49話 ダンジョン陥落

「サリュちゃんお疲れ様!いい戦いだったね。うん、昔のパパみたいだったよ」


「良き戦いでありましたな。自分の手足をもがせた以外は」


「中々見映えのいいダンジョンでしたわね。我が君をお招きするには、美も愛も足りていませんが」


 コアルームの前で『怪人作成』を解除すると、四人は遠征が既に終わったものであるかのように、口々に感想戦を始めた。


 油断しているわけではない。この程度の修羅場、毎日命の危険のある環境に身を置いていた彼女達にとって日常と何ら変わらないものであったのだ。


 クラリモンドが手足を失った影響でただでさえ小さい身長が幼女並みになっていたとはいえ、結果として全員がほぼ無傷で初回のダンジョン攻略をこなすことができたと、四人の心は安堵に満ちていた。

 

 もちろん最後には対ダンジョンマスター戦が控えているが、これまで何度もダンジョンマスター自身が戦いに出てくる機会はあったというのにずっと控えていた時点で、大した気合も能力もない奴だということは四人の共通理解だった。


 サリュがコアルームの扉を蹴破ると、そこにいたのはテカテカのオールバックにした茶髪の、30歳ほどの痩せぎすの男だった。部屋はモノクロな家具で統一され、壁一面の滝の奥は水槽となっており数多の魚が遊泳していた。


 四人はまずコアルームが『ラグネルの迷宮』より豪華であることに怒りを覚えた……コアルームというものはヤクザでいえば組事務所のようなものだ。


 彼女達の感情をまとめると、何で雑魚がこんな格の高そうなコアルームしてるんだ?というものになるだろう。我々は十年もDPを節約しているんだぞという身内の事情が多分に含まれた理不尽な嫉妬ではあるが。


 ダンジョンマスターは一応戦う意思を持っているようで、腰が引けつつも杖を構えていた。


「『太母は一人にして普遍』!ひゃ!」


 しかしダンジョンマスターが詠唱を試みた瞬間、サリュが投げナイフによって一瞬で遮った。


「コアルームにまで侵入されたのは初めてですか?せめて詠唱中の隙を消せる盾でも構えておくべきでしたね」


 そのサリュの言葉に男は近場で必死に身を隠すものを探したが、見つからない。観念して立ち上がったダンジョンマスターは両手を挙げ降伏のポーズを取った。


「ありえない。強すぎる。人間の見た目をしている癖にBランクの戦闘特化モンスターに単独で勝つだと?まさかAランクモンスターか?」


 コアルームの男は一応小綺麗な服を着ており、ぶつぶつ喋って一応交渉を試みているようだった。しかし四人が次に取った行動は返事ではなく、探しだった。


 サリュが男にナイフを突きつけると、エグレンティーヌは水槽を蹴り破り、ピルリパートがコアをアイテムの紐で縛る。クラリモンドも手当たり次第に部屋中の家具を壊してまわっていた。


 彼女達は自身もダンジョン育ちのモンスターである。コアルームが油断の許されない場所であることは十分理解していた。リポップ対策や奥の手潰しには予断がない。


 その動きは家宅捜索に入った警察のように機敏で、無遠慮だった。


 「俺はお前達に何もしてないだろ。何でこんなことをするんだ!殺さないでくれ」


 そう命乞いをした男だったが、目の前に立つ四人が家探し……コアルーム内をなれた手付きで荒らしてまわったところを見て、会話を諦めてしまった。男にも、こいつらが殺人に臆する程度の覚悟でダンジョンに来ているわけではないと分かってしまったのだ。


 その男は勝手に喋るなとばかりに突きつけられたナイフに「ひっ」と声をあげながら後ずさると、すぐに壁際に自ら追い詰められていった。哀れなほど縮み上がっており、手で頭を庇い始める。


 ……それは、まるで自分が極めて平凡に暮らしてきた一般人であるかのようだった。


「殺さないでくれって、あなた何人も人を殺したでしょう。それも船を沈没させるという極めて卑劣な手段で」


 男はそのサリュの発言に対して、弱ったように呻いた。


 実際、サリュは船を沈没させるという一度に大勢を残虐な方法で殺す行為をしておきながら平然と被害者面で命乞いをするその男の心情が不可解だった。


 別に直接手を下した方が高尚だというわけではないが、もしかしたらこいつは、遠洋で自分の配下が行った殺人では、自分の手は汚れていないとでも考えているのではないかと思ったのだ。


