35話 とある受付嬢の一日

 海とギルドの国ナディナレズレ。


 国といっても、地球にあるようなそれとは異なる形態をとっており、どちらかといえば都市国家と呼ぶ方が近いだろう。


 そもそもエティナには大国と呼ばれる国はそれほど多くない。それは地球よりも過酷な環境……毒沼なんてものが大陸に点在していることも理由であるし、強いモンスターがする地点が存在していることも理由として大きいだろう。


 過去の神話段階において、神々は人間に働かせるためモンスターというシステムを作り出した。そのため神を信仰しない、都市に属さないような人間が一人で住めるような土地などどこにもないのだ。そういう風に、作られている。


 さらには、モンスターの襲撃を跳ね除けるためには、加護を貰うための供物として、大量の牛を畜産できる広大な放牧地に、野菜を安定して収穫できる日当たりの良好な農地も必要となる。


 そうした土地を持たない人類は死に絶えるしかないのだ。


 そのため、エティナの領土拡大というものは地球と同じ「領土貰えるならどこでもありがたい」という感覚ではなく、「できるだけ安全で産業に適した地を領土としたい」という感覚である。


 だからこそ、エティナには未だに「誰のものでもない土地」の面積の方が広く、ほとんどの国は危険な地形やポップ地点がない場所を上手く切り取った場所を国家として樹立していた。その国家を強力な城壁で囲み、城壁内に対モンスター用の武器を配置する。そうすることが古代エティナの人々が見出した生きる道だった。


 そして、その中に畜産、農業を成立させる。その成果物を神に奉納し、加護を貰ってより多くの産業を成立させる。その産業で得たものを奉納してより多くの加護を貰う。……そうした富国の末、永久楽土を目指すことがエティナの国家の基本的な在り方だったのだ。


 その在り方には神の加護パワーも多分に寄与しているが、なんだかんだそこに住む人々の努力が導いた形であったし、彼らの活力のたまものであった。


 ……その中でも特に、海とギルドの国と称されるナディナレズレは、鍛冶ギルド、商業ギルドなど政治にまで関与するギルド群によって成り立った国家である。王政ではあるものの、民の活力には目を見張るものがあった。


 特段、ハンターズギルドは近隣国家より権力、所属ハンター共に強力で、近隣に住む人々にとっては確かに誇りであった。賑わう往来その全てが、自身らの所属するギルドが作り上げた光景であると、信じていたのだ。


 これはそんなハンターギルドの受付嬢の、とある一日である。


 XXX


「おめでとうございますっ!Dランク昇格ですよ!」


 私が万感の思いでパチパチっと手を叩くと、目の前の少年が照れくさそうに笑った。


「ありがとうございます!コリーさんのおかげですよ!」


「私なんて依頼書を選んで渡しただけですってば」


「いえいえ、そんなことないです!僕だけだったらきっとあのとき……!」


 そういうと少年は、必死になって顔を赤くした。


 いやー、可愛いなぁ。私もまだ若いはずなのに、ちょっと年下の少年がすごく可愛く思えちゃうんだよなぁ。こんな素直な子だと特に。


 こうやって最初に受付した子が昇格した時こそ、ギルド嬢やっていてよかったって実感する。確かにハンターは命の危険もある職業だけど、だからこそみんな毎日をめいっぱい苦しみ、楽しんでいる。


 私はそんな彼等の姿を眺めるのが好きだったのだ。


「じゃ、コリーさん!僕酒場のみんなにも知らせてきます」


「はーい、いってらっしゃーい」


 今日もいいことあったなぁなんて自身の身の回りのことを忘れ去って祝福していると、入り口がにわかに騒がしくなった。


 といっても、ハンターズギルドが騒がしいのは今に始まったことじゃないけど。


「おい!すっげぇ美人だぞ」


「あんな綺麗な服みたことないし、まさか祝福の家系とか?」


「いや、あんな容姿だし恩寵を受けてるんじゃないか」


 といっても、その日の騒ぎはいつもとは少し異なっていた。カウンターにいる私からは分からないが、噂話の内容からどうやらとんでもない美女がやってきたのだということは分かる。


