狩りが失敗した日には憂さ晴らしに攻撃をすることもあった。


 しかし、この紫色の蔦はその毒々しい色の通り、触れるだけで侵される猛毒を所持しており、攻撃をする際には厳重な注意を要した。そのためか、他の死体漁りより記憶に強く残っていた。


 記憶と違うのは、その蔦の姿が得意げで、いつもとは逆に地に堕ちたオニバードを見下していることだった。


「私のユニークスキルはぁ、『毒会話』っていうの。毒とお話して、頑張ってもらったり、休んでもらったりできる能力なの!」


 ローザローザは少女の形を蔦で作ると、誇らしげに顎をクイッと上げた。


 そのスキル内容を聞いて、有用性を理解することができたものは数十羽のオニバードのうち賢いほんの数羽のみだっただろう。


 攻撃面では、相手を強い毒に強制的に侵すわけではなく、防御面でも毒を一切受け付けないスキルでもないそのスキルは一見、戦闘に向かないように思える。


 しかし、予め仕込んだ毒を任意に発動させる能力というものは、何か悪意を持って使用すれば悍ましい結果を引き起こすものなのではないかと、そう思い至ったのだ……まさに、彼らが今そのような状況にあるがゆえに。


 ……事実、ローザローザ自身も、このスキルが人質、暗殺、脅し、そしてデスゲームチックなことをする際、極めて有用であることは理解していたし、そういった手段が大の得意でもあった。


「みんな、おかしいと思わなかったみたいジャーン。私が触った後の死骸の肉を、普通に食べちゃったりしてさぁ?なんで毒を残さないのかなぁとか思わなかった?か弱いローザローザちゃんには反撃なんてできないって、そう夢見ちゃった?」


 ……このローザローザの演説のときの、サリュ・クロウフットの物真似の上手さ、ウザさの伝達力の高さは、それは凄まじいものだった。


 サリュが驚異的な物真似の上手さを誇った理由は、彼女の種類名であるコロコッタが、地球において物真似をする獣という伝承を持っていたからだった。


 ……今回ばかりは、その物真似の上手さがオニバードにとって悪い方に作用していたが。


 その煽りを受け、みるみるうちに恐ろしいオニバードの顔が、怒りに赤く染まっていった。


『ふざけるな!森の戦士!オニバードを甘く見るなよ』


 そして、怒りと恐怖に耐えられなくなった何匹かの勇敢な若いオニバードが、即席の連携をなして、ローザローザへと襲いかかった。


「はーい。『ダリアちゃーん』」


 しかし、ローザローザは詠唱の一言でいとも容易くその攻撃をいなす。


 当然である。むしろ現在この森の中においては、毒に侵されたオニバードをローザローザがという状況だからだ。


 ローザローザが一言、毒の名前を呼んだ瞬間。攻撃をしかけたオニバードが、まるで亡者の怨念かのような声を上げ、地に堕ちた。


 そして、何度もビクビクと跳ねながら、頭を地面に擦りつけている。


「そりゃ、十年もあればさ、色んな毒を仕込みもするよぅ。こんな沢山発動する機会はないと思ってたけどね!いやー、何事も準備が大事だねってことでおーけー?」


 気づけば、襲いかかった勇敢なオニバードは死んでいた。デスゲームのベタな見せしめ役のように血を撒き散らしながら。


「それじゃあ、『石楠花しゃくなげちゃーん』!」


 そして、ローザローザは再び毒の名前を呼んだ。……彼女は自らが作成した毒に、ウィトから聞いた地球の花の名前をつけており、それが極めて悪趣味であることには気づいていなかった。


 そのローザローザの呼び声に、先程の同胞の死に様を目撃してしまったオニバード等の身体が、否が応でも反応し、痛みに備えた。


 しかし、彼らの予想に反し、オニバードには何の痛みも訪れない。


 「はい!これで皆の身体に潜んだ毒がウォーミングアップを始めました!4時間以内に解毒剤を見つけて飲んでください!……解毒剤もロザロザちゃん手作りなんだよ?ものすっごーく頑張ったんだから!それと、解毒剤は5匹分しかありませんので、頑張って」


 解毒剤がある?何故?5匹分?俺達同士で争ってほしいのか?そんな疑問を浮かべたオニバード等だったが、


 ローザローザが「じゅーう。きゅーう。はーち。なーな」と数え始め、それがだと気づくと、我先にと飛び立ったのだった。

 

 XXX


 そして、時は流れて二時間ほど後。

 

 (やった!あった!あったぞ)


 とある一頭のオニバードは、地面に落ちたハルクスパイダーの死骸に、包装された箱が埋まっているのを発見していた。


 オニバードは死体漁りの生態を持つとはいえ、狩りも得意としている。彼らのその目は、死骸に埋まった紫色の包装箱という目立つ代物を、見逃すことはなかった。


(俺?俺が一番乗り?)


 そのオニバードは、この場を訪れるまで数多くのハルクスパイダーの死骸を見てきた。


 盟友として共に時間を過ごしたこともあるハルクスパイダー達が、苦悶の表情を浮かべながら腹を天に向け屍を晒している様は、彼を恐怖に導いた。


 ……そんななか彼は、ウォーハウンドとの戦いにおいて何度も協力してくれたハルクスパイダーの死骸を見つけた。


 実際には、彼はハルクスパイダーに利用されていたのだが。


 しかしそんなことを知らない彼は、弔ってやる事もできないその事実と申し訳なさに押しつぶされ、いつも通りには飛べずにいたのだった。


 そのためか、まだ手つかずのその包装箱を見つけたとき、まだ仲間に見つけられていない箱があるという事実に、昏い安堵を感じていた。


 しかし、箱まであとわずか、という距離まで近づいたとき、オニバードはハルクスパイダーの体液ではない、獣の血のような匂いを感じた。


(なんだ?この匂い。まるで、俺達の……)


 ……そのとき、木陰から小さな獣が姿を現した。ついさっき、通訳として隅にいた目立たない獣である。


「お疲れ様です。私に勝利すれば、ゲームクリアです」


 そういって現れたサリュは、短い四足歩行の癖してその手に血まみれの短剣を握りしめていた。

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