20話 クロウラー・ゲーム その1 (ロジーナ視点)

 この空を我が王……ウィト様に捧げるのも悪くない。


 わしはひさびさの遊覧飛行に気分をよくして、そんなことを思った。


 ふと思い返してみると、翼を持ちながらこれほど自由に空を翔けたのは今日が初めてじゃった。


 わしがダンジョン内でいつも寝ておったのは、この15メートルにも及ぶ巨大な体躯が、森では狙われやすかったからである。


 木に近づけば、大量に潜むハルクスパイダーやらに一斉に襲われるしの。王の命により、反撃もできん。


 じゃからわしはダンジョン内に篭もり、王をずっと眺めておった。王の御姿を拝謁するのみでも十分に過ぎた娯楽じゃったし。


 それに、ダンジョン内には王より賜った飛行用の施設もあった。わしは翼が錆びれぬよう、飛行訓練ができれば十分だったのじゃ。そもそも、外の世界より王がお創りになった『ラグネルの迷宮』内部の方が、美しいに決まっておる。


 ……しかし今や、戦闘が許可されればどうじゃ。この大空のもと、わしに適うものはおらん。襲いかかってくる雑魚どもを身体を傾けるのみで迎撃する。


 そんな時じゃった。気分良く眼下を見下ろしておると、視界が緋色の光に包まれた…………一瞬驚いたが、デリラの加護じゃろう。山火事のような明かりではあるが、あやつの魔法は熱いだけで火の属性は持っておらんはずじゃし、延焼の心配はない。


 その様子を見て、ローザローザがはしゃいだ。しかし、それは高所と光に喜ぶ無邪気な楽しみではなく、もっとよこしまで歪な歓びじゃ。


「あ、見てみて。森が真っ赤になってる。馬鹿でーい。ロザロザちゃんを愛さないからそうなるのだー」


 ローザローザが、蔦でできた身体を器用に跳ね上がらせる。全く重くはないが、こやつに遠慮とかはないんじゃろうか。


「……というかこれ。まずいのではないですか?周囲の町からも見えますよ、この光」

 

 サリュが言った。アナグマのような姿の彼女は、後ろ脚で立って森の全体を見渡していた。


 王の言葉にひたすら従うことをよしとする狂信者タイプの彼女は、王から許可が出たといえばすぐについてきおった。


 ……それにしても、確かにデリラの放つ魔法がこれほどの光を発しているのは見たことがないの。それほどハルクスパイダーが多いのか、デリラがキレているのか……。いや、あやつのユニークスキルは、感情の発露がない方が強いんじゃったか。


「この光で、あの蜘蛛共が死滅したんじゃな」


 Dランクへのランクアップによりこの巨体になってからほとんど外に出てないわしは、もはや懐かしい程度の感想しか抱いておらんかった。


 なんというかその赤い光は、「一つの森から一つの種類の生物を根絶やしにする」といって想起されるような残虐さからは、かけ離れた光景に見えたのじゃ。


 かといって、綺麗だとか、そういうわけでもない。そう、ちょうど殺虫用線香の火を眺めているような、そんな感覚じゃった。


 哀れみはない。しかし、この世で最も偉大な王に奉じる知性を持っておらんかったあやつらに、同情はするの。


 ……その光は、それほど長く続かなかった。


「あー、収まった。ま、五秒間、森が真っ赤に光ったくらいなら大丈夫かな?」


 ローザローザは極めて楽観的な一言を呟いた。


 こやつのことじゃからどうせ、他人のミスでダンジョンの存在がバレてくれれば、責任を負わずに戦えて美味しいとか考えておるんじゃろう。


 王がダンジョン内に攻め込んだモンスターを殺すたびに、どれほど思い悩んでおるのかも知っておきながら。


 しかし、こやつと揉めても仕方がない。どうせ、王に尽くす姿勢が根本から異なるのじゃから。


 そう思い上空から望む地平線を楽しんでおると、近くに町が見えた。


 ジャクリーン嬢いわくボードリッタというんじゃったか。あの光を複数人に見られていなければよいが。まだ明るいうちじゃから、緋色の光が届くようなことはなかったと思うが。


「よーし。私達も負けないよう頑張るぞ!」


 背に乗ったローザローザの姿は見えんが、きっと同僚の活躍にはしゃいでおるんじゃろう。じゃが、言っておることは無茶苦茶じゃった。彼女のユニークスキルは発動さえすれば、頑張る必要すらないのじゃから。


「いや、ローザローザ。お主のユニークスキルを上空から発動させればよかろう」


 そのわしの言葉に、ローザローザは楽しそうにケタケタと笑った。


「それじゃつまんないジャーン!全滅させてもいいんだけど、サリュちゃんが戦う機会なくなるでしょぉ?だからちょっとしたゲーム、したいんだよねぇ」


 ローザローザは器用に身体を私の眼前に伸ばすと、王から以前賜った熊の人形をまるで、蔦のマリオネットのように動かし、人形劇を始めてしまった。飛行中のわしには邪魔でたまらんかったが。


「ゲームですか」


 じゃが、サリュは、そのローザローザの突飛な行動にツッコミを入れることすらなく、会話を続けた。


 ……相変わらず生真面目なやつじゃ。いや、真面目ならツッコむところじゃろうし、無関心な奴じゃと言うべきか。


 サリュの質問に、ローザローザがノリノリで答える。


「ロザロザちゃんがユニークスキルを発動したら……でも、何か動機を作らないとさ、敵は強いサリュちゃんから逃げちゃうじゃん?だからさ、オニバード達がみんな参加したくなるようなゲームをセッティングしたいんだよね」