 それにしても、恩寵持ちと噂されるってことは相当ね。


 ……神の加護を受けることができる人は大抵がお金もちで、さらに人生まで神に捧げている人ばかりだ。


 けれど、中にはイケメンや美女に対して、「結婚するなよ。お前は俺のものだからな」ということを告げる目的で一方的に加護を捧げる神もいる。


 大抵は喜ばれるものだけど、彼氏や彼女がいたせいで悲惨な末路を辿るなんてパターンも多いその加護は、一般に恩寵と呼ばれていた。特に川の女神ナンナキシュなんて、水に溺れているのがイケメンだったらとりあえず加護をあげて囲うせいで、イケメンで加護がほしけりゃ川に飛び込めなんて言われる始末だ。


 ……いいなぁ。私も女神なら可愛いイケメンに手当たり次第加護をあげて独占するんだけど。


 とまあ、私がそんな不埒な妄想をしていると、どうやら話題の女の子達は真っ直ぐこちらのカウンターにやってきているようだった。


「うわぁ可愛い」


 思わず息を漏らす。ファッショナブルで気だるそうな眼鏡美女に、ぴょこぴょこ歩きながらギルド内を物珍しそうに見ている少女の組み合わせ…………。


 確かに恩寵持ちでも不思議じゃない?いや、むしろ神の加護によって綺麗になってるんじゃないの?うん。そうに決まってるわ。だって可愛すぎるもの。


 くっ。人間の化粧でどうにかなる範疇を遥かに超えてやがる……。


「お姉ちゃんこんにちはー。私達ぃ、ローザローザと、ビオンデッタといいますっ!ハンター登録をしにきました」


 そんな、声も可愛いうえに、お姉ちゃんだと!ああ。初対面の受付嬢にも百点の笑顔……可愛い……持ち帰りたい。


「あのー、お姉ちゃん?」


 はっ!いけない。仕事をしないと。


「は、はい!ハンター登録ですね!こちらの「カメラ」というアイテムでお写真を撮りますので、まずはお座りいただけますか」


 ハンター志願自体は誰でも出来ることだし、私は慣れたやり方で隔離されたスペースに二人を案内した。二人はキョロキョロしながらついてきた。どうやらギルドの中が新鮮のようね。


「はーい!うわぁ。初カメラ!緊張するぅ」


 初めてFランクのアイテムであるカメラを見たローザローザを名乗る少女は、椅子に座ると二本の指を立てるポーズをした。


 何そのポーズ?分かんないけど、十代では流行ってるのかな……。


「あのー……写るのは顔のみですので」


「えーうそっ!恥ずかしい。あ、敬語はいいですよ、お姉ちゃん」


 そういってローザローザちゃんは、はにかんだ。ナニコレ可愛すぎでしょ。本当に同じ生物なの?写真一枚余分に撮っていいかしら……。はっ。いけないいけない。


 こんなところで減給をくらうわけにはいかない!


「はい。可愛く撮れたわよローザローザちゃん。次は、ビオンデッタさんお願いします」


 私がそういって誘導すると、ビオンデッタさんは脚を組みながら優雅に椅子に座ってポーズをとると、微動だにしなくなった。


 本当に、一切動かないのだ。え?瞬きくらいしてくれないと流石に恐いんですけど、と思うくらいピタッと停止している。


 ええ。なんか、絵のモデルとかやっていたことあるのかなぁ。だってファッションも見たことないアイテムばっかりだもんね……。うわぁ。そんな人のことを撮るの緊張するなぁ。


「早くしていただけますか」


 私が少しでも格好良く撮ろうと試行錯誤していると、ビオンデッタさんが、冷たい声で微動だにしないまま言った。


「は、はい!直ちに!」


 恐い人だなぁ。あんなにローザローザちゃんは親しげだったのに……もしや、ビオンデッタさんはその護衛とか?だからあんなピリピリしてるとか?あり得るなぁ。


 いや、だとしたらビオンデッタさんがお洒落すぎるのもおかしいかな。うーん。


 そんなことを考えていると、カメラによる写真制作が終わった。出てきたビオンデッタさんの写真は、なんというか挑戦的で、仕事できそうで、見ていて少し自分の性が誇らしくなるような力を秘めていた。


 この写真はきっと売ろうと思えばそれなりの値で売れるだろう。すごいなぁ美女って。リアル錬金できちゃうじゃん。


 今までカメラに「このFランクのアイテム便利ね」くらいの感想しか抱いていなかったけど、こうして美女の姿を一生保存していられると思ったら、意外と価値ある道具なのかも。


 だめだめ。仕事の話をしないと。


「これからはこの写真の入ったギルドカードにお二人の情報が追加されていきます。また、ご存知かと思いますが、ハンターは仕事をこなすことでGからSまでのランクがあがり、このギルドカードの色が変わっていきますので、皆様の名刺代わりとなります。再発行にはお金がかかりますので、お気をつけを」


「ハーイ」

 

 ローザローザちゃんが元気よく返事する。こんな幼くて元気のいい女の子がハンターになって大丈夫なのかしら……。なんて老婆心が目覚めてしまう。ハンターの中には新参ハンターを狙うやつも多いから、私が注意しないと!


