48話 ボス部屋 (サリュ視点)

 ゆっくりと目を開く。


 意識がピルリパートさんから譲られたことを確認しました。『怪人作成』の素材となっている間も外の風景は問題なく見えますので、敵の情報は問題ありません。

 

 私は完全に意識が覚醒したことを確認すると、顔を自身のものへと戻します。


 次に、手早く身体を調整しました。過去に何度かピルリパートさんのスキルをお借りしていますので、慣れたものです。


 脚は確かにエグレンティーヌさんのものでいいですが、胸はクラリモンドさんのものがいいですね。


 師のために女性らしい身体を維持している私ですが、とはいえやはり戦闘面では胸の使い道はそれほど多くありませんし、デメリットが勝ると判断しました。


 ……ボス部屋の扉を見て考えます。


(これが、初めての聖戦になるのですね)


 私は師の精悍なお顔を思い出しながらほぅと息を吐きます。以前の森でのオニバードとの戦いは、私が師の教えを噛み砕くための、いわば予行練習でした。


 ですが、今回は違います。ウィト様が世界を征服なさるにあたって、その第一の拠点となるダンジョンの占拠が目的です。


 つまり領土拡大のための争いです。天上におわす師のため領土拡大のための争い。これを聖戦と呼ばずしてなんと呼べばよいのでしょう。


 ……他のナナヤの巫女は、師の優しさや愛の深さ、見識の広さを師の素晴らしさであると認識しているものが多いです。


 ですが、私は師が十年間のダンジョン運営において、一度も負けていないこともその偉大さを理解するうえで必要であると考えています。


 常に格上のみのあの森において、師は百回以上防衛戦に成功しています。ジャクリーンさんには負けましたが、あれはいわば彼女との縁を掴むため必要な負け戦ですから、事実上師は無敗です。


 私達は死んでませんしね。


 他の巫女達は師が雑魚に負けないことくらい当たり前だとそれほど師の勝利に感激していません。ですが、お互いの命をかけた決闘の場で格上に勝ち続けることは簡単じゃありません。


 そしてそのウィト様が地球で培われた戦闘術の数々。それを継ぐ師の一番弟子として、私に敗北は許されません。


 私は兵が戦地へと赴く前に神前へ参拝するように、師の事を思い浮かべながら祈りを捧げます。


 そして覚悟を決め、扉を開きました。


 ボス部屋の重い扉を開くと、すぐに場の状況を確認します。


 (師の教え。確認する順番は常に、自分の心技体。場の心技体。最後に相手の心技体の順)


 まず、私の心はいつも通り、緊張も興奮もありません。


 技はピルリパートさんのスキルでいつもより数が多いですし、調整済みで澄んでいます。


 体も良好ですね。


 問題は場の心技体です。心は確かに、ボス部屋らしく決戦の雰囲気を纏っています。


 ですが、技は最悪です。ボス部屋の癖してあちこちに罠の存在が確認できました。それぞれ鉄棘、電流、熱水といったところでしょうか。


 場の体……は、そもそも水中ですし、常に激しい海流が渦巻いているようでした。


 最後に相手の心技体を見ます。


 奥に構えているボスは五匹のシャチの群れでした。……ボス部屋に複数匹の敵がいるということは、そういうスキル持ちということです。


 その強さに群体であるということが含まれている場合しかボス部屋に複数の敵がいることはできないと、師が確認しておりました。


 まず、敵の心を見ます。シャチの顔から心は読みづらいですが、その佇まいは戦いの地に赴く師の姿勢とは程遠いものです。つまり、不正解です。


 ……技も駄目ですね。獣にありがちな持ち前の身体能力に甘えた形です。


 体は流石に整っていますね。そもそもダンジョン内で待機しているモンスターは自殺することで傷を癒やすことができるのですから体が駄目なわけないですが。


 私が師に教わった戦闘法では、それぞれの心技体に合わせて使用する武術を変えます。といっても、場の体……環境がここまで乱れていると、ろくな武術は使えそうにないですね。


 しかし、こうしてあらかじめ敵と場所の様子を観察することで分かることがあります。


 激しい海流の中でそのシャチは悠然と泳いでいます。……海流とは筋力があるから平気でいられるものではありません。


 例え大岩を持ち上げられる怪力の持ち主であっても、激しい海流とはトンを超える質量を持って身体を攫うものです。


 そしてそれを防ぐ魔法はダンジョンマスターの権限で付与できる内には存在しません。


 つまり、相手の種族スキルの一つが『海流無効』のようなものであることが確定したということです。加えて群体でボス部屋にいる時点で種族スキルの一つに『群れに関連するスキル』があると確定させられます。


 この時点で限られた数しか持てないはずの種族スキルが、二つも特定できてしまいました。


 ────相手方は情報アドバンテージの存在を知らないのでしょうか。


 恐らくこの規模のダンジョンにいる敵のランクはCかBでしょう。五個か六個の種族スキルのうち二つが割れるというのは勝率を大きく下げると思うのですが……。


 そもそも、敵はボス部屋から出られないのに、外から見える場所に待機というのはふざけています。確かに向こうからもこちらの姿が見える利点はありますが、ここは相手の拠点なのだから情報は共有できるはずなのに。