(私達のダンジョンなら……そんなことはありえません。師は私達の行為全てに責任を感じておられるし、同時に師の犯す罪は全て私達のものです)


 しかし、男はそれを認めようとしない。


「お前に俺の気持ちが分かるか!死んですぐに目を覚ましたら密室で、人を殺せなんて言われた俺の気持ちが!」


 ────事実、男にとってそれは幾度となく繰り返した慟哭だったのだろう。


 平凡な男が人を殺すための設備、ダンジョンの運営を任された結果どうなってしまうかということを、男は四人に見本となって示していた。

 

 クラリモンドは特に軍略家として今後の生涯を過ごすにあたって、この男の有り様から目を背けてはならないと考えていた。


 ……別にこの男そのものに興味があったわけではない。今後のメインの敵はダンジョンマスターになる。そのサンプルケースとして、この男が有用だと思えたのだ。


 (……閣下のように人と自分の命を天秤にかけ、他人を優先できるような人間が多いはずもないでありますし。この男も身勝手な神の被害者であるといえるでしょうな)


「俺だって最初人間を見つけた時は、接触を試みたさ。仲良くなれるまで、縛って声をかけた。でも、無理なんだ。ここにいる人間はみんな正気じゃねえ。ろくに会話ができないんだ」


 四人はその心からの叫びを共感すべき物語ではなく、興味深い事例として受け入れていた。


 ……自身の喜びや悲しみの全てが自分自身のダンジョン内で完結している彼女達にとって、その外の人々とコミュニケーションを取りたいという感情が頭では理解できてもどうしても心で理解できなかったのだ。

 

(やはり、ダンジョンマスターは普通、人間との接触を試みるものなのですね。ですが、この人達は)


 ウィトと同じタイミングで来ているダンジョンマスター以前のマスターは、ただただ人を殺すための機械として召喚されている。となれば、ナディナレズレの巨塔のリュウジョウ同様、人と仲良くすることはナナヤ女神の呪いによって妨げられているはずだ。


 そして、何度人間と接触しても理由なく毛嫌いされるというのは、異世界から召喚された寂しい人の心を容赦なく壊したのかもしれないと、四人はそう理解したのだった。


「あーそりゃ残念だったね。呪いがかかってるんだってさ、ダンジョンマスターって」


「呪い……?そうか。そうだったのか」


 ピルリパートの言葉に男は男なりに思い当たる節があったのか、その男はこの時ばかりは自身の死の危険を忘れ考え込む素振りを見せた。


 しかし、そんな思考に付き合っている暇は四人にはない。クラリモンドが「ちゅうもーく!」と、手を叩きながらその思考を遮った。


「ま、過去のことはこの際置いておくであります。……先程の何故ここを襲うのかという質問に対してお答えいたしましょう。この地に我々は……いや、閣下は世界統治機関を築こうとしているのであります」


 ……これまで一連の騒動がただのダンジョンマスター同士の抗争だと考えていた男は、少し目を見開いた。


「貴方のようにただダンジョンマスターに身勝手に選ばれてしまった被害者も、閣下が世界政府としての役割を持つ世界統治機関を樹立されれば、もう二度と新たに出てくることはないでしょう」


 クラリモンドは自信に満ちた顔で言った。言っていることは「平和の礎になって死ね!」というラスボスにありがちなセリフではあるのだが。


「そいつは、俺と同じただのダンジョンマスターなんだろ?」


「ええ。そうですとも!まだこの世界に訪れられて十年ですが、もう既に閣下は世界征服に最も近い存在であるといえるでしょう」


 そのクラリモンドの言葉に、ダンジョンマスターの男はエティナに来てから初めて若干の寂寞を味わった。


 同じくダンジョンマスターとしての境遇でありながら、僅か十年にして自分を打ち破るだけの戦力を集め、さらに世界平和のためという尊大な理想を抱えていただなんて。


 もしかしたら俺もくじけずに頑張っていれば150年のうちに何かを成すことができたかもしれないと。そんな寂しさだ。


 ……実際のところウィトは女神の言ったことを表面だけ受け取って従っているだけであるし、ナナヤの巫女達が言う「世界平和」とは、「世界をウィトが統べれば自分達のように世界中の全員が幸せになれるはずだ」というかなり身勝手な思想によるものだったが、とにかく男はそのとき、クラリモンドが閣下と呼ぶ男と、自身との差に打ちひしがれたのだった。