 そんな決意の中、登録は進む。


「それでは次に、お二人の情報をこちらの用紙にお願いします。文字が書けなければこちらで書きますが」


「それじゃ、お願いしまーす!」


 用紙を渡すと、意外なことにローザローザちゃんが用紙をこちらに返してきた。ビオンデッタさんも無言で用紙を返す。あれ、お金持ちだと思ったけど、文字を書けないということはそうでもない?いや、単に自信がなかっただけなのかな。


 とにかく追求する権利もないので、質問を開始した。


「では、まずはフルネームを」


「えーと、まずロザロザちゃんのフルネームはローザローザ・ヴィンシーでしょぉ。で?」


 私がローザローザちゃんの発音を元に文字を記していく。そして流れに沿って、二人の視線がビオンデッタさんに集中すると、何故か彼女は既にそこにおらず依頼が貼られてある掲示板を眺めていた。


 そして、こちらに数枚の依頼書を持って近づいてきた。


「ローザローザ。後は貴方に任せます。受付レディ、こちらのGランクの依頼を幾つこなせばランクアップが可能なのですか?」


「あのー、ビオンデッタ様。証明書の制作が終わるまで、依頼を受けることはできませんが」


 ハンターは、ギルドの名の下に信用を借りているようなものである。値段も変わらないのにギルドの依頼承認を受けていないハンターなど最も定番な詐欺の一つである。


 しかし、ビオンデッタさんはそんなこと分かっていますとばかりに、私の言葉を無視して話を続けた。


「ここに猫探しの依頼がありますが、証明書の作成が済むまで、探すことすら許されないのですか?」


「い、いえ。流石にそんなことは」


 当然、ギルドにそんな権限はない。でも、こんな重大な場面ですら急ぎます?


「……でしたら、その身分証明書の作成が終わるまで、私はここに書かれた依頼をこなしてきます。安心してください。実際に猫を連れてくるのは、身分証明ができた後にします」


「ごめんなさい!お姉ちゃん!この子めちゃくちゃめんどくさいの!」


 そういってビオンデッタさんはローザローザちゃんの必死の謝罪をよそに、入り口から出ていってしまった。


 私が唖然としていると数秒後に、


「ひ、ひぃぃぃぃ。ギルドの入り口に馬鹿でかい蜂の死骸があるぞ!」


「誰だ!こんなところに切り分けてないモンスターの素材持ち込んだやつ」


 と、またもや入り口が騒がしくなり始めた。


「さ……騒がしいところだね。ギルドって」


 そういったローザローザちゃんの頭には、青筋が浮かんでいた。どうやらその死骸とやらについて、彼女は何か知っているらしい。


 ビオンデッタさんが護衛だという考えは、私の中でとっくに消えていた。格好はローザローザちゃんの方が派手だが、変な人は明らかにあっちだな。


 気を取り直して私は次の質問に移った。

 

「あ、あの一応差し支えなければ信仰する神の名をお願いします」


 これは戦闘力を測る意味があるし、どうしても倒せないモンスターが出てきたときに対処してもらうために聞いていることだ。だけど……


「えーっと、いえませーん。誓約でーす」


「……そうですか」


 正直に言う人はとても少ないのだった。彼女の言葉も、きっと嘘でしょう。


 確かに神の加護を貰っている人の中にはそのことを言うなと神に口止めされているものもいる。けれどその数は決して多くない。


 だというのに、ハンターはほとんど自身の神を隠す。それはハンターにとって自身が信仰する神は戦力そのものだからである。


 ……そして隠すということは、彼女がそれなりの戦力を秘しているということだ。ま、この国ナディナレズレで最強の人物も18歳の女の子だから何の不思議じゃないんだけどね。


「そのー、これで身分証明書、作り終わったんだけど」


 私は書き上がった身分証明書を彼女達の方に向けて言った。


 歯切れの悪くなったのは、できた身分証明書を渡すべきビオンデッタさんがいないからだ。そう。時短として猫を探しにいった彼女だが、身分証明書なんて簡単に作り終わるものなのだ。


