19話 一方その頃 (三人称視点)

 これは、デリラ・デイアネイラが大規模戦闘を開始する数時間ほど前のことであった。

 

「ずるいずるいずるーい!」


 植物族のDランクモンスターであるローザローザ・ヴィンシーは、『ラグネルの迷宮』内の一室、簡素な飾り付けと巨大なベッドのみが置かれたその部屋で、これでもかというほど激しく駄々をこねていた。


「だぁー!やかましいっ!かまってほしいからって絡みついてくるな」


 絡んだ相手は竜族のモンスターであるロジーナ・ブラッドンである……彼女は自室で寝ているところを上からのしかかられ、その駄々を聞かされていたのであった。


 声と状況描写のみであれば、2人の少女がじゃれあっている光景に思えるが、実際には「喋る毒々しい紫色をしたつた」としか形容しようがないローザローザが、あかがね色をした巨大な竜であるロジーナの全身を覆っているという異様な光景が、その部屋には広がっていた。

 

 ……ローザローザはアルデガンノという種類の、純度100%で蔦そのもののモンスターであった。しかし、器用に触手のような蔦を絡み合わせて少女の形を作ると、「だってぇ」と猫撫で声を出した。


「マルガリータちゃんがロザロザちゃんを……私達をハブにしたんだよ!ハブ!」


 自身のことをロザロザちゃんと呼ぶ少女に、その話か、とロジーナは目を瞑った。


 マルガリータが森の獣を狩る許可をウィトから受けたという話は大きなトピックとして、ダンジョン中に広がっていた。


 皆何か思うところがあるのだろうか、口にする話題は大抵がそのことについてばかりだった。


「じゃが、王がマルガリータに命令したのだから仕方がないじゃろう」


 ロジーナは自由な生き方を信条とする尊大な竜族らしい性格をしていたが、それでも自身が王と敬うウィトの命令は絶対であった。彼女にとって王であるウィトが言葉を発せば、それはその時点で下々には覆すことのできない絶対の命令となる。


 しかし、ローザローザの認識は、少々違ったようだった。


「でもでもだよ?マルガリータちゃんってさ!ぜっったい人選に私情挟んでるよね?人事失格だよね!」


 そういうと、ステレオ音声のようにもう片方の蔦からロザロザの声が聞こえた。……蔦でしかないアルデガンノのローザローザは、言語を話すための器官があるわけではない。


 植物語は葉のざわめきで会話できるため、ローザローザは身体の何処からでも声を発することができるのだ。そして、ローザローザはロジーナに絡みついたその蔦の全身から声を出すのだが、ロジーナにはその音の振動で身体がゾワゾワする感じがうざくてたまらなかった。


「マルガリータは……真面目じゃから大丈夫じゃろ」


 その不快感に耐えながら、ロジーナは声を振り絞った。


 そんな大きな話題がダンジョンで流行っているなかロジーナがこうしてぼーっと寝転んでいる理由は、ウィトの敵を殲滅することに興味がないからではない。


 同僚が一人でも本気を出せば、誰でもこの森程度は殲滅できると知っており、であれば任せてもよいじゃろう、と信じて託していたからだった。

 

 しかし、どこまでも落ち着いているロジーナの首元まで登り、ローザローザは耳元で話を続ける。


「いやいや、私もマルガリータちゃんが仕事を失敗するだなんて思ってないよ?てか、お兄ちゃんの交渉人を目指してるのに、森の雑魚どもにいいようにされてちゃ……うん、向こう二ヶ月はいじれるかな」


 ローザローザはそういって邪悪に笑った……。いや、邪悪な形状をした黄色の花を咲かせた。普通の植物族モンスターにはそんな芸当はできないが、ローザローザは感情表現のために多様な色と多様な形の花を咲かせることができる。


 ユニークスキルではない。人間と常に生活してきた彼女の身体が、そうなることを願ってランクアップした結果だった。


「……じゃろうな。そもそも、デリラとヘーゼルを連れて行ったんじゃぞ。敵なんぞ一匹も残らんわ」


 マルガリータはあまり戦闘向きではない……それでも森の連中相手に負けることはないだろうが、逃してしまう可能性は残る。


 けれど、デリラの『縁』を辿る力と、ヘーゼルの飛翔と生体感知というレーダースキルがあれば、もう負ける要素は一つたりともないと、ダンジョン内の見解は一致していたのだった。


 だからこそ、自分もついていきたいなどと言うものが今の今までいなかったのだ。過剰戦力は基本的に防衛線となる今後のダンジョン運営において、愚策である。


「でもでもだよ?森の連中を殲滅するなら、絶対に私呼ぶべきじゃない?だってさ、デリラちゃんよりずーーーっとバレずにやれると思うよ!」


 そういって、ローザローザにひときわ大きく、赤い花が咲く。


 つまるところ彼女は、自分の手柄がほしいのだった。


 ……ローザローザは植物族モンスターの誇りとして、森のモンスターを最もうまく殺すことが可能であると自負していた。


 しかし、彼女が作戦への参加を求めた一番の理由は、自身がお兄ちゃんと呼び慕うウィトに褒められるためだった。


「ふん。それはそうじゃろうな。「こっそりたくさん殺す」という今回の目的に、お主のスキルほど向いているものはないじゃろうし」


 大規模な殲滅作戦は、その手段も大仰なものとなる。ある程度の隠密性を維持しつつ、MAP兵器としての性能を誇るローザローザは、今回の作戦に向いているということは、ロジーナも認めざるを得ないところだった。