「……それで、あなたの今後の指針はなんでありましょうか?目的次第では交渉の余地がございますが」


 クラリモンドがにこやかの笑みを崩さず言った。相変わらずサリュのナイフは突きつけられたままであったが。


「……元の世界に帰る方法を探す。いや、今でも探しているんだが」


 それに対する男の返答は至って単純なものだった。


「そのために人を殺していると?元々貴殿は死人でいらっしゃるのにでありますか?あー、敵として敬意を払ってはいますが、他には何か?」


 クラリモンドがこんなことを聞いた理由は単純な「情け」である。何か要望があれば答えてやろうという。


 それもこの四人のうち情けを積極的にかけたいと思っているものは一人もいない。


 こうして会話しているのは一重にウィトの人にはなるべく親切にしようという言葉に従っているだけである。だから要求があまりに身勝手であれば、答える必要はないのだ。


「お前だって殺したんだろ。沢山の人間をへぶっ!」


 男による怒りの発散は、クラリモンドという幼い少女の顔面足蹴りによって妨げられた。

 

「黙らんか貴様!襲ってくるもん以外何一つ殺しとらんわこんボケが!……質問を変えましょう。何年ダンジョンマスターをやっていたんでありますか?」


 男の激昂する声にクラリモンドが怒りを露わに答えたのだ。後半になると落ち着きを取り戻したが、その少女のものとは思えない迫力に、男はすっかり萎縮していた。


 ────この時はお互い情報の齟齬に気づいていなかったが、ウィトの同期にあたる神々の戦争に巻き込まれた組と、それ以前から存在するダンジョンとではDP交換のレートが異なる。


 ウィト達はそもそもダンジョン同士の殺し合いのために呼ばれているため人間のDP変換効率は低いが、それ以前のダンジョンはむしろ人間を殺すためのものであるため、積極的に人間を殺さなければ成り立たないレートとなっているのだ。


 だからこそ、この男が殺人行為に走ったのも哀れな面があるといえば、あるのだが。


 縛り付けられた男が飽き飽きとした表情で、顔を背けながら質問に答えた。


「……150年だ」


「それだけあれば、後世に残したいと思ったこともあるでしょう?」


「黒幕がいる。そして、この馬鹿げたダンジョンとかいう仕組みを作った奴がいる。俺は、そいつが神だと思っている。」


 それを聞いて、四人は「あちゃー」と目をつむった。確かに黒幕は存在しているし、その推測は当たっているのだが。


 その返答に対して、結局四人はダンジョンの本当の役割を話すことはしなかった。そこまでする義理はないし、これは恐らくあまりに喧伝して回れば神に命を狙われる類の情報だと判断したのだ。


「他には?」


「両親にありがとうと」


 これは許可していいだろうと、クラリモンドがサリュに合図を送ると、サリュは器用に片手でメモを開いた……ウィトの言葉を書いたものとは別のメモである。


 その異世界の両親に彼の遺言を伝えられる可能性はかなりひどいだろう。それでも四人はこれを突っぱねるような真似はしなかった。


「一応、名前を聞いておきましょうか。他には?」


 取り調べのようにクラリモンドが続ける。


「……ザメリ・クルックドイルだ。何だってこんなこと聞かれないといけないんだ」


 しかしザメリの言葉に、今まで退屈そうにしていたピルリパートがニコッと笑顔を作った。


「ねーザメリちゃん!本機達は、パパを幸せにして、そのついでに世界平和をしたいだけなの。その足がかりとして貴方の稼いだDPと、この立地が必要なの。ね?敵じゃないでしょ?他に残したいものはない?」


 そういいながら、ピルリパートは振るえばコアが砕ける位置にまで手を持っていった。


 その可愛い顔は笑みに溢れていたが、その様子は臆する様子があまりになかった。男に対しても、コアを破壊することに対してもだ。


 つまりそれは、この先こちらがどんな情報を出しても殺すことは確定しているという意味だ。それを見て男はようやく腹を括ることができた。


「…………『BW*RT+DAAFEAEG』『GAEEAGAEGHET』『HAEGBTHS』」


 男は長い沈黙の後、何かを歌い上げた。それは節がついており、童謡のように落ち着いた曲調のものだった。


「……それは?」


「故郷の歌だ。俺の故郷なら誰でも知っている。もし俺の居た世界が数万年先に滅んだとしても、このエティナにその痕跡が残っていると思うと、俺がこっちに来たおかげで故郷……アスダアンダの痕跡が残せたと思える。それで、いい」