 ……ピルリパートいわく演出家らしいですが、戦地で優位なのは常に見つかっていない方です。


 戦場の美とは勝利への予断を許さない姿勢から生まれる。それを間違えている時点で演出家としてはよくともダンジョンマスターとは駄目ですね。


 ま、そろそろ行きますか。もうある程度勝ちまでのプランも出来ましたし。


 海流の流れを外から見て、乗りたい波を探します。


 (お、あった)


 狙いの海流が見つかりましたので、すかさず飛び込みます。


 ボス部屋に入った瞬間、海流によって一瞬で身体が攫われます。身体どころか、水の勢いにより指一本満足に動かすことができません。


 そして、意地悪なことに私の乗った海流の先には、鉄棘。敵は哀れボス部屋にはいって流される私を見て、こちらを取り囲みました。


 しかし、私はそのまま姿勢を整えようとせず、鉄棘に向かってエグレンティーヌさんの触手を伸ばします。


 エグレンティーヌさんの触手スキルは、彼女がもっと戦いに乗り気ならナナヤの巫女の戦闘力序列が変わっていたであろうと思えるほど、使い勝手のいいスキルです。


 ……師に教わった戦闘術の一つ、捕縛術を使い触手で自分の身体を結びつけ、触手の先端を鉄棘に刺してはりつけの形になります。


 こうして鉄棘に触手を刺してもらうことで、戦闘ができる体制を取れました。痛覚を持つ触手から激痛が走りますが、耐えられないほどではありません。


 シャチは私が壁に叩きつけられた後、水族館のショーのようにつついて遊ぶつもりだったようでしたが、私が完全に壁に居着いた姿を見て、私が人間じゃないと気づいたようでした。


『こいつ人間じゃないのね。ようやく、ようやく長く持ちそうなのが来た!やったわ!久々の餌よ。遊ばないと!死なないように遊ばないと!』


 シャチは歓喜の声をあげました。喋れたんですね。こいつ。

 

 …………しかしこいつらのはしゃぎよう。その哀れさを見ていられず、スッと目を細めてしまいます。


 恐らくは五十年以上、こいつらはずっとこの狭いボス部屋に閉じ込められてたのですね。


 彼女達の戦いには何の意思もない。ただ暇は嫌だという思いのみ。だから油断もするし、自身のボスに危機が迫っているというのに喜んでいるのでしょう。


 しかし戦士としての私にはありがたい新たな情報ですね。こいつらは十中八九ユニークモンスターじゃないことが分かったのですから。


 ……ユニークモンスターへのランクアップには意志が必要となります。夢を見たってボス部屋から出して貰えるわけのない彼女が強い意志を持つわけないでしょう。

 

 ────ジャクリーンさんはモンスターを溺愛しても効果はないと言っていましたが、こうしてボス部屋という密室に閉じ込めるなんて手法、知能の高いモンスターがまともにいられるわけがないと思います。


 ま、だからといって師はお優しすぎますが。


(……これから私達がダンジョンで部下を持つなら、その子達同士が仲良く過ごせる空間を作らないといけないわね……師がそうしたように)


 『まずはその命綱になっている触手を食い破りなさい』


 一際大きなシャチが言いました。作戦がこちらにダダ漏れです。私が『海洋語』を師の恩寵により聴き取れるということに気づいていないようですね。


 とりあえず相手がいくらでも作れる触手を噛んでくれるらしいので身を任せます。


 四匹のシャチがその巨体で迫ってきます。喋る個体はあのゴツい奴だけですが、それぞれの奴も私を虐めた末に殺すという方針には同意しているのか、大層楽しそうな顔をしていました。


 そいつらが触手を噛みちぎる瞬間、その力を集中して感じます。……B+か、B、ですね。知力も高いですし、頑丈そうなのでこいつはBランクモンスターということになるでしょう。


 ランクだけの計算でいうなら、私達Dランクが百匹いても敵わない相手が五匹もいるということになります。


 ただそれは、師の教えがあれば簡単に覆すことが可能な差に過ぎません。


(師の教え。圧倒的に強いものに取り囲まれたら、温情に期待せず、勝てることにも期待せず、逃げることを考える)


 ただ、ボス部屋には退路がありません。なので、壁を背にして戦うことにしましょうか。


 再び触手を伸ばして棘に刺します。激痛が走りますが、覚悟があればなんてことありません。


(師の教え。勝機がないなら逃げろ。勝機があっても他の勝機を考えておけ)