「でしょでしょ?だから思うんだけどさ、マルガリータちゃんはお兄ちゃんに褒めてほしくて、主張の強くない子ばっかり連れて行ってるんだよ!デリラちゃんは絶対お兄ちゃんに褒めて褒めて~ってできないし、ヘーゼル姉はマルガリータちゃんに譲ってあげるだろうしね!私を連れていったら、私がいっちばん褒められるに決まってるもん」


(うぜえ)


 ロジーナはローザローザの、「ウィトに最も愛されているのはロザロザちゃんなんだよ♪」という態度に苛立ちを覚えたが、ここで嫌がる素振りをしてもローザローザを喜ばせるだけだと思い、黙るしかなかった。


 ……ローザローザは、同僚やウィトの困った顔を好む。


 それは、ウィトが十年間もの間、何度ローザローザの毒によって死亡しても、「愛の証」と称して再び抱きしめたことによって生じた、彼女の歪の恋愛観が原因だった。


 それを知っているからこそ、ロジーナはなるべく無関心を装って、ローザローザとの会話を続ける。


「そもそも、王に褒めてとねだるような奴はお前しかおらんしな」


 その言葉に、ローザローザが模った少女型の蔦が、えっへんと胸を張った。

 

 ローザローザはGランクだったころに毒でウィトを殺した時からずっと、ウィトにくっついて甘える珍しいタイプだった。


 他のモンスターが「嫌われたらどうしよう」と尻込みするなか、ローザローザだけは「殺したのに愛してくれたのだから、もう何をしても嫌われない」という「絶対の愛」を信じていたのだ。


 一応、彼女も最初はウィトを傷つける度に自身の持つ毒性に悩んでいたのだが、数十回死んでも抱きしめてくるウィトにほだされ、今はウィトの「絶対の愛」の存在を自身のアイデンティティとしていたし、自身も「絶対の愛」をもってウィトにお返しするためにはどんな拒絶も無視してひっつくべきだと考えている、物騒な甘えん坊なのだった。


 そんな彼女が、作戦に無理やりであっても参加をしようと試みることは、ある意味当然であるといえた。


「いやいや、みんな直接言えないだけでさ、褒められたいってのバレバレだから!わざわざ頑張りましたとか報告しちゃってさ~。お尻振って求愛してんの。ま、それはいいんだけどね。でも、欲張りはだめだよぅ。みんな仲良く愛されないと」


 ローザローザはやれやれと両手を広げるジェスチャーを、蔦で再現した。


 ロジーナは、いつも陰からウィトを見ているマルガリータと、会話が可能となってますますウィトにひっついているローザローザの姿を脳内で見比べて、マルガリータに強い同情を覚えた。


「で、どうするんじゃ?指揮権はマルガリータにあるんじゃろ?」


 ロジーナは、愚痴はそれくらいで十分だろうと話を切り上げる。基本的にロジーナは小さいことを気にしないためか悩みが少なく、ずっと動かず部屋で寝転んでいる。そのためか、愚痴の相手に選ばれることが多かったのだ。こうした切り上げ方は、彼女の持つ唯一の処世術だった。


 というか、そろそろ眠たかった。


 その結論を求めるロジーナの言葉を聞いて、待ってましたとばかりに身体中にまとわりついた蔦が全て眼前に集中する。そして、人間の子供型となったかと思うと、お次にツンと胸をそらした。


「ふっふーん。サリュちゃんにきいて私知ってるんだー。マルガリータちゃんも、友達がほしいとか嘘ついて今回の任務をおねだりしたんだって!お願いダーリンしちゃったんだってぇ!」


 15歳程度の女の子の形をかたどっているローザローザの背面から、2本の蔦が伸び、ハートを作る。


 それをきいて、ロジーナはローザローザの意図が全て読めてしまった。あ、コイツ、それをパクる気なんだな、と。


「……マルガリータときちんと連絡を取り合うんじゃぞ」


 ロジーナは、必死に森の勢力図を描いていたマルガリータの姿を思い出し、そして、今からその全ての努力を無に返されてしまう彼女に、哀悼の念を送った。


 しかし、ローザローザはロジーナの考えすら上回る自由人だった。


「何言ってんのロジーナちゃん!サリュちゃんも誘って、三人で任務にいくんだよ!ほら、サリュちゃん森の獣の殺し方ずっと練習してたのに、かわいそうじゃん!」


 その唐突な提案に、ロジーナはダンジョン内だというのに竜のブレスを漏らしそうになった。


「確かに、サリュは森の連中との戦闘プランを考えておった。じゃから、それを試させてあげたいというのはわかる。じゃがなぜわしが同行せねばいかんのじゃ」


 そのとうとう堪忍袋の緒が切れ、ややキレ気味なロジーナの言葉を、ローザローザは意に介することなく言い放った。


「空飛べるから!乗せてって!」


 そういうと、ロジーナが愕然としているうちに、ローザローザは潮が引くように素早く、ロジーナの自室から離脱したのだった。


「待て!ローザローザ!馬鹿にしておるのか!」


 しかし、ロジーナがそういうときには既にローザローザの姿はなく、遠くの部屋から、「ウィトお兄ちゃ~ん。ロザロザちゃんもお友達ほしい!あ、あとサリュちゃんとロジーナちゃんもほしいって言ってたよ!」という声が聞こえてきた。


 ロジーナは、これでまたマルガリータの酒の量が増えるな。と嘆息したのだった。

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