 あー。なんか恥かかせちゃったかな。


「えーすごーい。簡単なんですね」


 私がそんなことを思っていると、ローザローザちゃんが両手を口に当てて驚くいてみせた。カワイイ。


「もちろん何か問題を起こせば剥奪されるし、顔も撮ってるから、剥奪されたら今後どのハンターズギルドにおいても身分制作ができなくなるわよ」


 ギルドは走り出したものに信頼を貸し出すものである。それは貸されただけのものであり、返す見込みのないものからは即時に回収する。それがギルドのルール。

 

「りょーかい」


 そう言いながら、物珍しそうに少女は身分証明書を隅から隅までを確認した。まるで知っている身分証明書と見比べるように。でも、このままここでビオンデッタさんを待つのかな。


 そんなことを思っていると、


「それじゃ、呼び戻すね」


 そう言って少女は、「ビオンデッタちゃーん。できたって」と叫んだ。


 何をしているんだろうと思っていると、少し遠いところから悲鳴が聴こえる。


 何事なの?なんて考えるうちにみるみる悲鳴が近づいてくると、最後にギルド内にやってきたものは突風だった。


「ちょ、何ですか、この風!」


 風が止み、ようやく目を開けられた私の前に立っているのは、ビオンデッタさんだった。もしかして今の悲鳴って彼女が走ってきたから?でも、彼女の服装や髪型には、一切の乱れがない。


 本当に何なのビオンデッタさんって!


「身分証明書、できたって」


 再びローザローザちゃんが告げた。


「ありがとう。ローザローザ。それで、猫は何匹見つければいいわけ?」


「5匹でいいみたいだよ、掲示板の古いやつから5匹分よろー」


 私が混乱している間に、二人の会話は進んでいく。そして、やり取りを終えると、詳しい事情を聞く前に彼女は再び走り去ってしまった。


「じゃ、この5つの依頼を受けまーす。よろしくお願いしまーす」


 そういってローザローザちゃんが依頼書を手渡してきた。初依頼だというのに、まるで戸惑いもせずに。


「…………えっと、依頼を期限内に達成出来なければペナルティもあるけど」


 私は無意味と思いつつも、一応受付嬢としてアドバイスを送る。


 ハンターは同時に多くの依頼を受けないのはそのためだ。


「ヘーキヘーキ!あ、そういえばなんで猫探しなんてするんですかぁ?」


 ローザローザちゃんは、頭がいい。それは今までの会話からある程度感じ取れたことだ。けれど、そんな彼女は今、わざと私の混乱を無視して話していた。


 横に全く異質な存在がいるというのに、まるでその存在がなかったように普通の新米ハンターとして彼女はここにいるのだ。


「Gランクのうちに依頼主と円滑なコミュニケーションを取れるか確認する意図もあるわ」


 私が、大勢の人を呼んで彼女達を質問攻めするよいう選択を取れなかったのは、ローザローザちゃんがそんな「普通に接する」という楽な道を私の前に提示したからだろう。


 私が質問に答えると彼女は、「そーですか」とこちらに微笑みかけた。


 ここまで来ると、流石にローザローザちゃんも可愛いだけの女の子じゃないことがようやく私にもわかった。


 ……この質問ができる時点でこの子は大丈夫だろうけど、あのビオンデッタさんは大丈夫なのかしら。とにかくマナーやらはなさそうだったけど。


 そんな疑問を浮かべていると案の定、遠くから再び悲鳴が近づいてきた。


「取ってきました」


 二回目の私はもはや、初めから紙の束を飛ばないように押さえつけ、目を閉じて待っていた。

 

 そして目を開けた先に待っているビオンデッタさんのその手には、依頼書通りの特徴をした猫が五匹抱かれていた。みんな元気そうにビオンデッタさんの腕に抱かれて「みゃー」と鳴いている。


「え、ちょ。はや。てか、猫!猫、大丈夫なんですか!」


「問題ないわ。さっき御者ボーイで試したけれど、人間より動物の方がよほど適応してくれるもの」


 そしてビオンデッタさんは猫を器用に片手で抱いたまま、もう片方の手で髪をかき上げた。


 ぎょ御者ボーイ?そんな意味不明なことを言うビオンデッタさんに、ローザローザちゃんは驚きもせずに、


「この住所に返して判子貰ってきて。それと、愛想が悪いと剥奪もあるって」


 と彼女に告げて依頼書を渡した。そこに私が介入する余地はない。そして再びビオンデッタさんが休むことなく依頼主の元へ向かっていった。まるで、人との応対役としてローザローザちゃんがいて、ビオンデッタさんが実働部隊として動いているかのような効率の良さだった。