 とにかく師の教えは生存に特化したものばかりです。生きてさえいれば勝てる。それが基本理念です。


 何より海流がやばいので、それほど取れる戦法は多くありませんが。格上に真っ向勝負が許されないなんて。


『罠で死なないでいてくれた方がありがたいわ』


 ま、向こうもこちらを舐めきっていますので、これは簡単なケースですね。


 しかも、命令を聞いている四匹が浮き足立っていることが伝わってきます。


 ……私は師の教えに従い始めてから、一度も戦闘に負けたことはありません。


 戦闘に面白さを見出したことはありませんが、私が師の教えを実践し、敵に勝利する度、私は師に近づいていきます。


 これが、私が戦闘を好む理由です。別に戦いそのものは楽しくともなんともありません。

 

『さ、両手両足を噛んで引きちぎりなさい』


 その声に反応して、急加速した四匹のシャチが両手両足をみます。


 そいつらは私の苦しむ姿を期待していたのか、口で千切り取るようにして頭を振るいながら私の四肢を噛み切りました。


 ……負けるつもりはありませんでしたが、まさか一つ目の策でかかるなんて。


『ちょっと待ちなさい!私はそんな指示を出していないわ!』


 一際大きい司令官のシャチがそんなことを言いますが、もう遅いですね。


 「師の教えです。戦場で最後に雌雄を決するものは、演技力。悪いですね。クラリモンド」


 私は食われた瞬間に手足をクラリモンドのものに変えていました。


 これで『怪人作成』を解除したらクラリモンドだけ手足をなくした姿に戻ってしまいますが、彼女も『怪人作成』の策を出した時点でこの程度のことは覚悟しているでしょう。


 ……自分を食った格上を殺すのは、彼女の得意分野です。エティナでの師の初めての戦闘で取った策も同じでしたしね。


 あのデカい牛と今回のシャチではランクが違うので、呼吸を封じても長生きしてしまうでしょうが、クラリモンドさんは不定形族ですから。腕に爆弾を埋め込むなんて真似もできるわけで。


 次の瞬間、四肢を食ったシャチの身体から、血が噴き出て、力が抜けたかと思うと海流に流されて行きました。


 ……命が尽きたのでしょうね。

 

 クラリモンドの四肢に埋め込まれた爆弾は、師に教わり、ピルリパートが作成したモンスターを殺すためのものです。


 空気穴と、ロジン……松から取れる油である松根油を粉末状にしたものと、ジャクリーンさんに頂いたアルコールで作った簡易的な爆弾で、森にいて酒があれば後は加工技術があれば作れる爆弾です。


 ですが、破片物によって体内に毒を一気に循環させるくらいの威力はあります。


 クラリモンドの『腐食』スキルを持つ体液が血中に混ざったのでしょう。彼らは脳から臓器まで全てに毒を行き渡らせ死んだようです。


 「まず四人ですね」


 一応死んだ後に発動するスキルがないか場の確認をもう一度しますが、もう問題ないようですね。


 『お、おのれぇ。声を真似するスキルでも持っていたのね』


 シャチが苦しそうに言います。


 ……ボス部屋内ではこちらも逃げられないですが、相手も応援は呼べませんからね。


 それにしても、声を真似するスキルってそんなくだらないスキルのはずないでしょう。私のユニークスキルは師の薫陶そのもの。


 『伝承化』。それは22歳の男性が頑張れば出来るようになる体技。その大抵をスキルとして、練習せず習得できるようになるスキルです。


 私は別に鍛えたり強くなることが楽しいわけじゃありません。師に近づくためなら練習などはスキップできなければ追いつけませんので。


 そういう意味では師と同化し、その素晴らしさを世界に広めようと考えている私のためにあるようなスキルであると言えるでしょう。


 ……ま。教えてやる義理はありませんが。

 

『でも、これでもう終わりよ!!!私の『音波砲』があれば!!!!あ、あが?』


 偉ぶっていたシャチが喋らなくなりました。それは電流により、口の筋肉がまともに機能しなくなったゆえの症状でした。


 たまらず、シャチが悶え逃げ出そうとします。その間、私は『硬質化』を用いて電流を回避します。


「悩ましいことなのですが、師の教えには勝負時になれば絶対に負けるなというものがありまして」


 本当はもう少し師の教えを実践してみたかったのですが……準備が整うと同時に相手がイキがり始めましたので、これは勝負時ということになってしまうのでしょう。


 触手からチリチリと焼けるような感覚が伝わってきました。それは、電気罠があげた悲鳴の熱でした。


 ────私は戦っている間、触手からピルリパートさんの『神経接続』を使ってボス部屋の罠を私の身体の一部にしていました。


 本当は身体を切断した後に機械を埋め込めばその部品を自分の意志で動かせられるようになるというスキルなのですが、時間さえかければ電気罠も操れます。


 ……もちろん、繊細な操作や練習を要求する行為ですが、そういう動作こそ『伝承化』であれば簡単にこなせるというわけですね。


 私は罠がショートするまで電気を流し込むと、開いていくボス部屋を見ながら思いました。


 (けれど今回の戦闘は、ちょっと師の戦い方に似てましたね。自分の身体を犠牲にするところとか)


 戦闘の結果よりもそのことに満足しながら、私はコアルームへと進んでいきました。

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