「……かしこまりました。絶対に音調と歌詞をそのままに、将来師の築かれた国家の図書館に保管しておきましょう。安心して下さい。曲を憶えるのは得意です。」


 そのサリュの生真面目な返答に、初めてザメリは「ふっ」と小さく笑って、強張った身体から力を抜いた。それは一人の男が死の覚悟を決めた証だった。


 しかし、もう少しだけ尋問は続く────サリュは少し空気が読めないところがあった。

 

「最後にあなた、モンスターに愛着はありますか?」


「そりゃランクアップしたら嬉しかったりはするけど」


 (やはりその程度なのですね。本当に愛しているなら、この尋問の間に契約魔法で自らダンジョンモンスターの解放を要望するでしょうから)


 サリュはメモとペンをしまうと、もう一度ナイフをグッと押し付けた。


「そう。ならこのダンジョンのモンスター達の契約を解除してください。あのシャチとか、ラブカとか小魚全てのことです」


「……何のために?」


 この時ばかりは男は本気で目を見開いて尋ねた。実際、普通のダンジョンマスターにとってモンスターとは、「契約から解放した瞬間いつ襲いかかってくるのか分からない得体の知れない存在」である。


 それを解放するという行為の意味が分からなかったのだ。


「かわいそうだからですわ。救えそうな命があるなら救っておく。それが我が君の博愛にして、全生物の持つ唯一の救済なのです」


 エグレンティーヌは突然に話に割り込むと、白いオペラグローブの両手を頬の横で合わせてうっとりとして呟いた。大人しい深窓の令嬢のような格好をしている彼女の胸が、腕によって挟まれ強調される。


 ……150年ろくに女と触れ合っていないザメリはその色気に状況を忘れて正気を失いかけたが、すぐ首元の冷たい感覚によって死への覚悟が取り戻された。


 そのサリュによって向けられた切っ先はザメリにとって気遣いのように感じられたし、事実ザメリは性欲などというものでこの心地良いまでの敗北を汚したくなかった。


 ザメリは契約魔法を取得し、ダンジョンのモンスターを全て解放する。


 ……男は契約を解除している間、初めて召喚した魚型モンスターの姿を思い出していた。今はあのソルジャーオルカへとランクアップしたシャチ達のことである。


 (そういえば召喚した時、名前つけたっけな。最初の一年間はたまに呼びかけてたと思うが、もう思い出せないな…………長生きするといいんだが)


 だとか、そんなことを。


「それと最後に。貴方もお気づきの通り、この世界に本当に神はいます。そして、もしかしたら第二のチャンスがあるかもしれません。お祈りの時間は必要でしょうか」


 サリュはナイフの切っ先を地面に落とした。死の前の祈りくらいは許してやるぞ、と。


「必要ないな」


 しかし、男はそんな彼女の言葉に鼻で笑いながら答えた。


「分からないでありますよ?ここで死んだ後、もう一度転生できるやも」


 そしてそんな男につられたように、クラリモンドが笑いながら言った。

 

「……いや、もう転生は懲り懲りだな」


 その言葉を最後に、ザメリは死者へと還った。


 ────かなり前からナナヤの巫女は全員、ウィトの敵は善人だろうが悪人だろうが皆殺しにする覚悟はできている。だからザメリが恐怖で泣け叫びながら死のうが彼女達が気を病むことはなかっただろう。


 だが、ザメリのその毅然とした態度は彼女達に自身の評価を見直させることに成功した。


 ……この事により、ザメリの配下だった魚モンスター達は今後、クラリモンドの案によりウィトに下ることが許可され、重用されることとなる。全くの無駄ではなかったのだ。


 こうして『グラブスドレッド島の海底神殿』は150年の歴史に終止符を打ち、理想の立地によるウィトの本格的なダンジョンクリエイト……『世界統治機関』の作成がようやく始まるのだった。

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