 それは、ともすればサリュを侮っているとも取れる言葉だった。「お前は俺のお膳立てがなければ活躍できない」と言っているようなものなのだから。


 しかしそんな一言に対してサリュは、


「感謝します」


 と躊躇うことなくそう言いおった。我慢ならず、サリュに指摘する。


「おい!サリュ。王の戦士よ。人質を取って、実質的に敵の命がない状態で戦って構わんのか」


 サリュはいつもわし等に模擬戦を申し込んでくる戦闘狂ではあるし、王からの個人レッスンでも唯一戦闘の講義のみを受けておった。じゃからこそ、皆サリュをダンジョン一の戦士として認めておった。


 そんなサリュが、圧倒的に有利な状況で弱者と戦闘するという、卑怯とも思える行為をすることが意外だったのじゃ。


 しかし、このときわしはサリュのことが一切わかっておらんかったのじゃろう。いや、という生き物のことを、全然わかっておらんかったのじゃ。


「私は騎士ではなく武術家ですので。ある程度の戦闘ができましたら、ローザローザさんのスキルを使用していただいてかまいません」


 それはつまり、戦いに満足をすればとどめは他に任せてもよいという、冷徹どころか、戦士とは思えない言葉じゃった。


 ……外に出て初めて分かったことじゃったが、こやつは戦士というより、「最も強い戦い方を極めたい」という研究者タイプなのじゃった。そしてそれこそが、王より武術の道を教わった彼女の生き方なのじゃろう。


「ワロタ。それもう戦闘じゃなくて実験ジャーン。……あ、この辺がオニバードの巣だってさ」


 そんな会話を続けていると、ローザローザがマルガリータからくすねた地図を広げていった。


「意外と近かったの。それじゃ、下ろすぞ」


 殲滅戦にも、ローザローザのゲームとやらに興味がないわしは、こいつらをここに下ろしてすぐにでも帰りたかった。


 …………巣の上を飛んでいたのだから当然、周辺をオニバードに取り囲まれてはおったが。


 王のお話によるとやつらは、「般若の顔をしたハゲタカのような生物」、らしい。王いわく、地球でもハゲタカは死体漁りをする生物じゃったそうじゃが、この世界の彼らも死体漁りであり、わし等と餌を共通する天敵ともいえる存在じゃった。


 わしが背中の二人を降ろせる場所を探しておると『お前。あの赤い光が何か知っているのか!』などと、オニバードが声をあげた。しかし、わしらのなかに、それに答えようとするものはいなかった。


「いやいや、一緒に降りようよぉ。今からが楽しいのに!これじゃ私がロジーナちゃんをパシったみたいジャーン」


 ローザローザが甘えた声を出す。よく蔦の身体でそこまで自分が幼子であるかのような媚び方ができるのだと、軽く感心した。


『おい!無視をするな。うぎゃ』


 痺れを切らし、攻撃してきたオニバードの身体を握り潰す。じゃから外に出たくなかったのじゃ。こいつらは、今まで反撃をしてこなかったわしを侮り、すぐに攻撃をしてくるからの。面倒くさくて仕方がない。


 その瞬間、周囲のオニバードが一斉に驚いたような鳴き声をあげた。するとすぐに、まるで反響したかのように森中からオニバードの声が聞こえてきた。


 合戦開始の合図である。


 空気が変わったと同時に、ローザローザが何の動揺もなく詠唱を開始する。


「『あいわなぼんちゅ』『ユアシャタシャタ』『二回目の自白には貴方の名を』。私のヴェノムちゃんたち!頑張って」


『アガァァァァア』


 ローザローザの短い詠唱が終わると、呻き苦しみながらオニバードが墜落した。


 あまりにあっけない戦いの幕切れ。ほれ、わしの力の必要なぞないのじゃ。


 それにローザローザの奴め、ゲームとやらのためか詠唱の後にスキルのパワーを抑えておった。


「……ローザローザさん。ゲームの説明を」


 サリュが鋭い目をして言った。ゲーム内容を求めている割には、その声に弾みはなく、ただただ静かな殺気に満ちていた。よくこんな有利な状況でここまでになれるものじゃと思ったが、これも彼女が王から賜った技術なのじゃろう。


 その言葉を聞き、ローザローザが待ってましたとばかりに声を弾ませ、包装された箱を取り出した。箱の中は、分からない。


「ジャーン!その名もクロウラーゲーム。解毒剤を死体に埋めて、それを漁ってもらうの。私達から逃げながらね!ロザロザちゃん達がやられたことを、やり返すのだー」

 

「安直ですね」「安直じゃの」


「何をぅ!!」


 本当は大して、復讐など気にしていないくせに。


「わしはいいじゃろうもう。後は好きにせい」


 久々に外に出たら疲れてしもうた。それもうそろそろ眠いしの。


 その時、「……オニバードのある集落がレアアイテム持っているっていう情報をマルガリータが仕込んだらしいよ」


 そう、ローザローザが呟いた。そして、「ゲームで一番狩った数が多かった人が、そのアイテムをお兄ちゃんに捧げていいことにしようよ」と続けた。


 たるユニークモンスター。ヘダムの本性が疼く。


 竜とは本来、宝を集め、貯めるものだ。


 自身の血が沸き立ったのを、感じた気がした。


「ふん」


 そしてわしは、ローザローザに誘導されることが気に入らんと鼻を鳴らし、地に伏したオニバード共の中心地の中心に降り立ったのだった。

 

「キャーちょろーい!」


 わしがせめてものしかえしにと高速を出すと、ローザローザが楽しそうにはしゃぎ声をあげた。


 ________


 加護は、魔法の一種という認識です。「特定の条件を満たすことで神のつよつよ能力をいっぱい使える魔法」= 加護という認識でOKです。

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