(はっはーん。この二人、ハンターになることが目的じゃなくて、そのうえに何かあるわね)


 私はハンターを夢見てやってきた素直な子が好きだけど、恐らく彼女達は憧れてハンターを目指すのではなくて、何か他の目的があるのだろう。そして案外Aランクに至るハンターというものは、そういう人が多かったりするのだ。


 ……これから数週間は彼女達の噂で持ち切りになって、色々聞かれちゃうんだろうなぁ。

 

 ビオンデッタさんが再び返ってきたのは五分後だった。ちなみに私だったら一軒目にすら辿り着かない速さだと思う。


「了承を貰ってきました」


 そういって彼女は、依頼書を机に並べた。全て問題なく、判が押されている。


「……確かに。おめでとうございます。Fランク昇格です」


 異例の最速昇格であることに間違いないわね。大体みんなGランクに二ヶ月はいるんだけど……。


「ありがとうございます。では次にFランクの依頼を受けたいのですが」


 ビオンデッタさんが目の前に次の依頼を持ってくる。いくら誰もが二ヶ月間くらいで抜ける領域とはいえ、もうちょい喜んで欲しいんだけど……。


 それに、流石に騒ぎを起こしすぎたせいで、ギルド中の視線がこちらに集まっている。このままじゃいつものが始まっちゃう。そんな時だった。


 「ちょっとまてよ姉ちゃん」


 と、案の定彼女達に声をかけるものがいたのだ。


 メルキセデス・トットさんだ。


 「あんたら礼儀ってもんがなってねぇよ。あんたらがどれほどの金持ちで、どんな加護を持っているかは知らねぇ。けどなぁ、このギルドであんたが活動出来ているのは、俺達の積み重ねのおかげなんだぜ」


 彼は、その輝く禿頭と恐い顔で彼女達を威嚇しながら、笑みを浮かべた。


 メルキセデス・トット。名前はかっこいいのに全ての人が彼を苗字で呼ぶ。悪人というほどでもないのだが、だからこそ処罰もされず、新人皆にぼんやりとデカい顔をする人物。


 ビオンデッタさんが依頼を取りに歩いた先へと、トットさんが回り込んだ。


「おい、無視してんじゃねアギャ」


 あのままじゃ、衝突する……というスピードでビオンデッタさんが歩いていくと、そのまま腕を横に広げ、トットさんの喉にぶつけた。その勢いに驚愕したのか、あるいは威力が凄まじいのか、トットさんはそのままひっくり返って倒れてしまった。


 ハンターは血気盛んなのが普通だし、新人いびりなんてものがあることはハンターじゃないものも知っていることだ。


 けど、FランクのハンターがDランクのトットさんを一撃で倒したとなると……嫌な方に話題が広がりそうなんですけど!


 私がハンター登録を担当した受付嬢として二人を心配していると、前のローザローザちゃんが太ももをペチペチと叩いて大笑いしているのが目に入った。


「アハハ!綺麗なラリアット」


「ローザローザちゃん!?」


 そんな彼女を見てぎょっとした私に気づいたのか、彼女は居心地悪そうにして、「こわかったよぅ」と言った。


 ちょっと意味は分からないけれど、こんなに余裕そうなら心配はなさそう……なのかな?


 XXX


 その後はローザローザちゃんがトットさんにフォローを入れてなんとかなったらしい。突然の攻撃の言い訳をなんとかするには、相当なんとかしないといけないと思うのだが、とにかくなんとかなったらしい。


 それと、後から猫探しの依頼主から彼女達の情報を集めると、ビオンデッタさんの猫の受け渡しはとても好評だった。「別に愛想が特別いいわけじゃないけど、とにかく仕事が速い」のがいいらしい。確かにまぁ、多少性格が悪くても仕事ができればいい、のかな?


 それから彼女達は一週間でDランクまで上がってしまった。文句なしの最速である。ほとんどのハンターがDランクで生涯を終えるが、彼女達はきっとDランクなどでは収まらないだろう。


「お姉ちゃん!Dランクの依頼全部ください!」


「はいはい。他の皆の分もあるから、半分だけね」


 そうして私は、全ての苦難をものともしない彼女達の躍進が次の毎日の楽しみになったのだった。

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